第十四話 木もれ日の結晶・5
「伊集院りつき?」
と、志郎は声を上げる。第三の男というワードがよぎりはしたが、志郎はあくまでも現実的だった。
「知り合い?」
「いや、知り合いじゃないけど、総ちゃん……は、知らないか、全国模試の」
りつきは、ああ、と応える。
「志郎って、お前、山岡志郎? こないだ四位だったな」
「そう。山岡志郎」
総一朗は目を丸くさせた。
「えっ、志郎、全国模試のベストファイブに入ったの?」
「言わなかったっけ」
「言わなかった」
りつきはちょっと苦笑する。苦笑の表情ではあるが、その笑顔にはなかなかの少年らしさを二人に感じさせた。
「そんなこといちいち言わないだろう」
「まあ、そうだけど。それで、伊集院は何位だったんだよ」
「りつきでいい」
はっきりそう言うりつきに総一朗はちょっとたじろぐ。
「りつきは何位だったの?」
「十位だ」
「マジかあ。俺には理解できない世界の住人たちだな」
「理解できない住人というと」志郎は少しゆっくり訊ねた。「伊集院くんは」
「りつき」
「りつきくんは」
「りつき」
初対面の人間を呼び捨てにできる、という総一朗とりつきの性格には少し憧れるところのある志郎であった。
「りつきは、聖英学園だよね」
「そう」
「えっ」と、総一朗は素っ頓狂な声を上げる。「聖英学園って、あの、偏差値七十とかの超お金持ち学校だよな。マジで?」
「そう。でも、別にオレが金持ちなわけじゃない」
「いやいや……となるとりつきは正真正銘のおぼっちゃま」
「一応、伊集院は元財閥だがな。オレはいい家に生まれて幸運だったよ。なかなか自分にとって都合のいいように生活できてる」
こうはっきり自分が金銭的に豊かな家に生まれたことを得なことだと説明されると志郎も総一朗も羨ましいという感情はさほど抱かなかった。
「でも、聖英学園はこの沿線じゃないよね」
「散歩してるだけだ。オレもこのエリアには初めて来た」
「で、アルキメデスと会った、と」
「そう。駅を降りたらいた。なんとなく追いかけてたら公園まで来た。しばらくからかってたらふらりとどこかに行って、そして戻ってきていまここでお前らと会ったわけだ」
「簡潔な説明だ」
「それはどうも」
志郎と総一朗は顔を見合わせる。
こんなに円滑に一緒にいられたのはなんだか久しぶりのような気が二人はした。そして、その様子がりつきにも伝わったようだった。
「お前ら、喧嘩中?」
「えっ?」と、二人は同時に声を出す。
真夏の光線が射し込む公園。
ふとアルキメデスはりつきの腕を飛び出し、三人の周りを一周したのち、どこかへと行ってしまった。
「なるほど」
なにをうなずいているのか志郎たちにはわからない。志郎は訊いた。
「なにがなるほど?」
「いや? 喧嘩中なんだな、と思って」
「喧嘩っていうんじゃないけど––––」と、総一朗は志郎の顔をちらりと見て、言いにくい様子で、しかし説明してみる。「ちょっと、いろいろあって」
どうでもよさそうな表情……ではなさそうだった。興味を抱いたようでりつきは言った。
「ふうん。解決すればいい」
「いや、その……解決、というか……」
志郎も言いにくい様子だった。
二人はもじもじしながら沈黙する。
「要するに、お互いのことが気に入らないわけだな」
二人は絶句する。
「––––」
「そしてそれをお互いに伝え合っていない」
「いや、気に入らないわけじゃない」と、志郎は前のめりになった。「ただ複雑なことがあったんだ」
「お前らが複雑にしてるんだろ?」
「いや、問題そのものが複雑なんだよ」
「ふうん。オレには志郎が“だから仕方がない”と言っているようにしか見えないがな」
「––––」
りつきはまっすぐ志郎を見る。そして総一朗を見る。
それはあまりにも強烈な眼差しだった。
だから––––総一朗は、志郎に言った。
「俺は、しょうがないで済ませたくないよ」
「それは僕もそうだよ」しかし、なにを言えばいいのかわからない。「だけど、なにを言えばいいのかわからない。どう解決していけばいいのかわからない」
ふと志郎はりつきを見る。相変わらず鋭い瞳で、真剣そのものの表情を崩していなかった。
そして、その志郎の様子が、総一朗の心に波紋を投げかけた。
りつきは言う。
「じゃあ、総一朗は志郎のなにが気に入らない? なにが気になってる? それをそのまま言えばいい。志郎も総一朗にそう言えばいい」
「いや、りつき。僕らは別に––––」
「俺は」
と、総一朗はなにかを言おうとした。ややびっくりして志郎は総一朗を注視する。
「俺は、志郎が、ずっと一緒に育ってきたのに、俺に、志郎の、秘密を明かしてくれなかったのが」
はっきりと言った。
「ムカついてる」
これが総一朗の本音だったのかと思うと志郎は気が気ではない。志郎はりつきをやや睨む。
「オレを見ても仕方がないんじゃないのか。志郎は総一朗のなにが気に入らない。言えよ」
「僕は総ちゃんのことなんて別に––––」
「言ってよ志郎。俺のなにが気に入らないのか、俺のなにが気になるのか言ってくれよ」
「総ちゃんまで」
「俺は気に入らない! 志郎が俺のこと信じてくれなかったのがムカつく!」
突然大声を出した総一朗に志郎はたじろぐ。総一朗の目はひたすら真剣だった。
「いや、信じるとかじゃなくて、だって」
「俺が離れちゃうと思って言えなかったんだろ。それって俺のこと信じてなかったんだろ! そうなんだろ!」
「だって実際いま総ちゃんに距離を感じるよ!」つられて志郎も大声を出した。しかし、それが起爆剤だった。志郎は続けた。「それって僕の危惧した通りだろ! 言えない気持ちだってわかるだろ!?」
「俺は志郎が変な力持ってたって気にしない!」
「嘘だ! こないだ家で気になるって言ったじゃないか!」
「そうだよ気になるよ! ていうか志郎のことすげー怖いよ! でも、全然気になんないよ! だって志郎だぜ! 志郎がおかしな力持ってたからって俺は志郎と絶交したりなんかしないし離れたりやしない!」
「じゃあなんであれ以来僕は距離を感じるんだよ!」
「俺だって感じるよ! すげー離れたなって、すげーキツいよ! 辛いよ! 俺じゃ志郎の支えにならねえんだってわかればそりゃ距離感じるよな!」
「いや支えになってるよ! いつもいつだって支えてもらってるよ! でも僕の力はそれがなくなっちゃってもおかしくない力で––––」
「それから俺にそういう変な力がないのもなんか気になる!」
志郎はびっくりした。
総一朗は、もう言うしかないと思い、一気にまくしたてた。
「超能力だの霊能力だのなんて憧れない男子がいるかよ! ていうか俺はちっちゃいころからすげー憧れてたね! 志郎なんかその辺すげーリアルに考えてただろ! そんなことより勉強しようとかいつも言ってたけど実は志郎の方に超能力があったなんてやっぱなんかイラっとするよ! 俺もそういう力ほしかったな!」
志郎は歯軋りした。
「こっちはこっちでいろいろあったからこんな力が身についたんだよね! 一方的に憧れられたってどうすればいいかわからないよ!」
「憧れさせてりゃいいだろ!? 俺は、俺は!」
「なに!?」
「––––ずっと志郎に憧れてるんだからな!!」
総一朗の視線はずっと志郎から逸れることはなかった。
果たして二人は息を切らしていた。
そして––––志郎は、なにを言えばいいのか、またしてもわからなくなった。
しかし、言いたいことは言ったと思っている。
「なかなかの青春だな」それまで傍観していたりつきが軽く拍手しながら間に入ってきた。「言いたいことは言ったのか?」
一応、二人は、ずっと感じていたことを言ったように思える。
そう––––結局は、お互いに相手に対して遠慮していたことがこの複雑さの原因だったのだ。確かに発端は志郎の特殊能力と例の事件ではあった。しかし、そこから生じる感情を二人は話し合っていなかった。おそらく二人の人生の中で、今回生まれて初めて話をしていなかったのである。だからこんなに距離が空いてしまった––––いまの二人には、そうとしか思えなかった。
「嫌なことは嫌なことでそれをそのまま丸ごと受け入れないと、次のステップには進めんぞ」
第三の男––––。
「あとは、お前らがお互いにどうしていきたいか、だろう」
これまで構築してきた関係性と、これから構築していく関係性。
二人は顔を見合わせた。
なんだかお互いに、この人はこんな顔をしていたのだな、と、なんとなく思った。
「まあ、オレが思うに、マブダチの関係が続きそうだな、という感じだろうか」
そう––––。
志郎は言った。
「そうだね」
総一朗も応える。
「そうだな」
「……」二人は顔を見合わせる。「あの」同時に言った。
「総ちゃんからどうぞ」
「いや志郎から」
「いや総ちゃんが先に」
「じゃあ、ジャンケンしよう」
「––––これからもよろしく」
想像通りの言葉が出てきて、総一朗は満面の笑みを浮かべた。
「おう!」
「はい、青春」
総一朗は苦笑した。
「りつきはなんだかドライなのかウェットなのか」
「人間は多面的なものだ」
「でも、いい人であることはわかったよ」志郎はりつきに頭を下げる。「ありがとう。りつきのおかげですっきりした」
「俺も俺も」
「そうか。ならよかった。じゃあその感謝の念はオレの質問に答えることに代えてくれ」
「質問?」
りつきはあくまでも調子を崩さず志郎にはっきりと訊いた。
「お前、超能力があるのか?」
あ––––と、二人は口をあんぐりと開けた。見開いた目にりつきは面白くなってきて笑顔になった。
なかなかの笑顔だった。




