第十三話 この眼は海を見ていた・4
喜孝との会話。
「やっぱ勧善懲悪の方がウケるんすかね?」
「ウケるというより、読んでいる人が疲れないっていうのはあると思うよ」
「読んでいる人が疲れる?」
「ハラハラドキドキワクワクのスリリングなお話って、いくら楽しくてもやっぱり疲労感はあるよ」
「ああ、まあ。となると、疲れを感じさせなければいいわけっすね」
「または心地いい疲労感を感じさせることができれば、あるいは」
「ふうむ。難しい……」
「勧善懲悪……というテーマでいうと、僕個人としてはこの世に本当に悪い人間なんていないって思ってるんだよね」
「そっかなあ〜」
「というより、いい人とか嫌な人とかっていうのは、あくまでも“自分にとっての”でしかないんだよね。自分にとっての嫌な人が、その人のご家族にとってはいい人かもしれない」
「あ、うん。それはわかるっす」
「Aさんに対する態度とBさんに対する態度とCさんに対する態度はそれぞれ違うのが当たり前だから、だからそれでその人が多重人格とかキャラを作ってるとかっていうのはちょっと乱暴だよね」
「あ〜。人間は複雑、と」
「人間は多面的なものなんだよ。この世に完全な善人もいなければ完全な悪人もいない。だから、例えばそうだな、戦争とか飢餓とかの真っ只中という絶体絶命の状況下での姿が人間の真の姿だ、っていうのは、僕としては間違っていると思う。そういうシチュエーションだからそういう態度になってるだけで、別にそれが人間の真の姿でも、あるいはその人の本質でもないと僕は思う」
「ふんふん。わかりますわかります」
「誰もが一生懸命日々を生きていて、みんながみんな自分の大切なものを守るためにやるべきことをやっているのに、それなのに事はうまく運ばない、事態はどんどん悪化していく……っていうのが人間社会だっていう風に僕は思ってる」
海からかなり離れた浜辺に座り、志郎は海を眺めていた。夏休みだからたくさんの海水浴客で溢れていたため、さすがに至近距離で座り込む気にはなれなかった。海で遊ぶ人々の喧騒の中、海を眺めながら志郎はぼんやりと考える。
この海を、生まれたての自分は見ていた。
それはどうしたところで思い出せないことだが、隣に両親がいる中、海を見ていたという事実は、志郎に切なさを感じさせる。
「……」
家族連れを見る。若い親と、小さな子ども。かつては自分も、自分たちも彼らと同じだった。それがあの日の事故によって滅茶苦茶になってしまった。
だが––––志郎としては、正直に言ってしまえばそれに関して自分が不幸の星の下に生まれたとは思っていない。あるいはそれは七つのころのことで記憶や人格形成もまだ曖昧だったからかもしれないが、いずれにせよ織部家で世話になり、音羽病院はいい病院であり、義人とも出会えたし、雪尋ともずっと付き合い続け、何より––––総一朗の存在。
自分はあまりに幸せな人生を過ごせている、と、思う。
ふう、と、志郎はため息を吐く。結局、自分が現状の自分に満足できているのは、たまたま運がよかっただけのことだ。世の中、幼い頃に両親を亡くしたような子どもは大概苦労しているはずなのである。だから、自分は周囲の人々に恵まれ続け幸運でしかなかった。だから幸せな人間なのだと思う。
それでも、と思う。それでも、その中に両親の死というものが含まれていなかったらどんなによかっただろうと思う。もし両親が生きていたら、もちろんいまの生活は、いまの幸せな人生はなかった。しかしだからといって両親に死んでくれてよかったなどと思うはずがない。
決着の付け方がよくわからなかった。
自分は“嫌なやつ”なんだという思いが浮かぶ。
波音を聞く。
喧騒を聞く。
考えすぎの悩みすぎ、と思う。我ながらそう思う。いまが幸せならばそれでよいではないか。そう思う。それでも両親の死という事実はそんなに簡単に納得できるものではない。あの日があったからいまがある、それはそうだと思う。ただだからといって両親に死んでくれてよかったなどとは思わない––––どこか志郎の頭の中は堂々巡りを始めていた。
ふと隣を見る。例えばいまここに総一朗がいて、自分の悩みを聞いてもらったとして、なんと言ってくれるだろう、と思った。
『大変だな』
そう言ってくれるのではないかと思った。
そう––––大変なのである。
志郎は先ほど自販機で買った缶コーヒーを飲む。
ひとり呟く。
「そうだね。前向きにやっていくためには––––」
両親の死を喜ぶなんて、自分は“悪”なのではないか。
しかし、それがそうではないと言い切ることはできない。仮にそれが悪なのだとすれば、それは悪なのであろう。自分は悪なのであろうと思う。
だが、自分はそれだけの人間ではないはずだった。そう考えられるぐらいの自負は志郎にはあった。
だから、この自分が悪なら、悪だとして。
「––––自分の心には素直にならないとな」
あるいはこういったものの考え方ができるようになったのは、それもこれも総一朗のおかげなのかもしれない。総一朗はむろん精神科医を目指しているわけではない。傾聴や受容という技術を持っているわけではない。だがいつもきちんと人の話を聞いてくれる。しかし自分は総一朗に医者としての役割は求めていない。総一朗は自分の親友だ。その親友が、自分に同情し、共感してくれる。そのことを志郎はいつも感謝している。だから、「やれるだけのことをやれるだけやること」という考え方が自分に根付いたのも総一朗のおかげだ。自分に無理なことはしない、自分には不可能なことは自分には不可能なことだとはっきり悟ること。言葉としてそう言われたわけではない。だが、志郎の生き方の大元になっている。
だから––––両親の謎を解かなければならない。
ふと、咲の顔を思い浮かべた。
果たして自分は、恋愛よりも友情を優先する男なのだろうかと思い、志郎は苦笑する。実際、咲の死の真相だって両親が関わっているわけだが、それにしても優先順位は総一朗の方が圧倒的に上位なのだ。「山岡くんと織部くんは恋人同士」という噂が出るのもいまさらながら理解できる。そうであるなら、おそらく総一朗にとっても自分が優先順位の上位なのだろう。さすがにこんなことはいくら親友相手とはいえ質問できないが、だが、当たらずとも遠からずではないかと考える。実際、総一朗には友達がたくさんいるが、あくまでも山岡志郎が最優先なのだ。だから、いままで数多くの女の子に告白されてきたのに全て断っている……そのことに関しては、申し訳ないと思う一方で、しかし総一朗がいなくなってしまうのは、自分にとっては“困る”ことなのも事実だった。
もしかしたらそれもこれも、咲との付き合いがいまも続いていれば、変化していったのかもしれない。総一朗との関係性も変化していったのかもしれない。
とにかく優先順位がはっきりしていればブレない。それはいつも志郎が思っていることだった。そしてその優先順位はいまもブレていない。だから––––総一朗のために、自分は事の真相を探る。そういうことになりそうだった。
海を眺める。
自分の瞳はこの海を見ていた。
「お父さん」
波音を聞く。
「お母さん」
それでも涙を流すことはない。感傷に浸ってはいるが両親にそこまでの思いはない。
ただ、もしこの場に両親がいたら、どうなっていたのだろう。自分はどうしていただろう。
「いや。考えても仕方のないことは考えても仕方のないことだ。ね、総ちゃん」
それでも考えて、悩んでしまうのが山岡志郎という少年なのだ。
そして、それを自分自身しっかり受け入れている。
だから、現状の自分に満足できている。
だから––––その中で、なんとかうまくやっていくこと。
腕時計を見る。気がついたら海を眺め物思いに耽っている間に一時間も経っていた。そろそろ帰らなければならない。帰るころには夜になっているだろう。立ち上がり、缶コーヒーを飲み干す。
またいつか、この海に来よう。
今度は、総一朗を連れて––––。
志郎は浜辺の砂を踏みながら歩き出した。真夏の日差しはキラキラしていて自分の心が洗われていくようだった。




