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第三話 蒼春・4

 まるで魔法だ、と、正面玄関へと走りながら志郎はぼんやりと思った。

 千絵が出たり消えたり、まるで物語の都合上意図的に計算されたアニメーションのようだった。ある画像とは無関係の画像がそのままスクリーンに流されているかのように、千絵の出現と消滅は瞬時だった。そして、志郎が彼女を切断したとき明らかに手応えがあったのに千絵は瞬時に蘇った。いや、蘇った、という表現が的確なのかどうかわからない。それは本質的に連続性がないかのようだった。

 自分の能力を分析したとき、志郎はそれをあくまでも科学的に説明できるものだと思っている。ところが千絵の力はそんなものを遥かに超越しているように思えた。あるいは科学が圧倒的に進歩すれば千絵の力も説明することが可能になるときが来るのだろうか。いや、科学の側に立っている志郎であってもとてもそうは思えなかった。千絵は我々の次元とは全く異なるところに存在している。自分の力は辛うじて彼女に影響を与えることは可能なようだったが、何の意味もないように思えた。彼女は志郎を殺そうと思えば一瞬で殺せる。だが、そうしない。それはなぜだろう。そもそもあんな異次元の力を持った存在がなぜ自分を襲うのか。客観的には同じように不思議な力を持っていても自分と千絵とではその性質はまるで違う。なぜ彼女は自分を襲うのか––––考えれば考えるほどそれはわからなかった。

 だが、志郎は、彼女に勝たなければならない。彼女を倒さなければならない。そのためにいま、彼は正面玄関へと向かう。志郎の計画の遂行のためにはそうすることが必要だった。志郎の計画、それは自分が走り続けることで千絵を油断させることだった。

「やあ。なかなか走ったねパート二」

 正面玄関を出ると想像通り千絵がそこにいた。確かに手応えはあったのに、しかし彼女は無傷だった。あれだけ切り裂いたというのにセーラー服にも何の異変も生じていない。

「山岡くん、体育は苦手でしょ? それなのに頑張るね」

「自分の力なりに走っただけだよ」軽く呼吸を荒くしながら志郎は言った。「それに運動不足だと自覚してたしね」

「真面目だね。でも、どうしてわざわざまた外に出たの? 別に校舎内で決着をつけてもよかったのに」

「いやあ、それは」

 と言ったのち、志郎は光の刀でその辺の空間を薙ぎ払った。

「僕に、外で何か目的があると思ってもらった方がよくて」

 瞬間、千絵の背後にあった一本の桜の大木がまるで触手のように枝を伸ばし千絵を束縛した。

「えっ」

 千絵は心から驚いていた。計画通りだ、と、志郎は思った。

「別に校舎の壁でこうしてもよかったんだけど、走ってるからには様子を見ようと思うだろ? だから結界も張らずに外へ向かった」

「––––なるほど、油断したな」

「わざわざ外に出る必要なんてないのに外に出たのは––––」そこで志郎は、ポケットから先っぽのないスプーンの柄を取り出した。それはきらきらと透明度の高い黒い光を放っていた。「その時間を使って、君の力を盗もうと思って」

「……ふむふむ。ちょっと待ってね。要するに、私が様子を見ている間に私の力をコピーしたってことか」

 千絵は木から脱出しようとしていた。身体を動かそうとしている。しかし、その度に桜の木は彼女の身体に食い込み続け、千絵が動けば動くほど桜の鎖は千絵を束縛した。

 志郎は説明を続けた。

「さっき、家庭科室で君を攻撃したのは、君を倒すためじゃなくて、君の力の分析をするにあたって君に直接触れる必要があったからだ。このスプーンは接続端子。いま、僕は君の力と同じ力を擬似的に使える。どうして擬似的かっていうと、やっぱりそっくりそのままコピーすることはできないからね。だけど、そこに僕の力と組み合わせることはできる。そう、君に辛うじて影響を与えることができる、という僕の力とね」

 千絵は感嘆した。

「すごいな山岡くん。お互いのいいとこ取りをしてるわけだね」

「君には一生そこにいてもらう。君に死の概念があるのかどうかわからないけど、君は君の鎖で永遠にその桜の木に縛り付けられるんだ。動けば動くほど飲み込まれるよ。もっともどうにもならないんだけどね」

「ふむふむ。じゃ、私はここでゲームオーバーなわけだ」

 志郎は意識を集中させ光の刀を消した。ボールペンをポケットにしまう。

「じゃあ、僕はこれで」

「元の世界にも戻れるの? ほんとすごいなあ」

 志郎は唇の両端を持ち上げた。

「基本、引きこもりだからね。我が家が一番。じゃあ、さようなら––––」

 そこで志郎は両手を叩いた。それが自分なりの精神的スイッチのつもりだった。


 ––––次の瞬間、志郎は同じ場所にいた。だが先ほどまでとは違い周囲に喧騒が溢れ、サッカー部では相変わらず試合をしている。なかなか白熱しているようで、誰も志郎が突然現れたことに気づかなかった。

「僥倖だな……誰もいないところで動けばよかった」うっかり元の世界には人々がいることを忘れていた志郎は強く強く反省した。「まあ、結果オーライ、か」

 やはり自分に殺人はできない、と、志郎は思った。

 むろん、さっき志郎自身が言ったように、千絵に死の概念があるのかどうかはわからない。千絵を真っ二つにしてもズタズタにしても彼女は平気だった。だが、千絵の力と自分の力を組み合わせることによって真の意味で彼女を抹殺することはできたと思う。だが、できなかった。やはり自分に、たとえやらなければやられるといった絶体絶命の状況下であっても人を殺すなどという大仕事はできない、と、志郎は思う。これは自分自身の甘さなのかもしれない。さっき、千絵の身体を真っ二つにしたとき、志郎は自分自身で言葉にできない絶望感を覚えた。千絵が復活したのは志郎の精神衛生上ある意味幸運だったといえる。人を殺す、ということがどういうことか、いまも志郎にはわからない。死は不可逆だ。それは全てが元通りになることは決してない、ということだ。人間の生命を自分の手で終わらせることは、志郎にはとてもできなかった。

 とにかく目的自体は達成した。いまも彼女は志郎の目の前にある桜の大木とは異なる次元の桜の大木に束縛されたままそこにいる。彼女に異能の力がある限り彼女はそこから逃れることはできない。

 結果的には殺してやった方がよかったのかもしれないが、それでも志郎は自分の世界を守ることが圧倒的優先順位第一位だった。やれることをやれるだけやって、その中でなんとかうまくやっていくこと。なんとかそれを達成することができた以上、もう千絵とは無関係だ。志郎の全センサーが危機は去ったということを彼に伝えていた。

 辺りを見渡すと、蒔菜と紗耶香が財布を探し続けている真っ最中だった。ポケットに手をやるとちゃんと紗耶香の財布はそこにあった。志郎は腕時計を見る。音楽室を出てから時計を確認していないが、そんなに時間は経っていないようだった。つまり千絵と戦い続けていた時間は経過していない。しかし、もしかしたらこの現実世界で、何分間か何秒間かだけ自分は消失していたかもしれない。もしそうなら、やはり無から有は生まれず、超現実的現象も基本的な数学的法則から逃れることはできないのではないだろうか、と、なんとなく志郎は思った。

「まあ、もっともさっきから何分経ってるのかはわからないんだけど」

「二分間の冒険にしておいたよ」

「な⁉︎」

 ぎょっとして後ろを振り返るとそこににこにこ笑っている千絵がいた。何の不思議も問題もない、といった様子で、彼女は人差し指で志郎の額を軽く叩いた。そして志郎はその場にへたり込んだ。

「な、な……」

 驚愕。混乱。そして––––絶望。

 “彼女”は、にっこりと微笑んだ。

「私は、昼下がりの魔女だから」

 そして猫騙しをする。

 目の前が真っ暗になった。

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