第十二話 されど風立ちぬ・5
「わあー、大散乱」
やがて話を終え一階に降りてきた総一朗は呆れたようにそう言った。廊下にはクローゼットの中に仕舞われていた荷物が全部出され、部屋中が雑多なもので埋め尽くされていた。おばさんは相当パニックになっていたんだな、と、志郎は申し訳なく思う。
「あ、二人とも」
部屋の隅で何かを見ていた智子が二人に気づき、やや不安そうに声をかけた。
「話は終わったの?」
「うん。ばっちり」と、総一朗。
「ほんとに?」
志郎は言った。「ちゃんと話せました」
智子はほっとした。
「そりゃよかったわ〜。喧嘩でもしたんじゃないかってすごーく不安だったのよ」
「ご心配おかけしました」
「いいのよ〜」けらけらと笑う。「あ、織部くん帰ってるわよ」
「キョンシーおじさん?」
そのとき、トイレで物音が聞こえ、やがて恭史が部屋にやってきた。恭史は志郎を見て笑った。
「やあ志郎くん。久しぶり」
「なんだかご無沙汰してます」
「いやいやいいのいいの。ぼくも忙しかったもんでね、志郎くんに会いたいなーと思ってはいたんだけど」
織部恭史は、総一朗の父親で、もちろん智子の夫である。彼のあだ名は「キョンシー」。もともとは“のりふみ”という名前で登録する予定だったのだが、急遽彼の両親が市役所に行けなくなり、代わりに提出に行った祖母が勘違いして“きょうし”という名前で届出してしまったことから彼の人生が始まった。恭史はいま、中学校の教員をしていて、生徒たちからは「キョンシー教師」と呼ばれている。
そして、幼い頃から志郎は彼をキョンシーおじさんと呼んでいる。
「それで高砂さん、まだ卒業アルバム読んでるの? いい加減片づけません?」
高砂というのは智子の旧姓である。高校時代からの付き合いである二人は結婚後もそのまま苗字でお互いを呼び合っている。
「だって懐かしくなっちゃってねえ」
「はあ。まあわかりますけどね」
「みんなも見て見て! 私たちの若者時代よ〜」
と、荷物を避けながら三人は智子の方へと近寄った。
「いつの卒業アルバムですか?」
「高校生のときよ」と、志郎の質問に答えた。「懐かしいわ〜。家の中のどこかにはあると思ってたんだけどね」
「見つかってよかったですね」
「ほんとにね! 志郎くんも見てご覧なさい、お母さんたちちゃ〜んと映ってるわよ」
志郎の意識が、一点に集中した。
「……お母さん?」
「そうよう。お父さんももちろん一緒よ〜」
「……お父さん……」
智子が何を言っているのかよくわからない。よくわからないが、よくわからないままに、志郎の記憶が再構成を始めていた。
「ほら、見て〜!」
と、智子は三年二組と書かれたクラス写真を見せられた。ひたすら嬉しそうな智子だったが––––志郎は、脅威を覚え始めていた。
「山岡先生と、千絵ちゃん!」
一瞬、世界が停止したような気がした。
担任の写真に若い男が写っており、その名前は山岡昌資。そして––––。
昼下がりの魔女が、そこにいた。
名前は––––宮嶋千絵。
(そんな)
わいわいと談笑している三人に埋もれて、決して誰にも暴かれないよう努力しながら、志郎が感じていたのはただただ脅威と––––恐怖だった。




