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第十四話 木もれ日の結晶・3

「もしもし、志郎?」

 電話をかけ、しばらくして相手はすぐに応答した。朝、コペルニクスの散歩に出かけたあと先輩にLINEをすると十二時から一時間の間なら大丈夫と返ってきたので、志郎はそれまでひたすら勉強していた。

「先輩。お久しぶりです」

「LINE読んだよ。総一朗となにかあったんだって?」

「はい」

「むう……志郎と総一朗が喧嘩するなんてこの世の終わりだろうか」

「いや喧嘩というか……揉めてる、っていうわけでもなくて、トラブル、というか……」

「とにかく、二人の関係になにか変化があったわけでしょ。それもあまりよくない変化が」

 志郎はうなずいた。

「はい。その通りです」

「それで、俺に相談?」

「はい。なんとなく」

「いいね。直感的に選んでくれて感謝する。それで、えーと……」彼はちょっと悩んだ。「俺が総一朗に電話するのはまずいのかね」

「それは、ちょっと……」

「直感的に?」

「なんとなく」

「OK。じゃあ、この電話は、志郎のストレス解消のため、ということだね。役に立てるといいんだけど」

「なんだかすみません」

「いいんだよ〜。俺も男の子だからね。目下の人間に対してはカッコつけたくなるのさ」

 ふふ、と、志郎は微笑んだ。

「それで、具体的になにがあったのかは言えるかい?」

「いや、それもちょっと」

「OK。じゃあ、志郎が話したいように話してごらん〜」

 志郎はちょっと悩んだ。なんて言えばいいんだろう。自分が超現実的な特殊能力を持っていることを知られてしまいました、などと言うわけにはいかない。

「例えば、僕が先輩をゲイだと暴いたとしたらどうしますか」

「え、もうとっくに知ってるでしょ」

「だから、例えば知らなかったとして。先輩も知らせてなくて、僕がなにかのきっかけである日突然先輩に秘密があることを知って、それで、付き合いに変化が生じたら」

「むう……そういう場合、相手に任せて俺は追わないよ……という回答だと志郎には何の役にも立たないだろうけど」

「いえ」

「相手が志郎だとしたら、っていう仮定の話でしょ。俺は志郎と仲良しでいたいけど、志郎に変化が生じちゃったなら俺にできることはないよ〜だって俺が悪いわけじゃなし、俺に問題があるわけでもなし」

「––––そうなんですよね。僕が悪いわけでもなし、僕に」

 と、そこで志郎は口籠ったので、彼は怪訝に思った。

「問題は、ある?」

 志郎は素直にうなずいた。

「はい」

「なるほどなるほど。じゃ、こういうことだね。総一朗が、志郎の、ちょっと問題のある秘密を知ってしまって、それでどう対応すればいいのかやつはわからなくなってしまった……と」

「そうですそうです」と、志郎は身を乗り出した。「もちろん僕の秘密をいまここで話すことはないんですが。すみません」

「いいよ〜。誰にでも秘密はある」

「先輩が言うと説得力があります」

「ははは。……で、そういう場合––––つまりあれだ、俺が悪いわけではないけど、俺の問題のある秘密を知られたとき」

「そうです。そういう話になります」

 一瞬、沈黙が生まれた。

 そこで彼は慌てふためいた。

「えーと。え〜と。そうだなあ。……。なんていうか〜、あー、えええ〜とねえ……」

 おそらく電話の向こうで先輩は大袈裟なジェスチャーをしているのであろうことを見抜いていた志郎は、くす、と、笑う。

「え、いまなんか笑いどころあった?」

「いえ。先輩はいつだってノーリアクションじゃないなあ、って。間がないっていうか」

「それはま、俺の前の精神科医がすっごいノーリアクションが常態の人だったから。傾聴といえば聞こえはいいけどこの人俺の話に興味ないのかな? って感じちゃうぐらい」

 翔の相談事と同じだった。

 彼は続ける。

「もちろん向こうは向こうでなにか意図があってのノーリアクションなんだとは思うんだよね。実際に俺のことが嫌いだったとしてもそれを表に出すほどヤブい医者ではなかったと思うし」

「でも、先輩だったら好き嫌いの感情に敏感そうですけど」

「いや〜相手は心のプロだからねえ。可能性の話としては俺の敏感さが的を射ている可能性もなきにしもあらずっちゃそうなんだけど。でも一応仕事で付き合ってくれてるわけだから好きとか嫌いとか考えないようにはなった。当時はこの人ぼくのこと嫌いなんだとか思ってたけど」

 と、そこで自分の話をし始めてしまったことを彼は恥じた。

「ごめん、志郎の悩み相談だったね」

「いえいえ。貴重です」

「志郎は精神科医になりたいんだったもんな〜」

「はい。いろんなお医者さんがいて、いろんな患者さんがいるっていうのはいいです」

「志郎のいまの先生はいい人だって言ってたね」

「いい人ですよ。ちゃんと話聞いてくれますし」

「どうしてその先生に相談しなかったの? 俺なんかよりずっと頼りになるでしょ」

「いや、今日は日曜日」

「あ〜そうかそうだったな。……で、その先生以外で、ってことで、俺かい?」

「? そうです」

「いや〜。それは本当にありがたいよ」

「ありがたいですか」

「少なくとも、俺だったら悩みを相談したら話を聞いてくれるんじゃないかって思ってくれたんでしょ〜」

「はい。そうです」

「信頼を感じる」

「信頼してますよ」

「そりゃあ嬉しいや」あはは、と、彼は笑う。「俺、あんまり相談って受けないから」

「なんででしょうね」

「なんでなんだろ。結局答えてはあげられないからなんだろうなーとかとは思うけど」

「でも」と、志郎は身を乗り出した。「答えを得ることが全てじゃないと思います」

「そうね。だから、前のノーリアクションの先生もそういう意図でノーリアクションだったのかもしんない。いやま、常にってわけでもなかったんだけどね。さっき常態とか言っちゃったけど改めるわその先生に悪いし」

「ただ、先輩に搦め手は通用しなさそうです」

「そうなんだよね〜。俺、空気読めないし、文脈を読み取るのが下手というか、文章全体を覚えるのが下手だし。だから悩み相談受けないのであろうか。俺が相談するのが基本って感じだね」

「人に助けを求められるのは素敵だと思います」

「素敵か〜いい響きだ〜でも、いまの志郎も素敵なんだよその理屈でいくと」

「そういう……ことになりますね」

「だからさ志郎、俺、結局総一朗との仲のこと何にも答えられてないけどさ」

「いやでも、ちょっと落ち着きました」

「うん。たぶん志郎だったら“ならばどうすればいいか”っていうのをいろいろ考えて悩んで、自分なりの解決方法を出すことはできるかもしれない。でも、ある程度一人きりで考え込んだらあとは第三者と話をした方がいいよ。他人とね。それも人間とね。こんな言い方もナルシストかもだけど、志郎が助けを求めるような相手ならきっと志郎を助けてくれるからさ」

「はい」

「ゆっくり休んで、脳を休ませて、なんとな〜く解決策は見出せたけど、なんだかもやもやしちゃった状態が続いちゃってしまう、ってことあるかい?」

「ありますね」

「そういうときは、一人でいるのが限界なんだよ。人間は社会的動物だ。群れていなければ生きていけないようにできてしまっている。だからこういうとき志郎には総一朗がいるから全部OKなんだとは思うんだけど、それがいま危機的状況なんだよな」

「そうなんです」

「––––なんとなくなんだけどさ」

「はい」

「志郎と総一朗は、もう二人きりでいるのが限界なんだと思ったりして」

 ちょっと何を言っているのかわからず、志郎は口籠った。

「えっ」

「小さいときからっていうか、生まれたときからずっと一緒だったわけでしょ。でも、どんどん大人になってくにあたって、その関係性に限界が来てるんじゃないかね〜って思うんだよね俺」

 これまで構築してきた関係性と、これから構築していく関係性。汐理が以前そんなことを言っていたのを思い出す。

「もうちょっと具体的に」

「いや具体的もなにも、俺が言いたいのは、なんか、第三の男が必要かと」

「第三の男?」

「いやま女の子でもいいっちゃいいんだけどね」

「はあ」

「なんだったかな、人間が三人集まるとそこには社会が生まれる〜とかなんとか。だから……志郎と総一朗は、社会を作らなきゃいけないのかも。そういうフェーズに突入したのかも」

「社会を作る……ですか」

「う〜ん。うまく言えないんだけどね。でも俺が何を言いたいのかなんとなーくイメージは掴めるでしょ」

 志郎はちょっと考え込んだ。

 確かにこれまで自分と総一朗の世界は二人だけの世界で完結していた。それは確かに、例えば学校に行けば他の友人たちはたくさんいるが、あくまでも二人の世界が二人の中心だった。

 そしてそれに限界が生じてきている。そうであるならば第三の人間が現れ、“社会”を誕生させなければならない。そうでなければ、総一朗との“世界”が終わってしまう。

「でも、なんか」と、志郎はゆっくり言った。「僕と総ちゃんが仲良くするために他の人に頼るっていうのは……」

「いまのセリフに特に問題があるようには思えないけど」

「そうじゃなくて、なんか、利用してるような」

「“利用”って、単語だけ見ればなんか悪どい感じがするのもわかるけど、でもでも例えば志郎たちも篠沢高校を利用してるわけで、高校生としての立場を利用してるわけでしょ」

「それはまあそうなんですが」

「だから、そうだね。利用とかそういう単語が出てくることのないような第三の親友……というか」

「第三の親友、ですか」

「なんとな〜くなんだけど、第三の親友ができれば、第四の親友もできると思うよ。第五の親友も」

「先輩は?」

「え、俺も混ぜてくれるの?」

「え、それは僕らはそのつもりでした」

「わ〜。嬉しいな〜。俺に親友ができたぞ〜」

「そんな大袈裟な」

「しかしいわゆる“友達”とはちょっと重みが違うわけでしょ?」

「はい」志郎は断言した。「先輩は、他の子とはちょっと違うかな」

「いいねいいね。俺が嬉しい電話になってしまったよ」

「だから––––先輩にぜひ間に入ってもらえたら。そう、そうですね。そういう電話です」

「そういう相手として頼ってくれたのはあまりにも嬉しいんだけど、しかし今回そうはいかないんだ。俺、いま関西にいて」

「えっ?」

「教授のお供なんだ。勉強させてもらってる。だからごめん、今回俺はリアルでは役に立てない」

「いえ。でも、一年生でお供なんですね」

「いや他にもお供はいっぱいいるよ」

「でもすごいです」

「いや〜。何の役にも立たないと思ってた俺の音楽が世の中のためになるなら、ほんとにラッキーストライクだと思うね〜」

 そこで電話の向こう側から、あつし、と声が聞こえてきた。

「あ。まずい」

「つまり仕事なわけですね」

「いま休憩中なんだけどな〜。すみませんすぐ行きます! あ、ごめん」

「いえ」

「––––志郎」

 急に真剣な声になったので、志郎は身構えた。

「はい」

「ちょっと、俺が前々から考えてることを言ってもいいかい?」

「もちろんです」

「……」

 彼はゆっくりと自らの言葉を志郎に伝えた。

「もしも運命があるのなら、志郎が総一朗といまそうなっているのも運命によるものだよ」

「……」

「この運命が何を導き出すのかまではわからない。あるいは二人はより良い関係になれるかもしれないし、あるいは悪い方に事は進むかもしれない」

「……」

「でも、とにかくも、二人が行き着いた先に人生は落ち着くものだよ。そして、もしもそれを“そういうものだ”と思えて、もしもそれを自覚することができたなら––––」

 “人生はなるようになるから、自分もなるようになると心の底から思えたら”。

「君はきっと、自分の意思をそこに反映させることができるだろう」

「……」

「……」

 ちょっと長めの間を置いて、彼は言った。

「なーんちゃって」

「先輩」

「いや、でも冗談を言ったつもりはないんだよ。自分がオートマティックにできてるって自覚ができてしまえば、人生は一番いい感じになると思うんだ俺は」

「はあ」

「結局、この自分がいまの自分にとって一番落ち着くのさ、ってこと。俺の場合はね」

 だが、わからない話でもない。

「貴重なお話ありがとうございました」

「ううん〜。少しでも志郎がスッとしたならよかったよ〜」

「スッとしました」

「んじゃま、あとはお出かけして外食して肉を食いなさい肉を」

「はあ」

「たまには贅沢しなって言ってるの、勤労学生山岡志郎くんよ」

 あつしー、とさらに声が聞こえてくる。

「ごめん。ごめんね休憩中だったのに」

「いえ。助かりました」

「また今度ゆっくり話そう! 今日は久々にお話できてよかったよ」

「はい。僕の方こそありがとうございます」

「うん。それじゃ、またね〜。ばいばーい」

「はい、また」

 そして、志郎は電話を切った。

 ––––あまりに貴重なやり取りだった。

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