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第十一話 鬼道を行く(後篇)・6

 甲田夕映はちょっと変わってはいたが普通のおとなしい少女だった。

 その“ちょっと変わっている”というのも常識の範囲内だった。もともと魔法や超能力といった超常現象を好み、あまり周囲の子どもたちが好むようなものを好む子どもではないというだけだった。ただそれは“社会一般”の常識の範囲内では、ちょっと変わっている、と評されることだった。それでも別に周囲から疎外されていたりしたわけではない。彼女と同じような子どもたちは周りにいくらでもいたし、幼い頃は漫画やアニメやゲームが好きなだけの、本当にただそれだけの少女だった。両親としてはもうちょっと女の子らしい趣味を持ってほしいと思ってはいたが、それだけだった。まあ結局は人それぞれだから、と、そう言われて育ってきた。

 そう、言われて育てられてきたことが、彼女には不満だった。

 自分のやっていることは“人それぞれ”といちいち言われてしまうことで、あくまでも普通ではないのだと言われていることが夕映にとっては面白くなかった。それで両親を嫌悪していたわけではない。だが、両親にとって自分が“普通の少女ではない”という感想の対象となっていることが、どうしても納得いかなかったし、家族とやや距離を置く子どもとして育つようになっていた。

 それでも、家族間でトラブルが生じていたわけではないのだが、それでもところどころで彼女の抱いている不満が表面化し、次第に夕映は甲田家にとって“少しばかり扱いにくい子ども”と評されるようになっていってしまった。それでも夕映はうまくやっていた。

 そう、“うまくやる”ようになっていた。

 超常現象を好むようになったのは別に何かの影響を受けたことによるわけではない。確かに幼稚園のころ魔法をテーマにしたアニメ映画を観て強く影響はされたが、それも彼女のもともとの生まれついての嗜好が形作られたものを観ただけだ。そしてそれ以来彼女は魔女になりたい女の子になった。しかしいくら幼いとはいえ魔法がこの世界に存在すると信じていたわけではない。ただ憧れていただけだ。それだけだ。

 だが、それも年齢が上がり学年が上がるごとに、そんな呑気なことは言っていられなくなる。

 絵が好きな少女は次第に本格的にイラストレーターや漫画家というリアルな夢を見るようになり、ゲーム好きの少年が小説家を目指すようになったり、つまり友人たちの興味の対象が成長過程で他のものに移っていくようになる。“それ”はあくまでも原点であり、そこから、そこからの夢や人生を展開させるようになっていった。それがいつまでも“そこ”にいる夕映は面白くない。どうしてこのままでいられないのだろう、と不満だった。大人になんかならなくていいのに、と、そう思うようになっていった。

 中学生になると、そんな彼女はいじめの対象になる。明らかに周囲から浮いている子どもは迫害される。それはそうなのだが、彼女はなかなかの進学校に通っていたので殴られたりものを隠されたり、表立って悪口を言われたりしていたわけではない。ただ度々無視をされることが多くなった。むろん、彼女はそれを両親や教師に相談する。だが親は“ちゃんと挨拶をして、礼儀正しく誠実に接しなさい”というアドバイスにならないアドバイスをするだけで、学校には報告してくれたが教師陣は“みんな仲良くするように”と月並みの教育をするだけで、具体的なこと実際的なことは何一つとしてしてくれなかった。夕映は中高一貫校の六年間にあまり楽しい思い出がなかった。そんな彼女の生活を彩ってくれたのが、月刊ブウという超常現象を取り扱った雑誌だった。

 たまたま本屋で見かけ、魔法という単語が大々的に書かれた表紙が気になって購入した。そして家に帰って読み始めると止まらなくなった。これは自分の好きなものを丸ごと形にした本だった。それは素晴らしい出会いだった。そして、彼女の人生を大きく変える。

 中学生半ばから彼女は“世界の終わり”というテーマにひどく関心を持つようになっていった。それは全てを終わらせる現象だった。別にどのように終わるかにはあまり興味がなく、地震や噴火で終わったり、隕石で終わったり、第三次世界大戦で終わることもあれば宇宙人の襲来で終わることもある。終末の理由は問わなかった。とにかくいつか、それも近いうちのいつかに世界が終わるのだと彼女は強く思うようになり、信じるようになり、そして、期待するようになっていった。

 そのころには家族は夕映のことを“諦め”ていた。この子は「普通ではない」が、ただ「人生いろいろ」で「人それぞれ」なので、「この子はこの子なりに幸せになればいい」と考えるようになった。全て、夕映からすれば面白くなかった。だが月刊ブウはそんな家族への不満を掻き消すほどのパワーを持っていた。ブウは毎月彼女を魅了し続けた。

 世界の終わりだの天変地異だの日常的に“おかしなこと”ばかり言う夕映が両親はやや不安だったが、しかしたまたま夕映の興味の対象が月刊ブウなだけで、スポーツ雑誌や音楽雑誌で人生を変えられることなど珍しいことではないわけだからこれも“いろいろ”なのだと、彼らは自分たちを納得させていた。

 いまの夕映からすれば、そこまで両親が“人それぞれ”にこだわるのは、具体的なことを何も考えたくないから単なる思考停止に陥っているだけだと思うようになっている。本人たちからすれば親切心のつもりだろうが、こっちはこっちで普通なのだ、という彼女の叫びを理解することはどうしてもできないようだった。

 確かに世の中はいろいろで、人生いろいろで、人間は一人一人違うし、つまり人それぞれだ。それはそうだ。そのこと自体は確かにその通りだ。だが、それは発言者たちが何の疑いもなく自分を“普通”の立場に置いて相手に対して一方的に“お前は普通ではない”と境界線を引いているだけに過ぎない。人それぞれ、というのはあくまでも前提であり大前提であり、結論などにはならない。そしてそのことを家族たち周囲の人間たちはどうしても理解できないようだった。彼らは皆“優し”かったからである。

 文学部に進学し、より一層オカルトに傾倒していく。オカルトサークルに入り、日々楽しい学生生活を過ごすようになった。まさに彼女の青春だった。それは確かに世界の終わりというダークな事態に関連した楽しみではあったが、夕映たちサークルのメンバーからすればダークだからこそ楽しかったし、何よりファンタジーなことだからこそ純粋に楽しめた。日々世界中からあらゆる文献を収集し、読む。だが、基本的にはそれだけの楽しい日々だった。いつか世界は終わる。それも近いうちに終わる。みんなでそれを“夢見て”、古い呪文を唱えたり魔法陣を描いたりといった活動をしていた。が、だからと言って夜中に大声で呪文を詠唱していたわけでもないし、器物破損をしていたりしたわけではない。あくまでも、平和な活動であり、大学生たちのお遊びに過ぎなかった。みんなこれを頭の中でははっきりと非現実的なことだと捉えており、確かにいつか大地震が発生することは間違いないがそれと自分たちの活動は何にも関係ないと思っていた。そしてそれは夕映も同じだった。

 大学に進学するまではかなり重度に世界の終わりを期待していたが、そういう同じ嗜好を持った仲間たちと出会い専門的な会話をしていればやはり客観的になっていく。友達が“非現実的なこと”を言っている、という感想をどうしても抱くようになる。夕映は、ただ、オカルトマニアなだけの、普通の人間であり、ただの大学生だった。

 ところがインターネットで世の中を見渡してみれば、果たして自分たちと同じように客観性を持ったオカルトマニアはどちらかといえば少ないのではないだろうか、と思うようになった。顔も見えない人間たちは皆世界の終わりを期待して待っていた。彼らの傾向として自分とは違いみんな“独りぼっち”であることが伺える。金がないから世界よ終われ、このニート生活を終わらせるために世界よ終われ、といった具合だった。そもそも古今東西世界の終わりの伝説が存在するということは、それだけ世界に“終わってほしい”と願っている人間たちがそこら中に溢れているといういい証拠だ。むろん夕映もその1人なのではあったが、そこそこ客観性を持っている夕映からすればリアルではない、と思うようになる。

 オカルトサークルの繋がりで夕映はなんと月刊ブウのライターとしての職を得るようになった。これはまさしく天職だった。子どものことからずっと愛読していた雑誌に関われるという至上の喜びがそこにあった。毎日毎晩オカルトに関連する記事を書き続けることは彼女にとって幸せなことであり、素晴らしい人生だった。もともと趣味の仕事である。もちろん仕事であるからにはやりたいことだけをやっていればいいわけではないのだが、学生時代にほんのちょっとスーパーでアルバイトをしたとき一般の仕事には全く向いていない自分をちゃんと理解していたため、それは難儀なことではなかった。彼女は記事を書き続け、やがてオカルトマニアの中では人気のライターとなっていた。

 彼女を支持するたくさんの読者たちの期待に応えるために夕映はひたすら記事を書く。しかしひたすら記事を書くのはあくまでも自身の生活のためである。自身の生活のために破滅の記事を書く。自分の世界を守るために世界は終わらなければならない。が、本当に終わってもらっては困る。読者たちからすれば真実のメッセンジャーかもしれないが、彼女はあくまでもリアリストだった。なぜなら世界が終われば職がなくなるのだから。

 だから、結局のところ彼女は平凡な人間だった。自分のことを特殊な能力を持った特殊な人間だと、そう信じていたいだけの普通の人間だった。だから先日引っ越してきたこの幽霊屋敷にも若干の期待はしていたがどうせおかしなことが起こったりはしないのだろうな、と考えていた。このアパートで自殺したり発狂したりした住人たちは結局プラシーボ効果でそうなっただけに過ぎない。自分は客観性を持ったリアルな人間であり、たまたまオカルトライターをやっているだけの平凡な人間だ。だから三年も住み続けている隣の男子高校生だって同じはずだった。山岡という少年は賢そうだし、きっと自分と同じように世界はあくまでもリアルにできていると確信しているのであろう。いいことだ。ちょっとドライなところがあるが、この世知辛い世の中ドライなぐらいがちょうどいい。少なくとも自分の少女時代のようにピュアなだけであるよりずっといい。このまま普通に生きていけばいいと思う。そう、自分と同じように。

 自分と同じように。

 普通で、平凡な、ただの人間である、自分と同じように。


 ?


 夕映は目が覚めた。

「……」

 なんだか、頭がすっきりしている。

「……」

 彼女は、頭の片隅でぼんやりと、世界はそう簡単には終わらないことをなぜか実感していた。

「……」

 それより、自分は世界線を移動したのではないだろうか、そんな風に思った。この覚醒具合はなかなかである。長い夢を見ていたような気がする。時計を見ると、まだ二時間しか寝ていない。この短時間で自分は世界線を移動したのだ。という設定で記事を書かなければならない。日々の糧のために、日々の生活のために。自分の世界を守るために世界には終わってもらわなくては困る。だが本当に終わってもらっては困る。いつか近いうちに世界は終わる、そう読者に思わせられれば私の仕事は完璧だ。自分がいままさに世界を終わらせようとしていたことなど露知らず、夕映はそう世界の終わりを夢見た。

 とりあえずお茶を飲もう。やがて彼女はベッドから起き上がり、台所へと向かった。


「……やれた?」

 夕映の部屋の前で単語帳を破り取った総一朗は、その瞬間、それまでの二重世界が何の変哲もない元通りの世界に戻ったことを知り、はあーっ、と、大きく、息を吐いた。

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