第十六話 少年時代・8
そして土曜日。学園祭がやってきた。
朝から学校中が大忙しだった。十時にはもう開場する。学校に既に到着して準備していた生徒たちは門の前でたくさんの人々がいまかいまかと待ち構えていることに緊張していた。
学校中、年に一度のお祭り騒ぎで浮かれていた。紙テープやリボンなどでやたらとカラフルに彩られ、いろいろな展示物や店が各教室に並んでいる。だが、志郎たちの舞台は体育館だ。
ところが音楽室。本番前のリラックスのために志郎とりつきは軽く合わせていたのだが、総一朗がなかなか来ない。LINEをし、すぐに行くと返信はあったが、これはなにかあったな、と、二人は思った。
「総ちゃん、どうしたのかな」
「オレが聞きたい」
「別に我々は、今日一日、音楽室と体育館だけにいるわけではない。クラスの喫茶店にも行きたいし、いろいろ回りたいんだけどな」
「総のやつ、遅いな」
「遅いね」
りつきはドラムを軽く叩く。このドラムセットも時間になれば体育館へと運ばなければならない。
「そのドラムセット、僕らが運ぶんだよね」
「そうだよ。家のやつらにそこまで頼むのは気が引ける」
「安心した」
「そうだよな」
志郎はベースを爪弾く。
りつきは奏でられるメロディに耳を澄ます。
「お前、ほんとにベース弾くの初めてだったのか? この半生で?」
「うん」と、志郎はうなずく。「ずっとピアノをやってただけで、二週間前に初めて始めた」
「信じられないな……たった二週間で。凄まじい情報処理能力だ。練習時間もそこまで取っていたわけじゃないのに。昔から、いろいろなことの飲み込みが早かったのか?」
記憶にある限りでは、事故に遭って、回復してからこうなったように思う。
「––––昔、交通事故に遭ってね」
りつきには話しておこう。そう思った。
「ほう」
「そのとき、親が死んで」
やや沈黙。
「そうか……それで?」
「精神科に入院した」
多少りつきはびっくりしたようだった。
「そうだったんだな」
「で––––」と、志郎は手に持っていたピックに意識を集中させ、宙に浮かせた。「こういうことができるようになったんだよね」
「事故の影響で特殊能力に目覚めたってことか」
「りつきは本当に驚かないね」
「まあな。前も言ったけど、オレ、不思議なものとか好きだし」
パシッ、と、志郎はピックを掴む。
「それから、いまの自分がいる」
「なるほど。しかしご両親がお亡くなりになったわけだから、ギフトと言っていいのかはわからんな」
ギフト。
特殊能力を持っていた父。
そして母。
––––昼下がりの魔女。
「そうだね」
「よく喋るな」
「なんとなく。りつきが話しやすいのかな」
「なら、嬉しいが」
ふふ、と、志郎は笑う。
「総ちゃん、遅いね……」
「これより、篠沢高校学園祭を始めます!」
マイクで拡張された司会の声が鳴り響くと同時に、わーっと歓声が沸いた。学園祭が始まった。今日は楽しいお祭りだ。
「おい志郎」
「なに?」
「今朝の練習はなしだ。別に最後に軽く合わせるだけだったからそれでいいだろう。総には連絡しておいて、オレたちはオレたちで楽しもう」
「だね」と、志郎は立ち上がった。「その方が生産的だ。このままここにいても仕方がない」
「よし」と、りつきも立ち上がる。「じゃあ、総に連絡する。来たら連絡をくれと打っておくよ」
「ありがとう」
りつきはスマホを取り出し信じられない速度でLINEを送る。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
やがて二人は音楽室を出て行った。
「やあお二人さん。ご機嫌いかが?」
と、ハイカラな女学生の格好で給仕をしている紗耶香が教室にやってきた二人に声をかけた。三年二組は大正ロマンを意識した喫茶店をやっている。
「真島さん。似合ってるよ」
「ありがと」と、紗耶香はくるくると回る。「デザイナーがマジ天才」
「あ、山岡くんにりつきくん」と、こちらも給仕をしていた蒔菜が声をかける。紗耶香と同じ格好だ。「こんにちは」
「こんにちは」
「織部くんは?」
「それがまだ来てなくて」
「あらら。ドタキャンかしら」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「ビビっちゃったとか。あれで結構小心者だから」
紗耶香の発言に、志郎は、うーん、と、唸った。
「繊細なんだよね」
「ま、それはわかるよ」
「うさぎにも角にも座って座って。なに頼む?」と、蒔菜は二人を空いている席に誘導する。「肉のほぼない焼きそばとなんの変哲もないコーラでいい?」
「それ以外には?」
「烏龍茶とメロンソーダ」
「なるほど……」
「じゃ、焼きそば二つ。オレはメロンソーダ」
「あ、僕は烏龍茶で」
「おっけ〜。じゃ、待たれよ」
と、二人は席に座った。
学校中、歓声が止まらない。しばし二人は窓の外を眺める。
「お待たせ〜。出来立てでーす」
と、蒔菜がトレイを持ってよろよろとやってきた。
「転ばないでね」
「ああ、そういうことを言うと引っ張られてしまうわ」
「悪かった」
「ううん。気持ちが大切」
「どっちだよ」と、りつきは呆れる。「それにしてもすぐ完成したな」
「もう作ってあったもん」
「いや飯沢、お前いま出来立てって言ったろ」
「だからその結果がいまここにあるわけですよ」
それぞれにそれぞれのメニューを置く。
「わからん……」
そして食べる。味はとにもかくにも普通だった。ただ、学園祭というお祭り騒ぎの中で食べる食事にどこか特別な美味さがあるのも確かだった。
「あ、織部」
「え?」と、紗耶香の声に気づき二人は扉を見る。見ると、総一朗が苦しそうな顔をしていた。「総ちゃん!」
志郎は立ち上がり総一朗のそばへと行く。
「志郎……」
声が掠れていた。
一瞬で志郎は状況を把握した。
「つまり、朝になって声が出なくなって、パニックになっていた、と」
うん、と、苦しそうに総一朗はうなずく。
「とにかくこっち」
と、志郎は席に総一朗を誘導した。総一朗はいまにも泣きそうだった。
「俺、悔しいよ。いっぱい練習したのに。声が出ない。これじゃ歌えない」
「突然の体調不良は誰にでもあるよ」
「いま、俺に来なくてもよかったのに」
「誰かの不幸を背負っているのかも」
「うう……いまは志郎にも納得できない……」
「じゃ、今日のライヴは中止かあ」
あっけらかんと言う蒔菜に一同はぎょっとした。そして総一朗は遂に涙をこぼし始めた。
「あんたね、本当にね……」
「インストライヴもありかな?」
畳みかけるように言う蒔菜に、総一朗は机に突っ伏しおいおいと泣き始める。
「うう……うう……!」
こうなると、志郎としては泣き止むまでそばにいるしかない。本人が落ち着くまで余計な声かけはできない。蒔菜も蒔菜で、思ったことをすぐ言葉に出してしまう自分をつくづく反省していた。
「誰か他に歌える人いないかな……」
「いるよ」
と、発言者であるりつきを一同は注目する。
「え……?」
と、総一朗は泣き腫らした顔を上げる。
「誰?」
「オレ」
「えっ」と、志郎は声を上げる。「だってりつきは」
「オレをナメるな。おい、いますぐ音楽室行くぞ」
と、りつきは食事を一気に平らげ、一人教室を出ていく。なんだなんだと志郎と総一朗もあとを追いかける。
紗耶香と蒔菜は顔を見合わせる。
「ドラム叩きながら歌うのかなあ?」




