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第六話 ある結末・3

 どうせあの二人は山岡志郎に話をしに行ったのだろう。

 奈那子は自宅の自分の部屋で、ぼんやりと音楽室へと向かっていった蒔菜と紗耶香の後ろ姿を想起した。

 はあ、と、奈那子はため息をつく。

 自分だってわけがわからないのだ。なぜ自分はこんなに彼のことを嫌悪するのか、自分でもわからない。

 ただ、とにかく気に入らない、という感情が先にあって、そうなると彼の何もかもが気に入らなくなってくる。それもこれも別に彼自身に問題があるわけではない。

 確かに、紗耶香たちに話したように、志郎の距離感のなさは嫌だった。別にベタベタ接触してくるといったことではないのだが、どうも他の男子たちと比べて志郎のニュートラルな感じが気に食わなかった。だが、それもこれもまず嫌悪の感情が先にあるからそう思うのかどうなのかも、よくわからなかった。

 自分はなぜ彼をこんなに嫌うのだろう?

 だが、そこから先を考えることがどうも難しかった。とにかく嫌なものは嫌なのだ。嫌なもののことは考えたくない。だから考えなかった。

 だが最近になって彼から変な匂いがするようになって、それで不思議なことに奈那子はどこか客観性を得ていた。この匂いは他の友達たちは感じていないようだった。それが不思議で、だから彼のことを考えるようになったのだ。

 悪い人ではない。むしろいい人だと思う。頭もいいし成績もいい。リーダーシップも取れるし人当たりもいい。だが、それもこれも嫌だった。彼のすべてが自分にとって嫌うにふさわしい理由だった。

 それでも、自分に何か問題があるのではないだろうか、と、奈那子は考えるようになってきた。こんなに彼を嫌悪するのはなぜなのだろう? もしかしたら私の側に彼に対して負い目のようなものがあって、それで。

 ぶんぶんと頭を振った。

 考えたくない。

 嫌よ嫌よも好きのうちじゃないの?

 友達の発言に冗談じゃないと声を荒げたことを思い出した。いま思えばそれ以来友達たちは彼との関係についてものを言わなくなったように思う。それが今日になって久々に疑問を呈され、そして奈那子は考える。しかし、考えたくない。だからやめる。

 できるだけ彼と関わらないようにしたい、と、そればかり彼女は思っていた。学級委員になんてならなければよかった、と後悔しているが、しかし今年も引き受けてしまった。やはり内申書が気になる。誰もやりたがらなかった学級委員に彼が立候補し、たまたま多部と目が合った自分が選ばれただけで高校生になってまで学級委員になどなりたくなかった。ましてやあんな男と。なんで私がこんな目に。

 それなら断ればよかったのに。

 そう友達たちに言われたが、だが、なぜなのかわからないが、内申書のことが第一ではあったが、どうしても彼のことが気になり、それで三年間彼の相棒を務めることにした。

 嫌いな相手を気になってそして一緒にいる。それでは友達が志郎に恋心を抱いているのではないかと考えるのも無理はなかった。だがとにかくそうではない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()。だから仕方なく学級委員になった……。

 自分の気持ちが全くわからない。

 だが、とにかくあと一年、相棒として務めなければならない。頑張らなければならない。なぜ自分がこんな目に。あんな大嫌いなやつとなんで一緒にいなければならないのか。

 最低限の付き合いにとどめなければならない。結局奈那子の結論はいつもそれだった。必要最低限の会話は交わさないように。なのの向こうが接触してくる。嫌だ嫌だ。本当に自分は彼のことが嫌いなのだ。それがなぜなのかは自分でもよくわからなかった。だから、考えない。

 奈那子、とキッチンから母親に呼ばれ、なーに、と軽やかに返事をし、すぐさまキッチンへと向かっていった。これで考えるのはやめだ。とにかく、嫌いなものは嫌いなのだからそれでいいのだ。


「遠藤さん」

 翌日。ホームルームが終わり、志郎は奈那子に声をかけた。

「何?」

 相変わらず奈那子はつっけんどんだった。だが、志郎は諦めない。

 やっぱりこのままでいいわけがない、と、志郎はずっと考え続けていた。それはそもそも一年生のときから思っていたことだった。だが結局、深入りすることなくこんなに時間が経ってしまった。だが、これからも学級委員として付き合っていかなければならないし、話をすることで解決するならそうするべきだと思った。奈那子が自分に対して不満があることがわかった以上、志郎がやるべきことはその不満を解消してやることだった。

 あるいはそれは男としての自分の責任なのではないかと志郎は思う。

「ちょっと話があるんだけど」

「私はない」

「僕はあるんだ。遠藤さん、もうちょっと僕と普通に接してもらいたいんだよね」

「は?」

 空気がピリピリし始めた。クラスメイトたちも準備の手を止め全員が二人に注目した。

 志郎は続けた。

「僕、きのう真島さんたちと話をして、それで自分の問題点というか、改めなきゃいけないなって思うことに気づいたんだ。まだ完全に気づけたわけじゃないんだけど、とにかく遠藤さんに不愉快な思いをさせてたみたいで」

「別に」

「だから直せるなら直すし、今度から不満があったら言ってくれて構わないんだ。やっぱり、いまさらって感じではあるけど、学級委員同士だし––––」

「私、別に山岡くんのこと嫌いとかじゃないし」

 それが嘘、というより、そう言えばいいだろう、と言っているのは明らかだった。志郎はめげない。

「嫌いなら嫌いでいいんだ。別に仲良くしようって言ってるんじゃない。ただ、もっと普通に」

「だから普通にしてるでしょ。話は終わり」

 と、奈那子は廊下へと出ていった。

 志郎はあとを追いかける。

「いや、遠藤さん。僕の話を」

「しつこいな」

「パーソナルスペースを侵してたみたいで、ほんとに申し訳なくて」

「いままさに侵されてるんですけど」

「そうかもしれないけど、ちょっと話を––––」

「くどい!」

 そのとき、“異変”が始まった。

 突然のことだったのでびっくりして志郎は辺りを見渡した。だが、その異変はどう考えても目の前の奈那子が発端だった。

「山岡くん、ほんと距離近いよね! なんか犯されるんじゃないかって怖いの!」

 この異変はあまりにも危険だった。一瞬で危険な領域に突入している。このまま放っておくわけにはいかない。奈那子の感情と同期しているのは確かだった。だから彼女を冷静にしなければならない。しかし、それが自分にできるとは思えない。それなら自分が退くしかない––––。

「志郎ー、ちょっといい?」

 と、教室から総一朗が声をかけ、志郎は、あ、と、振り向いた。その隙に奈那子は逃げるように去っていった。

「……」

 異変は徐々に収まり、やがて消えた。危険は去った。

 総一朗が近づいてきて、志郎に忠告した。

「志郎さ、やっぱ遠藤さんと関わるのやめた方がいいって。いま犯されるとかすごいセリフ聞いたけど、もう無理だって。諦めようよ。世の中どうしても馬が合わないやつっているんだし、俺も––––志郎?」

 志郎が呆然としているのを見て、総一朗はこれ以上言葉を紡いでも仕方がない、と、しばらくの間沈黙したまま志郎のそばにいた。

 なんだ?

 いまさっきの異変は、明らかに危険なもので、そのまま放っておいては“よくないこと”になるのは確実だった。そうそれはまるで世界を滅亡に導くような––––。

 彼女とは、学級委員として、そしてクラスメイトとして最低限の付き合いをすること––––それが志郎には()()()()()()()()必要なことなのではないかと、まるで確信のように思えるのだった。

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