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第十六話 少年時代・4

 火曜日。

「おれは将来、絶対に小説家になってみせまっす」

 喜孝の授業。いまは休憩時間中だった。

「素晴らしいね」

「で〜もでもでも、それとは別に仕事自体はするべきなのではと」

「二足のわらじ、ってこと?」

 喜孝はうなずいた。

「いや、おれはもう小説だけで食っていける! って確信が得られるまで、ってことではあるんですが」

「まあ、その方が安心安全ではあるね。やっぱり博打な水商売だし」

「そんなこんなで現状のおれの悩みは、果たして二足のわらじでどっちもうまくいくなんてことができるのだろうか? ということっす」

「君は中学生だっていうのにずいぶんリアルにものを考えてるんだね」

「先生の影響〜」

 はは、と、志郎は笑った。

 そしてしばし考える。

「……別に仕事じゃなくても、強制的に外に出て、できるだけ人と関わる、ってことをした方が、創作活動には便利だと思うんだよね。世界はそれだけでネタに溢れているわけだから」

「そうなんすよ。部屋に一人きり籠もって、っていうのじゃ限界来るような気がするんすよね」

「その点、仕事をしていれば毎日いろいろなことがあるし、心は動かされることばかりだ」

「でもねえ、おれはなんだか、そんなに都合よくいくかなあって気がするんすよね」

「なにかやりたい仕事があるの?」

「ううん〜いまは別に小説家以外の職業は考えられないんすけど」

「ふむ」

「ネット見てると兼業作家はいっぱいいるんすけど」

「それが君に当てはまるかどうか、は、わからないよね」

「そうなんすよ〜」

 夢追い人、という点では、自分も喜孝も同じである。そして二人とも成功率の低い職業を夢見ている。医者になるのが大変なことであることは志郎にもわかっていたし、小説家になるのは自分次第ではどうにもならない。だから志郎としては喜孝を応援することはそのまま自分自身の鼓舞に繋がっていた。

「僕が思うに」

 と、志郎は語り始める。

「はい」

「例えば、働くママ、とか、いると思うんだけど」

「? はい」

「まあ、子どもがどういう子どもか、が、割と全てだと思うんだよね。暴れん坊でやんちゃな子どもか、聞き分けのいいおとなしい子どもか、という」

「ああ、わかります。後者のママなら夢を追いかけられるけど、ってことっすよね」

「僕は時間とはあるものじゃなく作るものだっていう風に思っているんだけど、しかし、だからといってないものはないんだよね」

「うんうん」

「となると」

「はい」

「運次第?」

 はあ、と、喜孝はがっくりと肩を落とした。

「運かあ〜。それだと参考にならないんすよね〜」

「重要な要素ではあるんだけどね……」

「そうなんすよ〜。なんかこう、もっと、これ! っていう方法はないんすかね?」

「そんな方法があるなら僕が知りたいよ」

「ですよね〜」

 志郎は、現状の自分の日常生活について思いを巡らせる。

「僕はいま、高校生で受験生で、かつ仕事をしているわけだから、二足のわらじを履いていると言っていいでしょう」

「いいでしょう」

「じゃあどうしてうまくいってるのか、ということを考えたとき、運の要素を除外したとすると」

「したとすると?」

 うん、と、志郎はうなずいた。

「どっちも楽しんでやってるからだと思うんだよね」

「ほう」

「それでいい循環になっている、ということかと」

「ほうほう。となると、おれも楽しくやれる仕事をすればあるいは」

「だけどそれこそ運の要素が大きいからねえ。職場の人間関係はハローワークの職員さんでもどうにもならないし」

「あ、先生は人間関係重視?」

「人間の悩みの九割は人間関係の悩みだからね。多少仕事そのものがキツくても人間関係に恵まれていればそれほどキツさを感じない、というデータがあるよ」

「ふむふむ」

「いまは、学校生活も穏やかだし、仕事もなんとか順調にこなせているから……君に当てはまるように言うと、やっぱり、君の小説家ではない方の仕事がうまくいけばいいんだと思うんだよね」

「じゃ、仮にっすよ。仮にどっちも楽しいとして」

「はい」

「小説家一本に絞り込むのはもったいない?」

「そのときのことはそのときになってみないとわからないんじゃないかな? どっちも楽しいけどやっぱり小説だけで食べていきたいって思うならチャレンジするのかもしれないし、いやせっかく楽しく働けてるならどっちもやっていこうって思うかもしれないし。まあ、それは実際に小説家になってから考えた方がリアルな答えがリアルに出るだろうね」

「ですね〜。頑張ろ」

「うん。お互い夢に向かって頑張ろう」

「はいっ」

 志郎と喜孝は二人同時に紅茶を飲む。

 そこで、あ、と、志郎は言った。

「ところで次の土曜日のことなんだけど。あとでご飯をいただく時にも言おうと思うんだけど」

「ん?」

「僕の高校の学園祭があってね。僕、音楽部でバンドをすることになったんだ。よかったら来てほしいんだ」

 と、志郎は喜孝にパンフレットを渡した。

 喜孝はパンフレットを見る。

「先生、ベースなんて弾けるんすか?」

「そこそこね。猛練習したよ」

「へえ。おれが行ってもいいの?」

「もちろん」

 喜孝は即答した。

「じゃ、行きまっす」

「お待ちしております」

 ふふ、と、志郎は微笑む。きっと総一朗が喜ぶだろう、と思った。

 夢があるのは、いいことだ––––。

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