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最終話 ブルーにこんがらがって・4

 そして篠沢高校の卒業式がやってきた。

 卒業の日を迎え、志郎は感慨深かった。

 密度の濃い一年間だったと思う。

 この一年でいろいろなことを勉強できたと思う。

 まるで二十年分を過ごしてきたかのような一年間だった。それほど志郎にとって意味のある一年間であり、高校三年生の日々だった。

 それもこれも“世界の危機”と戦ってきたことによるのだろう––––と思う。何度も何度も世界を救ってきて––––そして自分の精神に真剣に向き合ってきた。精神の病に、誠実に向き合うことができた。

 ふと、志郎は、荒療治、という言葉が頭に浮かんだ。

 千絵が、自分に世界を破壊する力を与えたこと。そして、自分が世界の終わりを防いできたこと。

 千絵の目的はなんなのだろう。

 自分の“治療”をしにやってきたのだろうか?

 ––––その可能性も、あるのかもしれないと、志郎は思った。千絵がなにを考えているのかまるでわからない以上、“自分のために現れてくれた”という可能性はゼロではない。

 なぜそんな風に思うのか、わからない。

 自分で自分のことを受け入れる、ということが始まったからだろうか。なんとなく志郎はそんな風に思う。

 ––––だが、やはり油断はできない。彼女は自分を殺すかもしれないのだから。

 そしてそうなったとき、自分は戦わなければならない。

 ––––なんのために?

 それは世界を救うため、ということと、どこか関連しているような気が志郎にはした。

 なぜそんな風に思うのか、わからない。

 結局、この一年で千絵の謎を解くことはできなかった。両親と関わりがあるということしかわからなかった。咲になにをしたのか、なんの用があって厚嗣の前に現れたのか……なにもわからないままだった。

 これから大学生になって、時間的余裕ができたら、それを解明することができるのだろうか、と思う一方で、しかし手がかり自体をどのように見つけていったらいいのかわからない。

 壇上の普賢を見て、思う。もうこの学校の校長と生徒として普賢と関わることはないわけだから、これまでより密接に彼と関われるかもしれない。そうして、二人で千絵の謎を解明する、という展開になるといいのだが、と思う。

 手がかりはどこにあるのか。

 どうすれば鍵を見つけることができるのか。

 この一年間で志郎がやったことといえば、夏休みにN町へ行ったぐらいで、それ以外にはできることがなかった。

 しかし、と思う。

 あるいは、世界の危機と立ち向かうこと自体が、手がかりなのだろうか––––と。

 わからないことだらけだ。

 わからないことしかない。

 いまは、春から、次の四月から始まる自分の新生活の中に、この謎を解明するという目的を組み込むことができたらいいと思う。

 そう、思う––––。


「総ちゃん……すごい泣くね」

 教室に戻り、多部がやってくるまでの間、志郎たちは泣きじゃくる総一朗を宥めるのに必死だった。

「だ、だってさあ。も、もう卒業なんだぜ。もう篠沢とさよならなんだぜ……」

「幼稚園のときからの伝統なのかしらん」と、こちらはやや泣きそうになっていたところ総一朗の姿に涙がすっかり引いてしまった蒔菜が冗談めかして言った。「昔から感受性が豊かだよね〜織部くん。中学のときもすごかった」

「うう……うう……」

 ひたすら肩を震わせ、大粒の涙を流し続ける総一朗にりつきはなんだか呆れたように笑った。

「お前はそのままのお前で音楽をやればいいよ」

「う、うん……専門も受かったしさ。音楽やりまくるよ。音楽に注ぎ込みまくるよ」

「そうだな。そうしな」

「うん……うん……でもさ」と、総一朗は机に突っ伏した。「もう、この教室でみんなと会うことないんだぜ。そんなの、哀しいじゃんか。切ないじゃんか」

「ダメだこりゃ」と、紗耶香は“オー・ノー”のポーズを取った。「もう泣きやむまで泣かせるのが一番よくない?」

「まあ泣いてて困ることはないんだけどね」と、志郎は笑う。「注目を集めまくっていることは気になるけど」

 クラス中のみんながくすくす笑いながら総一朗を眺めている。笑ってはいるが、同時に彼らも総一朗につられてどんどん切ない気分になっていた。それは卒業式の真っ只中の体育館の中でもそうだった。みんな総一朗の影響を受け、もうこの学校とはさよならなんだな、もう高校生じゃないんだな、ということを強く感じていた。

「ま、とにかく」と、蒔菜。「多部先生ともこれでお別れだね〜」

 うわ〜ん、と、総一朗は大声を出した。

「なになに!」と、紗耶香はびっくりした。

「多部先生はいい先生だったなあ……」

「ダメだこりゃ」と紗耶香は繰り返し、苦笑した。「これあんたミュージシャンに向いてるよ絶対」

「そう思うか?」

「思う思う。だから思う存分泣きな」

「うわ〜ん」

 しかしこういった総一朗の姿に志郎が幸福感を覚えるのも本当だった。総一朗は小さいころから感受性が豊かで、笑ったり泣いたり怒ったりと忙しかった。年齢を重ねるごとにその感情の噴出も穏やかにはなっている。そして志郎は総一朗が“きちんと怒れる”人間であるということが羨ましかった。

 自分にできないことができる幼馴染みの大親友のことが、志郎は本当に好きだった。

 その昔からの友達とも、今日でお別れである。いや、別に関係性が途切れてしまうわけではない。ただ、自分はおそらく大学に合格しているだろうし、総一朗は音響専門学校に進学する。幼稚園からずっと一緒だった二人の初めての別れだった。やはり志郎にも感慨深い気持ちはある。もう総一朗と一緒に通学することはないんだな、と思うと、やはり、切なかった。

 総一朗の肩をぽんぽんと叩きながら、志郎は総一朗の言葉たちにうんうんとひたすらうなずき続ける。

「志郎、ちょっといいか?」

 そんなことをしている中、決意したようにりつきが志郎に声をかけた。

「どうかした?」

「あとでちょっと話があるんだ」

「話?」

「今日じゃなくていいんだ。でも、必ず話したい」

「いま話せばいいじゃん」と、総一朗は泣き腫らした顔でりつきに目をやった。「まだ先生来てないし。うう、先生……先生……」

「りつき」

 と、志郎はりつきに声をかけた。

「りつきが話したいときに」

「ありがとう」

「––––なんだか、思い詰めているようだけど」

「––––ああ」と、りつきは深くうなずく。「とにかく––––オレがお前に話があるということだけ気にしてくれていたらありがたい」

「わかった」

「……オレにそのことを追及してほしい」

 志郎はりつきの様子に訝しんだが、少なくともいまはその追及のタイミングでは全くないということだけは把握した。ただ、りつきにとって、そう言っておかなければ、そう約束をしなければ、自分が志郎に話をすることがないと思ったかのようだった。

 それはまるで、それを“怖れて”いるかのように、志郎には見えた。

「なんだよぉ……気になるじゃん、卒業の日の真っ最中にそんな意味ありげな……ああ、もう卒業だぁ」

 おいおいと泣きじゃくる総一朗の肩を再び優しく叩きながら、ふと窓の外を眺めた。

「……」

 驚愕することはなかった。あるいはこれがシナリオ通りであることを予期していたからなのかもしれない。

 まだ満開になど咲いていない三月の桜の木の下で、千絵が天使のような微笑みを浮かべながら自分に手を振っていた。

「なにか外にある?」

 と、自分の見ているのと同じ方向に目をやりながらそう訊ねる蒔菜に、志郎は答える。

「桜は四月だなって」

「だね〜。桜は入学式シーズン」

 視線を元に戻すと、既に千絵はいなかった。

「……」

 志郎は再び総一朗たちとの輪の中に戻った。だが、心は窓の外、桜の木の下にあった。

 志郎は、思う。

 ––––そう、今日で高校を卒業するが––––。

 世界も物語も、まだまだ続くのだ、ということを。


<第一部・完>

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