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第十五話 君を創ったやさしさを・4

「もしもし、山岡くん?」

 家庭教師の授業中に胤眞から『電話できる時間ある?』とLINEが来て、それに気づいたのち帰宅後、『電話できるよ』と送ったらすぐにかかってきた。

「沢渡くん? どうしたの?」

「いや、あの……電話で言うのもなんだけどさ、さっき、すぅちゃんがいなくなって。二時間ぐらい前なんだけど」

 予期していたことではある。

「そうなんだ。ご愁傷様です」

「うん、ありがと。……それでさ、りつきくんにもそうなんだけど、山岡くんに礼が言いたくてさ」

「え?」

「すぅちゃんがいなくなって、遥のやつ、すごい大泣きでさ。泣きじゃくっちゃって。しばらくは立ち直れないだろうな、と思う」

「そりゃそうだよ」

「……でも、放課後、山岡くんたちが話をしてくれて、なんとなく、心構えはできてたんだけどね」

「いや、いくら心構えしていてもそのときが来ればやっぱり別だよ」

「うん……でもさ」

「?」

 言いにくそうだったが、それでも胤眞は言った。

「遥は、すぅちゃんがいなくなって、いなくなるってことがわかって、ずっと重い感じでさ」

 言いにくい様子であることがわかったので、志郎は、うん、とだけうなずいた。

「でも俺は––––なんていうか、これで少し楽になるのかな、って気持ちが、正直あって」

「うん」

「なんていうか例えば––––ああ、これで遠出できるなーみたいな」

「そうだね。それはあるだろうね」

「俺のこと非難しないの? ひでーやつだって思わない?」

「思わないよ。実は僕も犬を飼ってるんだけど、これで、例えば計画していたわけではないのなら必ず家に帰らなきゃいけないとか、そういう大変さはやっぱりある」

「ああ、まあ、うん、そうだよな」

「……でも、僕の場合、ペットには代えられない」

「あ、俺もそれはそうなんだよ? 家を空っぽにして泊まりの旅行に出かけるなんて、そんなのすぅちゃんがいることと比べれば大したことじゃないってそれは思うんだよ」

「うん、そうか」

「……でもさ、そんな、“メリット”を考えちゃう自分が、なんか嫌で。遥みたいにひたすら哀しんでるわけじゃない自分が、すごい嫌で」

「それはあくまで沢渡くんの一部に過ぎないことだし、沢渡さんの真意だって結局は聞いてみないとわからないよ」

「うん、まあな」

「……」

「……」

 しばし沈黙が続く。

「あ、ごめん。いまちょっととんでた」

「はは」

「……俺たちはまだ生きてるんだよなー、みたいな」

「そうだね。それでも生活は続く」

「そうだなあ……別に世界の終わりじゃないんだよな」

 ふと、志郎はなにか気になった。

「すぅちゃん、もう二人だったら大丈夫、って思ってくれたんかね?」

「僕がすぅちゃんならそう思うと思うよ。あんまり参考にならないと思うけど」

「ううん。でも、助かったよ。なんか、救われた気持ちだ」

「それならよかった」

()()()()()()()()()()()()。もしかしたらすぅちゃんがいなくなったら世界が終わっちゃうような気がずっとしてて。俺の世界っていうか、世界がっていうか」

 これも結局は単なる自分の妄想に過ぎないのだろうか。

「いや––––もう、新世界が始まってるんだろうな」

「そうだね。そうだといいね」

「うん、ありがと。じゃあ、また学校で。幽霊部員でごめんよ」

「ううん、名前を貸してくれて感謝するよ」

 しばらく雑談を続け、やがて二人は電話を切った。

 志郎はコペルニクスを見た。

「……」

 窓を開け、座り込みセブンスターを吸い始める。

「……」

 例えば、いまから二時間前に、世界が終わっていたという可能性を考える。

 今日の放課後、自分とりつきが沢渡兄妹のもとへと行かなかったら、今日世界が終わっていたという可能性を考える。

 例えば––––双子の二人が、まるで正反対のことをすぅちゃんに対して思っていて、それは相反することで、そのすぅちゃんがいなくなった瞬間それがトリガーとなって、世界が終わっていたという可能性を考える。

 それを、たまたま今日の放課後、自分とりつきが体育館へと行ったことで未然に防ぐことができた……という可能性を考える。

 あり得ない話ではない、と志郎は思う。煙を吐きながらため息をついた。

 自分と沢渡兄妹が共鳴した結果、二人が世界の危機を招くようになったのかもしれない。そのトリガーがすぅちゃんだった。そうではないと言い切ることはできない。むろん、肯定も否定もできない。全てはもう終わったことなのだから。

 そして、もう始まったことなのだから。

 いや、それを言うなら、二時間前にこれまでの世界が終わり、二時間前にこれからの新世界が始まったという可能性も否定できない。

「考えすぎか」

 それでもついそんなことを考えてしまう。確かに今回世界は終わらなかったが、終わっていた可能性は充分あるのだ。もちろん肯定も否定もできないことだが、しかし、もし今日の放課後、自分たちが体育館へと赴かなかったら。

 いや、考えても仕方がない。

 いま、世界は終わってはいないのだから。

 そのときLINEが来た。スマホを見るとりつきからだった。『いま電話できるか?』と書かれていたのでそのままりつきに電話する。すぐに応答した。

「もしもし」

「もしもしりつき?」

「ああ、オレだ。ベースはどんなのがいいかと思ってな」

「どんなのって、複数あるの?」

「五本ある」

「すごいね。でも、僕はベースの知識がないから、りつきが一番よさそうだと思ったのにしてほしいかな」

「わかった。じゃあオレのチョイスを楽しみにしてろ。じゃあな」

「––––あ、りつき」

「なんだ?」

 あるいは––––りつきと出会ったのも、あのまま総一朗との距離の離れた関係が続いていたら、世界が終わっていたかもしれないから––––だからそうならないためにりつきと出会った。()()()()()()

 その可能性も、もちろん、肯定も否定もできないことだった。

「どうやってベース持ってくるの? ドラムもだけど」

「伊集院は伊達じゃない」

「なるほど……」

「じゃ、寝るぞ」

「うん、また明日ね。おやすみ」

「おやすみ」

 そして電話を切る。

「……」

 全ては自分の考えすぎで、自分の妄想で、つまり自分の精神の病が、自分に世界をそのように認識させているのかもしれない。あるいはいつかこの病気が完治したとき、そのとき新世界が始まるのであれば、そしたらそれまでの世界は終わるのだろうか。終わってしまうのだろうか。その終わりは新世界になにをもたらすのだろう。ただ世界が滅んだ、これで全てが消えてなくなった––––というほど世界が甘くできているようには志郎には思えなかった。しかし、そんなことを考えていても答えが出ることではない。結局答えの出る問題ではないからだ。そんなことよりこれから寝るまでしばらくの間勉強し、そして睡眠を取って明日の朝を迎え、食事を食べたのち学校に行く––––いまはそれを考えることが、その世界を守ることが自分の使命にして最優先事項に志郎には思えた。

 なぜなら、それでも生活は続くのだから。

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