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第六話 ある結末・1

「では、今日も一日頑張りすぎないように頑張りましょう」

 ホームルームを終えて、クラスメイトたちはざわざわと授業のための移動の準備を始めた。志郎も支度しなければならない。

「山岡くん」

 と、学級委員の相棒である遠藤奈那子(えんどうななこ)が面倒臭そうに志郎に声をかけた。

 奈那子の方を向いたとたん、彼女は吐き捨てるように言った。

「おととい言われた資料のことなんだけど」

「あ。それ、もう昨日できてて。今日渡そうと思ってたんだ」

「なんで昨日渡してくれなかったの」

「え、だって遠藤さん、部活の方でトラブルが発生したとかで、なかなか時間がなかったたから」

 そもそも資料作成自体、学級委員の二人でしなければならなかったのだが、おととい奈那子は家庭の事情で早く帰らねばならず、それならと志郎が一晩で完成させたのだ。

「昨日、帰るときに渡してくれたらよかったのに」

「そうなんだけど、遠藤さんがさっと帰っちゃったから」

「そういうんじゃなくて」

「ご、ごめん」

 自分に瑕疵があるとは思えなかったが、とりあえず志郎はいつものように謝罪した。

「次からは気をつけて」

「は、はい」

「先生に早く渡さなきゃ。急いでたみたいだし」

「あ、それなら大丈夫。遠藤さんにも見てもらわなきゃいけないからって伝えたら、了解って」

 バツが悪い。苦虫を噛み砕くような表情で、奈那子は言った。

「とにかく早く見せて」

「でも、遠藤さん、いったん学園祭実行委員の話をしに、職員室に行かなきゃいけないんだよね?」

「だから昼休みに見せてくれたらいいでしょ」

「は、はい」

「ていうかなんで私の情報掴んでるの」

「だって遠藤さんがそう言った……」

「そういうんじゃなくて。もういい。じゃ」

 そう言い捨てて奈那子は去っていった。

「……」

 どうも奈那子とはそりが合わない。それは一年生の頃から、いや、初対面のときからそうだった。

 初めてクラスで顔合わせをしたときから奈那子は志郎に対してひどい拒否感を示していた。その理由がなんなのか、志郎にはまるで見当もつかなかった。よもや自分が気がつかないところで彼女に対して何かの失敗でもしたのだろうか、と思ったが、しかしどうやらそんなことはないようで、とにかく奈那子は志郎のことが気に入らないようだった。それが2年間続いた。

 千絵が植え付けた仮初の記憶は結局志郎の中だけにそのまま残り続けていたが、同時に千絵がいない状態つまり本来の記憶も同じように存在していた。最初は二重に記憶があることで志郎も戸惑っていたが、次第にそれに慣れ、いまでは夢の内容を鮮明に覚えているが日常生活に支障が生じるわけではない、といった具合で彼の中で両立できていた。そして、その本来の記憶の中の奈那子も仮初の記憶の中の奈那子も共通して志郎を嫌っていた。志郎はその理由がさっぱりわからない。

 どうして奈那子は自分をそんなに毛嫌いするのだろう? 最初は志郎もそれが不満だったがすぐにそれは単純な疑問に変わった。奈那子は自分に対してだけやたらとキツく、他の生徒たちに対しては親切な女の子のようで、だから他の生徒たちも奈那子が志郎を嫌っていることはとっくに理解していたが、彼らも奈那子の嫌悪の理由がどうしても掴めていない。謎の拒否反応なのだ。

 そんな人物と学級委員の相棒を務めてもう三年目に突入する。もしも学級委員を務めていたことが内申書に書かれることでなければ奈那子は絶対に志郎の相棒になどなりたくなかっただろう。それがはっきりとわかるほど奈那子は志郎を日々拒絶しているのだった。

 千絵の方がよかった、と、どうしても志郎は思ってしまう。自分を殺そうとした異形の人間ではあったが、志郎の記憶、もちろん偽の記憶だが、その中の千絵は志郎のよき相棒だった。もちろんただの人間の奈那子の方がよっぽどマシであることは言うまでもないのだが、どうしても千絵のことを想起してしまう。あまりいい傾向ではない、と、志郎は自分を戒めていた。

 とにかく自分も授業の準備をしなければならない。そう思って、志郎は自分の席に戻った。他の生徒たちは志郎に対して憐れみの視線を向けていて、それが志郎にとってはありがたかった。少なくともみんな志郎が悪いわけではないのだと思っているのは確かだったから。


「女の子って好きな子いじめないのよね。男と違って」

「はあ」

 放課後、汐理との授業が始まり、休憩中に志郎は奈那子の話をした。別に積極的に相談したかったわけではないのだが、汐理が何か悩みがあったら相談しろ相談しろと言い立てるので話しているだけだった。

 悩みのない人間はいないが、こう言え言えと言われると何を言ったらいいのかわからなくなる。前回汐理は志郎の相談を受けて、相談を受けるということに関して調子に乗ってしまったようだった。しかし善意で言ってくれているのもわかるので、仕方なく志郎は直近の出来事である奈那子の話をしてみたのだ。

「男って好きな子いじめちゃうのよね〜。あれはおそらく自分が誰かに好意を持ってるってバレることが恥ずいのよね。志郎先生もそうでしょ絶対」

「絶対とは」

「志郎先生ムッツリな感じするし。自分は待ちの姿勢を崩さないって感じかしら。そんな男が好かれるはずないのにね〜」

 勝手なことを言ってくれる、と志郎はこれこそ相談したいことだと思ったが、しかし表情を変えず汐理の話を聞いた。

「ま、先生のことはさておき。問題はその学級委員よね」

「はい」

「女の子は好きな男子をいじめない理論に基づくと、そいつは志郎先生のことが単純に嫌いなのよ」

 志郎はため息をついた。「そんなばっさりと」

「え、だって結局理由はわかんないんでしょ。初対面のときから拒否ってるんでしょ。じゃ、とにかく嫌だっていうのが先にあって、だからどんどん嫌になっちゃってるのよ」

 確かに的を射ている、とは思ったが、それでは相談をした意味がない。志郎は続けた。

「僕はその子と、仲良くというか、普通に付き合っていきたいんですよね」

「そりゃ無理っしょ。向こうにその気ないっぽいんだもん」

「それでは業務に支障が出るんです。––––いや」と、そこで志郎は正直に言った。「僕が大変なんです」

「いいね素直で」

「支障が出ているのが困るのももちろんですが」

「そうよね〜」

 と言って汐理はペンをくるくると回し始めた。しばらくの沈黙。

「いや、なんか言ってくださいよ」と、志郎が沈黙を破ると、汐理はどうでもよさそうに言った。

「合わないもんは合わないのよ。無理っていうなとかじゃなくて無理なものは無理なのよ。世の中そういうこともある」

「それはそうなんですが––––」

「ただ、あたしから言えるアドバイスとしては」

 志郎は身を乗り出した。「はい」

 汐理は、はっきりと答えた。

「諦めが肝心」

 何の役にも立たない、と、志郎は大切な生徒に思うことではないとわかってはいたが、どうしてもそう思わずにはいられなかった。


「う〜ん。遠藤さんね〜。ま、今さらって感じだけど」

 と、昼休み、中庭で食事を取りながら志郎は総一朗に相談に乗ってもらっていた。普段だったらかつて相談したことだから再び同じ相談をするのも気が引けたが、さすがに昨日の汐理の身も蓋もないアドバイスでは志郎に焦燥感が芽生えるのも無理はなかった。

 相変わらずかわいいばかりの弁当箱を人目に触れないように気をつけながら、総一朗はのんびりと食事を取る。

「総ちゃんも興味ないっぽいね」

 と、志郎はため息をついた。

「いや、興味がないっていうんじゃなくて、これは解決できなさそうだしな〜と」

「うーん……そうかなあ」

「遠藤さん、志郎のことが嫌いっていうの、みんなわかってるしな。最初の頃は遠藤さん周りの女子も頑張ってたけどいまじゃ諦めちゃったみたいだし」

「諦めないでほしかった」

「でも、とりつく島もないって、こういうことをいうんだろ」

「ちゃんと勉強してるね」

「うるせえ。だからさあ、これじゃ何のアドバイスにもならないけど、あんまり気にするなよ」

「ほんとに何のアドバイスにもならないね」と、志郎は不恰好なサンドイッチを一口齧った。「気にしないことができないから相談してるわけで」

「でも、俺的にはマジでそれしか言えないよ。せめてなんで嫌われてるのかわかりゃいいんだけど、理由なんかなさそうだしな〜。とにかくなんかムカつくっていうのが先にあって、そしたらどんどんムカついて、ってことだろ」

「それ生徒さんにも言われたけど、理不尽だよ。僕は何にもしてないのに」

「う〜ん、同情するよ……」

 と、二人でため息をついた。

「なになにー?」

 と、そこに蒔菜と紗耶香がやってきたので、条件反射的に総一朗は弁当箱に蓋をした。

「そんな隠さなくても。かわいいお弁当じゃないの」

「うるせえ」

 顔を真っ赤にした総一朗だったが、この二人には弁当の中身がどんな様子かは中学生のときにとっくにバレている。というより、いまや総一朗の弁当箱の様相は公然の事実だった。それがわかっていてもそれでも見られたくないのが総一朗だった。

「どうしたの? なんか二人してため息ついて」と、蒔菜が志郎の顔を覗き込んだ。「世界の終わりでも近いの?」

「いや、そこまで」

「遠藤さんの話」

 総一朗のその一言で二人は完全に納得いったようだった。

「遠藤ちゃんね〜。なんで山岡くんを毛嫌いするのかー、って話でしょ」

「うん……やっぱりわかる?」

 紗耶香もため息をついた。「もう周りみんな諦めてるからね。殴り合いの喧嘩とか口論になってるわけじゃないから先生も放っといてるし。そりゃそうよね、小学生じゃないんだから、その程度じゃねえ」

「真島さんたちとは仲良しだよね」

「仲いいっていうか、まあ普通に付き合ってるかな。あたしらは別に友達ってほどでもないけど」

 ね、と、紗耶香は蒔菜の方を向いた。

「うん。特に友達とか思ってない。用があったら済ませてるだけ」

「そんな言い方ってないでしょ」

「別にいい子だけどね」

「いい子だと思ってるとは思えない……」そこで、ふと疑問に思って紗耶香は志郎に訊ねた。「でもいまさら遠藤ちゃんの相談事をするとは」

 志郎は答えた。

「昨日、家庭教師先の生徒さんに相談したら、役に立たないアドバイスしかもらえなかったから、とにかく僕も落ち着かなくて」

 役に立たない、というところについ力が入ってしまったが、そんな自分を志郎は無視した。

「なんて言われたの?」

「諦めが肝心って」

「うん、あたしもそう思う」

「そんな……」

「よかったらわたしたち遠藤ちゃんと話してみようか?」

 唐突な蒔菜の提案に三人は、え、と、驚き、そして紗耶香が止めに入った。

「いやあ〜、それはやめといた方が」

「さりげなく聞けばいいんだよ。さりげな〜く」

「そういうことじゃなくて、遠藤ちゃん、遠藤ちゃんねえ……山岡くんの話自体を聞きたくなさそうじゃん?」

「世の中、自分にとって心地のいいだけの話が聞こえるわけではないのだよ?」

「かっこいいこと言ってるみたいだけどあたしが言いたいのはそういうことじゃなくて」

「ちょっと待っててね。遠藤ちゃんたぶん図書室にいると思うからちょっと行ってくるよ。ほら紗耶香も!」

「え、あたしも!?」

「乗り掛かった船でしょ。沈没しても二人の愛は永遠だよ」

「え、ちょっ、待っ……ええ〜?」

 だが、紗耶香は蒔菜に腕を引っ張られ、どんどん校舎へと連れていかれることしかできなかった。

「行ってらっしゃーい」

 と、総一朗は手を振り、そして弁当箱を開いた。

「大丈夫かな」

 志郎の心配をよそに、総一朗は言った。

「ま、なるようになるだろ」

「う〜ん……」

 しかし、総一朗の言葉通りだった。どうやらいまはあの二人の反応を待つしかないようだった。

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