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第六話 ある結末・4

 放課後。音楽室。

「……」

 志郎はピアノの前に座って、今日一日のことを考えていた。総一朗はそんな物思いに耽る志郎をとりあえずは放っておこう、と思い、ギターの練習を始めていた。

 今朝の異変はなんだったのか。

 奈那子の感情と同期しているのは確実だったから、これ以上彼女を刺激してはいけない。それは確かだった。ただ、これからも学級委員として至近距離で付き合わざるを得ない以上、接触をなくすことはできない––––が、昼休み、向こうから声をかけられた。学級委員の仕事に関しての内容だった。そのとき志郎は戦慄を覚えたが、しかしそのときは別に世界の危機は訪れなかった。ただ不機嫌な奈那子に合わせてやり取りをして、そして彼女は去っていった。

 わけがわからなかった。

 あるいは奈那子のいう“変な匂い”とやらがその発動に影響を与えたのか。その可能性はもちろんある。あるのだが、それを確認する手段は志郎にはない。彼女を刺激するわけにはいかないし、そもそもそんなことをすれば再び異変が訪れる可能性がある。

 その匂いというのを放っておいていいのかもわからなかったが、最低限の付き合いをする分には問題なさそうなことがわかって、いよいよわけがわからなくなった。いったい彼女に何が起こっているのか。彼女自身が世界の滅亡を願っているわけではなさそうだったので、これは悪いことがたまたま重なった結果、ということなのだろうか。

 悪いこと。志郎はふと奈那子の「怖い」というセリフを思い出し、考える。

 女性は男性というものに、根元的に“恐怖”を抱いているのではないか。

 だとすれば紗耶香と蒔菜の解釈の違いについても説明がつく。紗耶香は男子が怖いから男として無防備な志郎に抵抗感があり、蒔菜は男子が怖いから男として無防備な志郎に好意的。ということなのだろうか、と、志郎は考える。

 だが、仮に男女論としてそれが妥当だったとして、奈那子がその理由だけで志郎を嫌っているようには思えなかった。より根元的なものが原因のような気がした。それは世界を破滅に導くような何かだ。それはなんだ。

「……」

 考える。あの異変を招いたのは誰か。それは自分自身に他ならなかった。

 奈那子に力があり、志郎がそれを発動させようとした––––ということだろうか。爆弾は爆弾なだけでは危険なものではなく、人為的であれ自然現象であれ、発動というステップを踏むことによって危険なものになるように。だが、結局のところ志郎が真相を知ることはない。なぜなら、奈那子とそんな真相を知るための必要以上の接触をすることはもうできなかったからだ。

 奈那子とは、今後も最低限の付き合いをするしかない。

 そうなのだろうか? もっと他に手はあるのではないか? だが、どこからどう考えてもそれはハイリスクだった。なぜなら、奈那子とわかり合うことで世界が終わるかもしれない。

 ふと、自分の考えを言語化できたような気がして、志郎はもっと考える。

 奈那子は自分を嫌っている。その理由はわからない。だが、仮に理由などないとして、それならなぜ彼女は自分を拒否するのか。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

 自分の発想がよくわからなかった。

 自分はどういう結論を導き出そうとしているのだろう。

 ふう、と、志郎はため息をつく。そのタイミングを見計らったかのように総一朗は彼に声をかけた。

「考えてるねえ」

 一瞬、総一朗がいることを忘れていた。

 志郎は疲れた笑顔をした。

「まあね」

「遠藤さんのことだろ?」

「まあね」

「俺も馬が合わないやつっているからなあ。仲良くしようとすればするほど泥沼みたいなことはあるよ」

「それで、最低限の付き合い?」

「しか、なくなるよなあ。こっちとしては仲良くというか、普通に付き合いたくても、向こうにその気がないんじゃどうしようもないし」

「うん。それはそうだと思う」

 総一朗が、ギターの弦を奏でた。

「人間関係って難しいよな」

「難しいよね」

 そこで総一朗は不協和音を奏でてみた。

「Cメジャーとマイナーの、合体?」

「不協和音だって、やりようによってはいい効果出すもんだけど。遠藤さんとは……そうならないみたいだしなあ」

「そうだねえ……」

 取り止めのない会話だった。だがそれが二人には心地いい。

 また志郎は考え始めた。総一朗も黙って練習に戻る。

 自分たちがわかり合ったら、世界が終わるかもしれない––––。

 だが、仮にそうだとして。

 だからどうした、という話ではあった。

 なぜなら総一朗がいうように、というより自分自身とっくに理解できているように、どうしても合わない人間はいるもので、志郎もこの半生でそういった人物たちと何人も遭遇してきた。自分の方が相手になんとも言えない抵抗感を抱いたことももちろんある。それが何らかの具体的な理由がある場合もあったが、ほとんどは“なんか気に入らない”という理由に過ぎないのだろう、と志郎は思う。あるいはその人物たちとも奈那子と同じようにわかり合ってはいけない存在同士として生まれついたのかもしれないが、それにしても社会生活を営む以上最低限の付き合いはしなければならないのだ。

 第一義的には、それがもし今朝のように志郎が「くどい」と思われるような接触を無理やり試みたら––––確かに奈那子は、不安になる。その不安が原因で例えば彼女が病んでしまったりしたら、それは彼女にとっての世界の終わりに等しい。だから彼女は防御する。

 一般論としては、合わない人と無理をして合わせる必要はなく、仲良くなろうと積極的に努力すればするほど溝が深まる、ということはあまりに平凡な事例だ。それがもしも世界を救うために自動的にその二人がそういった相性となるように仕組まれたのだとしたら。そんな可能性は否定できない。むろん、肯定もできない。とにかく汐理が言ったように「無理なものは無理」なのだから。

 別に、世界の危機がすぐそばにあるからといって、自分の日常生活は何も変わらない。いや、むしろ、志郎が考えるようなそんな危険性が自分たちにあるのであれば、それならそれでなおさら志郎自身も奈那子と積極的に関わろうという努力などせずに済んだわけだから、つまり世界が平和になった、と言えるだろう。

 志郎は苦笑した。

 世界平和というのがどういう状態を指すのかといえば、みんなが仲良く穏やかに、というものだと思っていたが、まさか仲良く穏やかにしないでいることも世界の平和に貢献するとは、と思って、なんだか志郎のテーマは人類の未来に限界を感じるといったほどの内容に突入していた。面白くなってきたのでもっと考えてみる。

 みんなで仲良く穏やかに過ごしていけたらそれに越したことはない。だが、人間関係を営む上でそんなことは絶対にならない。人間に他人を区別し拒絶するという心がある限り。そして、それがあるからこそ人と人とは絶妙な距離感でもって付き合っていけるのだ。実際、自分と総一朗の関係だってそうだ。もし自分が総一朗の心に土足でずかずかと侵入してしまえば、きっと総一朗は志郎から離れていく。いくら強い絆があったところで、いや、強い絆があるからこそ、それが許せないはずだった。

 だからといってそれはわかり合えていないということにはならない。絶妙で、微妙な距離。それが人間同士の関係性を維持するために必要不可欠なものであり、そして最終的な原則なのだろう。わからないでいる、というわかり合い、と言ってもいいのではないか。だからもしそれが消滅して、みんなが仲良くする、という状態が本質的な形で存在したら。

 それがどんな状態なのかは志郎にはわからないし、わかることがあるとは思えない。なぜなら志郎は、人間なのだから。そう、超常現象を引き起こす能力を持つ自分も、あくまでも一人の人間に過ぎないのだ。

 なぜか千絵を思い出した。彼女も、要するに、人間なのだろう。絶大なる異能の力を持っているだけの、ただの人間––––なんだかそう思うと、自分の仮初の記憶の中の千絵にどことなく愛おしさを感じて、志郎は更に苦笑した。

「さっきから、なんかおかしいことでもあったか?」

「いや。全然。むしろ」と、志郎はピアノに向き合った。「これからも大変なんだろうなーと」

「やけっぱちになるなよー」

「ただ、合わない人がいるだけだからね。それほどのことじゃない」

 そう。志郎もこれからどんどん大人になっていく。大人になっていくにつれて、合わない人間との“合わなさ”は更に強烈な形になっていくのだろう。それは仕事を円滑に進めていく上で個人的な人間関係がそれを邪魔する、などということがあまりにも無意味だとわかっていても、それでも人は人間関係でつまずくように。

 そしてその原因は、自分次第のこともあれば相手次第のこともある。そして、それが相手次第だった場合、こちら側にできることは何もない。何もない。その相手も、明確な理由を持って嫌うというパターンはどちらかというと少なく、とにかく“なんか気に入らない”という……。

 結局、そういうことが起こった場合、なんとかうまくやっていく、しかできないのだろう。無理やり仲良くしよう、わかり合おうなどとは御法度だ。なぜなら相手にそのつもりがない以上。あるいはそれは世界の滅亡を招くことかもしれないからだ。だからどうしても無理なら折れて、例えば仕事であれば辞めていく––––あるいはそれは、世界を救うために。世界を守るために。

 はあ、と志郎はまたもため息をつく。明日からも奈那子と関わらなければならない日々は続く。卒業まで一緒にいなければならない。彼女の理不尽な態度になんとかして耐え、うまくやっていくこと––––それが大人になる上で必要な練習のような気がして、余計に志郎は気が滅入った。愚かでないと人間にはなれないんだな、と、志郎は自分の発想にまたも、苦笑した。

 気を取り直そう、と思い、志郎はピアノを弾き始めた。曲目はショパンの別れの曲。それでも、うまくやっていけたらいいのに、と、どうしてもそう考えてしまう自分は、諦めが悪い、と思いながら。

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