最終話 ブルーにこんがらがって・3
貴代美の授業。
貴代美は志郎の作ってきた小テストを全問正解し、志郎にさすがだねと言われにっこりと微笑む。
「やっぱり若いから頭が柔らかいのですね」
「君は素直だからね」
「あら。頭が柔らかいとは言ってくださらないんですね」
くすくす笑う貴代美につられ、志郎も笑う。
「若いから頭が柔らかい、だから吸収しやすい、って考え方にはちょっと懐疑的なんだ」
「興味深いお話ですわね」と、貴代美は“お嬢様モード”に入った。「もうちょっと具体的に」
うん、と志郎は応える。
「頭が柔らかいというより、単純に世間知らずだから世の中のルールやしきたりといったものに染めやすいんだね」
ちょっと驚き、しかしふむふむと貴代美は志郎の話に耳を傾けた。
「だから世の中の理不尽さというものをそんなに深く考えないで飲み込んで、受け入れてしまう。受け入れることができてしまう。これがちょっと成長して世の中が理不尽なものであるということを“理解”してしまうとそうはいかない。理不尽である、ということがそもそもおかしなことであるってことを理解してしまうと、世の中的に使いづらいんだよ」
「だから企業は新卒優先なのですわね」と、貴代美は納得した。「会社の色に染めやすいから」
「長年続けてきた慣習だとなにがまずいのかわかりづらいってなるからね。それを指摘してくる人たちが“悪”みたいに思うわけだ。余計なことをするやつらだって」
「そういう慣習とか習慣とかって、永久に変わらないものなのかしら?」
「いや。世の中には流れがある。いまこの世の中はいまある流れが流れているけど、状況が変わればそれ自体が変わる」
「それは、流れに流される、ということ?」
「そうだね。そこから逃れることはできない。もちろん“ちょっと待てよ”と立ち止まって考えることは大切なんだけど、しかし流れというものが止められない以上いつまでも“そこ”にとどまることはできない」
「でも、その流れがもしも邪悪な流れだとしたら、やっぱり立ち止まる必要があるのではないかしら」
「だから単純に力比べになるんだ」
「力比べ?」
うん、と志郎はうなずく。
「つまり、流れを作り出す者同士が戦って、より強い方が勝ち、流れを流すことになる」
「その戦いっていうのが、戦争とか議論とか、そういうものなわけですわね」
「そうだね。そして道徳的に善だからって勝利するとは限らない」
「双方が同じぐらいのパワーを持っていた場合どうなるのでしょう」
「大衆の賛同を得られるかどうかで決まる。したがって、より頭を使った方が勝つ」
「ああ、それなら」
と、貴代美は“安心”した。
「先生が勝利しそうですわね。先生は大変頭がよろしいから」
「僕は、頭は悪いよ。成績がいいとは自負しているけれど」
「ええ。だからこそ賢いのですわ」
ふふ、と志郎は笑った。
「自己批判にためらいがさほどない、というのはあるかもしれない」
「自己批判?」
「自分はもしかしたら間違っているんじゃないか、自分の考え方は正しくないんじゃないか、と、いつも内省できる余裕を持っていたいと思う」
「じゃあ––––大変ですわね」
「だから––––」
そこで志郎はちょっと考えあぐねいた。
「いつも思うことなんだけどね。“もしかしたら自分は間違っているんじゃないか”っていう視点や発想はいつだって大切なんだけど、でも自分のことを容易に疑える人って、精神を病みがちなんだね。だから精神衛生上健康的に生きていくためには“自分は絶対に正しい“っていうある種のおぞましさが絶対に必要なんだよ」
ふう、と、貴代美はため息をつく。
「うまくいきませんわね。つまり先生もいろいろなことに病んでいらっしゃるのですね」
そこで志郎は笑った。
「だからこそ、健康第一」
「よく納得できましたわ」
翔の授業。
「––––君の言う“使えない人間”であっても穏やかに楽しく生活していく権利はある。生産性のない無能な人間であっても穏やかに楽しく生きていける社会が正常な社会で健康的な社会だ」
ふむ、と、翔は口元に手をやる。
「相変わらずお優しいですね」
いま、志郎と翔は“社会における生産性”の議論をしていた。翔としては生産性のない者を生産性のある者たちと同じように平等に扱う必要はないという考え方であった。それは翔にとって非合理的であり非論理的である、というのが主張の根幹のようだった。
志郎は言う。
「僕はできるだけ包摂の立場に立っていたい」
「じゃあ、例えば、誰かが先生を殴ったり、先生の大切な人を殺したりしても、受け入れちゃうんですか。罪を憎んで人を憎まず的に?」“達観”しているつもりの翔はにやりと笑う。「包摂っていうとそういう人も包摂しなきゃまずいですよね?」
「多様性は多様性を毀損するものを認めないし、寛容は寛容を破壊するものを認めない。ただそれだけのことだよ」
む、と、翔は口ごもる。
だが翔は続ける。
「先生はいつも多様な生き方が大切って言いますけど、じゃ先生は、それを嫌だと思う人を否認しちゃうんですか」
志郎は少し見当がついた。おそらくいま、翔は志郎を論破することが目的であり、このやり取りによって新しいなにかを獲得したいとは考えていない。あくまでも自分の考えは正しいのだということを、相手を沈黙させることによって証明したいのだ、と。
翔は非常に論理的思考に長けていて、社会というものに強烈な関心を持っている。だがその割にはその社会にどうなってほしいとかこうなってほしいといった具体的な将来のヴィジョンを持っているわけではない。自分の意見を持たないのであればその議論は未来を見据えているものではない。客観的事実を淡々と述べているだけで、翔は“いま、ここ”しか見えていない。
志郎はふと思う。前々から推測していたことだが、翔の真意は議論をすることよりも、どちらかといえば自分の話を聞いてもらいたいというところにあるのではないか。
ならば、この子の話を聞きたい。
自分はこの子のためになにができるのだろう、と、志郎はしばし考え、やがて、うん、と、うなずいた。
「そうかもしれない。もしかしたら僕の考えが間違っているのかもしれないし、君の言うように言葉通りの意味で全てを全て受け入れることこそが正しいのかもしれない。それこそ、世界が多様であるというのなら」
「はい」
「誰が誰を殺しても許容される社会が正しいのかもしれない。君が僕を殺しても、あるいな僕が君を殺してもそんなことは関係なくのんびりと生きていける世の中、こそが正しい、という可能性はもちろんある」
やや逡巡したが、翔は怯まない。
「そうですよね」
「だから常に考え続けなければならない。どうするのがいいのか、どうすれば一番いい感じにまとまるのかをね」
「考えて、そのあとは?」
「一番いい感じにまとまるといいな、と思うよ」
そこで翔は再びにやりと笑う。
「もしもそのまとまり方が、先生にとって都合が悪かったらどうするんですか」
迷うことなく志郎は答えた。
「そのときのことはそのときになってみないとわからない」
「それで合理的にいけますかね?」
「ときどき理屈に合わないことをするのが人間なのよ」
と、下手くそなウインクを投げかけた志郎に、翔は軽く呆気に取られた。
「ちなみにドラえもんでした」
「……」
「君も、それでいいんだよ」
志郎は微笑んだ。
翔がかわいかった。
やや沈黙が走り、やがて翔は、口を開く。
「先生って、本当に––––」
呆れたように言った。
「真面目ですね」
志郎は、笑う。
「真面目にコツコツ、が一番だよ––––」




