第十三話 この眼は海を見ていた・1
智子、恭史との会話。
「千絵ちゃんがどんな子だったかって、それいつも話してるじゃなーい」
「いや、こういう若い頃の写真とか見ると気になっちゃって」
「うーん。私たちの同級生で、すごくいい子だったのよ〜。ちょっとミステリアスだったけどちょっと天然な子で」
「父とは高校生のころから付き合ってたんでしたっけ?」
「ううん〜。実際に付き合ったのは卒業してからよ。ちゃんとした二人だったからね〜」
「宮嶋さんは山岡先生山岡先生ってずっと言ってたんだよ。猛アタックが功を奏したってところだろうか」
「そうそう。学校の中で山岡先生も満更でもなくてね。でもなんといっても教師と生徒だもの。卒業して、それからお付き合いよ」
「父はどんな人でした?」
「いい先生だったよ。生徒の話をきちんと聞いてくれて。いまの志郎くんに似てるかな」
「そうそう。ヨッシー先生なんか、めちゃくちゃ信頼してたものね」
「ヨッシー先生?」
「赤池先生って人がいてね。この人。教師陣では一番山岡先生と仲が良かったと思う」
「そうそう。割とプライベートでも付き合いあったみたいよね」
「その人は、いまどこに?」
「N町よ。なーに志郎くん、ほんとお父さんお母さんが恋しくなっちゃったのねえ」
夏休みが始まった。志郎はいま、父の同僚だったという赤池快安の住んでいるN町にいる。そこは港町で、志郎たちの住んでいる町からはだいぶ離れていた。
電車とバスを乗り継ぎ、朝早く出かけたが現在午後二時である。おそらくこれぐらいの時間はかかるだろうと思って志郎は厳密に予定を立てた。今日は日曜日で、翔の授業は例の如くなかったため、先方と予定を合わせて来ることができたのだ。
夏休み、総一朗とは相変わらずの日々を過ごしていた。過ごしてはいたが、やはりどこかぎこちない。表面上は何の変化もないが何かが違う。まだ夏休みが始まって二週間ほどしか経っていないが、あまり総一朗と夏を過ごしてはいなかった。もっとも志郎は受験生だし仕事もしているためそもそも会うのが難しいということは最初からわかってはいたが、特殊能力の件もありどうしても避けられているのではないかという疑念が拭えない。無論そんなことはないことがわかってはいたからこそ志郎は自分の被害妄想が歯痒かった。
赤池家への道を進む中、志郎は考える。総一朗とこうなったのは自分の能力が原因で、その能力が芽生えたのはおそらくは七つのときの交通事故。
宮嶋千絵。昼下がりの魔女。そして、自分の母親。
一体どうなっているのだろう。志郎には全くわからなかった。母の話をひたすら誰かに聞きたくて仕方がなかったが、智子や恭史の言うところによると彼らの話題は日常的に話しているということだった。再構成された記憶は曖昧だったが確かに志郎はそれを思い出すことができる。だが、どうにも曖昧模糊としていて結局両親がどんな人物だったのかを具体的に思い出すことはできなかった。
であるのであれば日常的に話題にしておらず、かつ彼らと親しかった人物に聞くのが最も適切なはずだった。これ以上智子や恭史に父と母のことを聞けばどこか記憶喪失にでも陥ったのだろうかという印象を与えてしまう。そして、それは実際その通りだった。志郎はこの数ヶ月間両親のことをほとんど想起しない日々を送っていたのである。
なぜだろう。自分の特殊能力と絡んでいるはずの両親のことをなぜここしばらく思い浮かべなかったのだろう。それを思うと、答えは唯一としか思えなかった。
千絵が、何かをした––––。
昼下がりの魔女が自分の精神を操作し、両親のことを考えないように設定した。そうとしか思えなかった。
しかし、であるのであればなぜ彼女がそんなことをしたのかわからない。わからないが、その一方で、千絵と母の関係が大きく関わっているとしか思えなかった。あるいは千絵との死闘ののち志郎の不可思議な日々が始まったのであれば、それによって総一朗との関係に変化が起こってしまったのである。
解決しなければならない。
いや––––解決したいと思う。
自分には大切にしたいものが山ほどある。そしてその中で圧倒的優先順位第一位が総一朗だった。小さい頃からいつも一緒に過ごしてきた、幼馴染みの大親友。
もしも母の謎を解くことで総一朗との関係が元に戻る、あるいはより良く構築ができるのであれば、自分が動かない理屈はない。
『織部くんと山岡くんは付き合ってるの?』
志郎はしょっちゅう言われるセリフを思い出し苦笑する。別に付き合っているわけではない。総一朗とは恋人同士なわけではない。友達で、親友だ。だが志郎には親友と恋人の違いがよくわからないというのも正直な感想だった。しかし少なくともそれは性欲とは関係がないのだろう。単純に感覚的な問題である。だから恋愛と友情の違いについて考察するという気もない。だから、それがどうしたというわけではない。周囲からどんな仲だと思われていようと、自分は自分なりの総一朗との自分たちなりの仲を取り戻す。あるいはより良く構築する。自分が両親の話を聞きに行くのは、もちろん自分に発生した特殊能力について知りたいというのもあるが、少なくともいまの志郎にとってはそれが目的だった。
恋愛。性欲。恋人。そんなワードから、ふと、志郎は咲のことを思い出した。
咲の死も千絵が関わっていることを思い出した。
––––自分の世界と千絵の世界に何か決定的な関わりがある。
あるいは昼下がりの魔女の謎を解明すれば、咲の真相についても知ることができるはずだった。志郎にはそうとしか思えなかった。
一歩ずつ、赤池家へと向かう。赤池快安はもう教職から退いていて、いまは塾講師のパートをしているそうだ。子どもたちに勉強を教えるのが好きな人なのであろう。もしかしたら自分の父も教えるのが好きな人だったのかもしれない。実際、彼の生徒だった智子や恭史は父のことをいい先生だったとずっと笑顔で楽しそうに言っていた。
記憶の中で曖昧になっている父・昌資のことを詳しく知りたいというのも、志郎の希望だった。




