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第八話 傘・7

「お邪魔します」

 結局、志郎は咲の自宅へと招かれることになった。

 展開が早い。早すぎる。いやしかし、デートの三日目にキスをするというデータがあるらしいことを志郎は事前にネットで調べていたから、男女の付き合いとしては別に普通の早さなのかもしれない、と思い、いや、いやいや、咲は単に家に誘ってくれただけだ、ゲームでもする気でいるだけだろうし、二人っきりで話がしたかったのかもしれない。

 男と女が、二人っきり。

 いやいや、ご家族がいらっしゃるはずだ。だから問題ない。咲の家に招かれることに問題などない。招かれて断らないことに、問題などない。

 この、家族がいるはずだから問題ない、という志郎の予想は、完全なはずれだった。

 咲は一人暮らしだった。

 アパートの前に到着し、部屋に案内されたとき、志郎はやっぱり帰ろうかと思ったが、そんな理性を吹っ飛ばした。

 この子と、早く、二人きりになりたい。

 だが、それでも心の中の〇.一パーセントぐらいに、もしかしたら騙されているのかもしれないから、慎重に進まなければならない、という気持ちもあった。

 ゆっくりとドアを潜る。

 玄関にはサンダルがあるだけで、傘置きには二人の出会いのきっかけである赤い傘が入っていた。

 中に入り、部屋を見渡す。申し訳程度の家具しかなくシンプルの一言だと思った。汐理のごちゃごちゃとした雑多なものに囲まれている部屋と比べるとずいぶん殺風景だ、と思った。

「烏龍茶でいい?」

 と、咲は冷蔵庫に向かった。

「うん」

 冷蔵庫を開け、大型のペットボトルを取り出し、コップを二つ手に取って咲がやってくる。

 烏龍茶をコップに注ぐ。

 咲の手料理。

 飲み物を入れてくれているだけなのに自分はとんでもない馬鹿野郎だと思った。

「どうぞ」

「ありがとう」

 といって、二人で烏龍茶を飲む。

 ちらちらと咲を見る。

 喉が動いている。

 志郎は生唾を飲み込むと同時に烏龍茶を飲み干す。

「お代わり、いる?」

「あ、うん、大丈夫」

「そう」

 沈黙。

 そのとき、雨の音が聞こえた。咲はベッドに座って、窓を眺める。

「雨、降ってきたね」

「そうだね」

「梅雨だもんね」

「そうだね」

「傘、持ってる?」

「そうだね」

 くすくす笑った。

「壊れたレコードみたい」

 自分は壊れ始めている。

 雨の音。雨の匂い。

 咲と二人きり。

 たまらない。

「志郎」

 声をかけられ、少しびっくりする。

「何?」

 しばらく返事をしなかった。

「なんでもない」

「そう」

 長い沈黙が続いた。

「これ、飲んでいい?」

 と、志郎は烏龍茶を指さした。所在ない。落ち着かない。

「いいよ」

 そう言われ、志郎はコップに注ぎ始める。

 それを飲む。

 再び、沈黙。

「あの。咲」

 自動的だった。

「何?」

 自動的だった。

「隣に、座ってもいい?」

 自動的だった。

 咲は、微笑んだ。

「早く来て」

 急いでベッドに座り、志郎は、咲の手を握った。もう、止められない。

「あの、僕。その」

「志郎」

「何?」

「がっつきすぎ」

 咲が志郎の唇に自分の唇を重ねた。

 志郎のファーストキスだった。

 静かに唇を重ね合わせ、やがて舌を絡ませる。

 柔らかい。

 唾の味。

 悪くない。

「ん」

 咲が声を漏らす。

 条件反射的に志郎は謝った。

「ごめん」

「何が」

「だって」

 笑う。

 志郎は咲を抱きしめた。

 柔らかい。

 折れそうだった。

 同じ人間とは思えなかった。

 ふわふわしている。

 ふかふかしている。

 またキスをする。

 頭がくらくらする。

 咲が志郎の背中に腕を回す。

 そのまま咲は志郎にもたれかかる。

 そうして志郎は咲を押し倒す。

 髪に触れる。

 髪を撫でる。

「ん」

 また声を漏らした。

 いや、自分の声だっただろうか。

 ただ髪を撫でているだけだ。

 またキス。

 それだけで、この子が、自分だけのものになったような気がして、そして––––。

「……」

 志郎は、静止した。

 ()()()()

「……」

 志郎は行為を途中でやめ、ベッドに座った。

「どうしたの?」

 という咲の質問に、志郎は情けなくて、死にたくなった。

「たたないんだ」

 咲は真剣な表情で志郎を見つめる。

「そういう体なんだ」

 死にたい。

「ごめん」

 沈黙。

 咲が、志郎の手を握る。

「え」

「抱いてくれないの」

「だって」

「抱いてくれる」

「でも」

「私は、そうしてほしい」

 やがて。

 静かにキスをした。

 志郎は上着を脱いだ。

 咲の上着も脱がす。

 上半身が裸の男女が、二人。

 志郎は咲の胸を見る。

 きれいなかたち。

 ピンク色の突起。

 自分はたたないまま。

 それでも咲はやめない。

 志郎を求める。

 志郎の股間を撫でる。

「ん」

 ゆっくりと押し倒す。

 志郎は咲の胸に触れる。

 柔らかい。

 マシュマロみたい。

 撫でる。

 すべすべ。

 舐める。

 味。

 甘噛み。

「あ」

 いい匂いがする。

 ラベンダーの匂い。

 女の味がする。

 この唾の味が愛おしい。

 そしてズボンを脱ぐ。

 咲のスカートも脱がす。

 全裸の男女が二人。

 咲の性器に触れる。

 生温かい。

 不思議な感触。

 中に指を入れてみる。

「ん……」

 濡れている。

 咲が自分の性器に触れた。

 自分も濡れている。

 それでも、たたない。

 それでも咲は、やめない。

 上下に動かす。

 咲の手。

 咲の指。

 体温を感じる。

 咲の耳を舐めた。

「んっ」

 全部欲しい。

 もっと欲しい。

 舐め続ける。

 撫で続ける。

 胸を。

 性器を。

 髪を。

 性器を見る。

 舐めたい。

 だから舐めた。

「あっ……」

 変な味がする。

 悪くない。

 自分は汚い。

 舌を入れる。

 しゃぶる。

 人間の匂い。

 女の味。

 声。

 声。

 声。

 胸をいじる。

 もっと。

 咲の目を見る。

 少し苦しそうに笑う。

 志郎もにっこり笑う。

 キスを求める。

 求められる。

 咲が自分の性器を見る。

 見つめられている。

 触れられる。

 口元にやる。

 舐められる。

 しゃぶられる。

 自分は汚いのに。

 自分の汁と咲の唾。

 たたないまま。

 それでも志郎は。

 咲の中に入る。

 髪が乱れている。

 咲が志郎の顔を見上げる。

 顔を見合わす。

 笑い合う。

 起き上がる。

 キスをする。

 唾液を垂らす。

 抱き合って。

 抱きしめて。

 抱きしめられて。

 撫でて。

 舐めて。

 たたない。

 それでも、志郎は。

「咲」

「何?」

「好きだよ」

 それはまるで自己暗示のようだった。それでも志郎は、どこか冷静な頭で、これは本当に恋なのだろうか、と疑問に思っていた。

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