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第二話 邂逅の日・5

 月曜日、学校が始まった。全体的に緊張の雰囲気が漂っていたが、それでも主に教師陣が平静を保とうと必死にしていた。学校中、例の事件の話題でもちきりとなり、噂が噂を呼び“昼下がりの魔女が女子生徒を真っ二つにした”以外およそ話は原型を留めていなかった。志郎はあまりこの話題に参加しなかった。混乱している生徒、特にクラスメイトのことは気になったが、さすがに全員を納得させることは志郎にはできない。紗耶香をなんとか冷静にできただけでも万々歳だろう、と、思うことにしていた。

 朝の全校集会で生徒たちが体育館に集められ、全員で一分間の黙祷ののち副校長がこれまでの経緯とこれからの対応について全校生徒に話を始めた。警察の捜査は始まっているが手がかりがなくまだまだ犯人は捕まっていない。マスコミの突撃も予想されるので自分の知らないことは話さないようにと力強く説明した。何も話すな、というより非常に冷静だ、と、志郎は少し感心した。

 今日も立川校長は休みだった。家庭の事情と合わせて本人の体調不良だそうで、教師陣に連絡は入っているそうだ。さすがに始業式の日からずっと休んでいるので、校長の人柄を知っている二年生、三年生は心配していた。しかしできることがあるわけでもない。今は副校長のおそらく明日から再び出勤するだろう、という言葉を信じるしかなかった。

 それでも校内では警察官が捜査を続け、体育館の倉庫周辺には赤いコーンがいくつも立ち並んでおり、生徒たちは気が気ではなかった。一部のオカルト好き陰謀論好きの生徒にとって今回の事件はただのおもちゃになりかけていたが、それでもパトカーや警察官の存在は自分たちの意識を現実に引き戻すには充分だった。大多数の生徒は死者を悼み、そして今度は自分や自分の友人たちが被害に遭うのではないかと心配していた。形は違えどそれぞれがそれぞれに今回の事件のことを自分なりに捉えていた。

 志郎は思う。全てが自分の力になる、というのはそのこと自体は確かにその通りだが、だからといって殺人事件が発生してよかったなどとは決してならないのである。それでもそうやってまとめながら日々を過ごしていくしかないのだが、と、考えはしたが、しかし志郎は今回の件を自分の中でどのようにまとめていけばいいのか、よくわからなかった。それはおそらく総一朗や蒔菜も、みんなもそうなのであろう。今はただ、死者を悼み、事件の解明を待つほかなかった。

 緊張の雰囲気は漂っていたが、それでも一日の授業は滞りなく行われた。志郎も朝から自分で選んだ授業を次々に受けていった。そして、今日の日が終わる。

 放課後、音楽室で志郎はひとりピアノを弾いていた。

「……」

 部活動は禁止されていなかった。生徒たちの自主性に任せる、ということだったが、それでもあまり遅くまで学校に残らないように、との通達は受けていた。志郎は音楽室に入ってから立て続けにピアノを弾いていた。やっぱりグランドピアノはいい、と、志郎は思う。自分の経済事情とアパートの住宅事情では夢のまた夢だが、とも思った。

 ガラッ、と、扉が開いた。志郎は目をやる。そこに千絵がいた。

 二人は微笑み合って、千絵が志郎のもとへと近寄る。しばらくして志郎が演奏を終えると千絵が軽く拍手した。

「相変わらずうまいね、山岡くん」

「ありがとう」

「なんて曲?」

「リストの、村の居酒屋での踊り、という曲です」

「かっこよかったよ」

 志郎は照れた。「ありがとう」

 ふと千絵が室内を見渡した。

「今日は一人?」

「うん。総ちゃん、サッカー部に駆り出されちゃって。うちにはこんなすごいのがいるんだぞ、って見せつけるんだって」

「なるほど。織部くんスポーツ万能だもんね。それでいっぱいお金稼ぐわけだ」と、千絵は笑った。「それで、彼を待ってるの?」

「いや、それぞれのペースで過ごすことになってるよ。だからもうそろそろ帰ろうかなと思ってて。だいぶ弾いたし」

「そんなに弾けるなら音大に行けばいいのに」

「う〜ん、先生方からはそっちの道も勧めてはもらえてるんだけど」志郎は天井を見上げ、やがて決意したように言った。「でも、やっぱり医者になりたいんだ」

「すごいね。今から将来のこと考えてて」

「宮嶋さんは? 将来の夢とか、将来どうするかとか」

「うん、そうだな」と、千絵は少し考えて、やがて言った。「いつも、今は今のことを考えることにしてる。人生は何があるかわからないし、物事はなるようにしかならないし、そのときのことはそのときになってみないとわからないし」

「ケ・セラ・セラって感じだね」

「褒めてるのかな?」

 千絵はくすくす笑った。

 志郎は窓を見た。もう日が沈み始めている。

「さて、それではそろそろ帰ろうかな」

「じゃ、途中まで一緒に行く?」

「うん。じゃ、行こう」

 そして二人は音楽室を出て行った。ほとんど無言で二人は玄関まで歩いて行った。当然、仲が悪いからではなく単に話題がないからだ。用があれば話すし、なければ話さない。そこが総一朗とちょっと違うところだった。総一朗とはあまり会話が途切れることがないが、千絵との沈黙はなぜか心地よい。それほど友人と言えるほどの関係性ではないと志郎は考えていたが、それでも千絵と一緒にいるとどこか落ち着く。相性がいいのだろう、と、思っていた。しかし、ちゃんと友達になるのもいいかもしれない、といつも思うのだが、どういうわけだか志郎はそこまで彼女に踏み込む気はないのだった。蒔菜や紗耶香と千絵の何が違うのだろう、と、志郎はいつも思う。確かに中学時代から一緒だったあの二人とは過ごした時間が違うが、それでも二年も一緒にいてなおかつ学級委員のコンビを務めていたのに、なぜ千絵と彼女たちのような関係性になろうとしないのか、志郎は自分でも自分の発想がよくわからなかった。恋ではないと思う。総一朗に相談したとき、そう言われたが、そういう感覚ではないのだ。とにかく、仲はいいし相性もいいが、踏み込みはしない。しかし人間関係は多種多様なものだし、そういう知り合いがいても何もおかしなことはないのだろうな、と、そういうふうに志郎は自分を納得させていた。

 玄関で靴を履き替え、外に出ると、その蒔菜と紗耶香が地面の上を見渡しながらうろうろしていた。気になるので当然志郎は声をかける。

「どうしたの?」

「あ、山岡くん。そして千絵ちゃん」と、蒔菜は顔を上げた。「紗耶香がお財布落としちゃって。探してるの」

「ない。ないよう……」紗耶香は泣きそうになっていた。「ないと困るのに……」

「この辺に落としたの?」

「さっきまであったはずなんだけど、外に出るまではあったと思う。サッカー部見てて、気がついたらなくなってたの。どうしよう。二万も入ってるし、免許証も入ってるのに……」

「二万は大きいね」

「あげないよ!」

 ピシッと言った紗耶香に志郎は笑った。

「泥棒なんかしないよ〜」

「どうかな、金の亡者だし」

「だから貯金が好きなだけなんだって」そこで志郎もしゃがみ込んで辺りを見渡した。「僕も手伝うよ」

「え、いいの?」紗耶香の顔がぱあっと明るくなる。「マジ?」

「いいよ。今日はバイトないし、家に帰っても勉強するだけだから」

「勉強するだけって……」

「とにかく探そう」

「私も手伝うよ」と、千絵がにっこり笑った。「私はたぶん勉強するだけじゃないけどね」

「ありがと〜! 絶対なんかお礼するから〜!」

「ではでは四人の力を合わせて紗耶香のお財布を探しましょう〜」と、蒔菜はなんだか楽しそうだった。「見つかったら一割ね」

「冗談でしょ⁉︎」

「もちろん」

「もう!」

 そして四人は財布の捜索を始めた。辺りはもうだいぶ暗くなりかけていた。しかし、本当にこの辺りに落ちているのであれば志郎の残留思念感応能力で発見するのは容易のはずだった。ただ、さすがに四人いる中で能力を発動させるわけにはいかない。なんとか一人にならなければ、と、志郎は思った。

「じゃ、四人で分かれよう。僕はこの辺を探すから、みんなもそれぞれに」

「そんなに遠くにまでは行ってないよ」と、紗耶香。「玄関から、サッカー部の観戦、あの辺までだし」

「うん、だから玄関からあの辺までをそれぞれに。四人が密集してても仕方ないからね」

「OK。じゃ、そのように」

 そして四人は分かれた。

 サイコメトリーを発動させた。しかしなかなか見つからない。この辺ではないのだろうか、と、志郎は訝しんだ。草むらの陰とか花壇の中とかだろうか、と、志郎は意識の触手を伸ばした。この辺ではないのだろうか。

「山岡くん」

 背後からいきなり声をかけられ、志郎はびっくりした。

「なんだ、飯沢さん」

「なんかありがとね。一緒に探してくれて。千絵ちゃんもだけど」

「いやあ、見つかれば一番いいし」蒔菜に一緒にいられると能力が使いにくいのだが、と、志郎は思ったが、それでも話しかけられた以上無視するわけにはいかない。「どうしたの? なんか見つけた?」

「ううん、そうじゃないんだけど」と、蒔菜は志郎の横にしゃがみ込んだ。「どうして探してくれるんだろって思って」

「宮嶋さんだって付き合ってくれてるよ」

「そりゃあこの状況で帰るわけにはいかないでしょ。ある意味強制参加だと思うよ」それはともかく、と、蒔菜は話を続けた。「山岡くん、紗耶香とはそんなガッツリ友達ってわけでもないのにな、と思って。別に帰っちゃってもなんの問題もないのになんでだろって。割といつものことだけど」

 おや、と、志郎は思った。今日は随分踏み込んでくるな、と、志郎は蒔菜を見つめた。確かに昔からちょっと変わった子だが、今日は何か志郎に言いたいことがあるようだった。志郎は黙って話を聞くことにした。

「あの」と、蒔菜は言った。「こないだは、ありがとう」

「何が?」

「事件のあと、紗耶香のこと落ち着かせてくれたでしょ?」

「ああ」と、志郎は納得した。その話がしたかったのか、と、理解した。「そのこと。ううん。真島さんだいぶパニクってたから、ちょっと落ち着いてもらおうと思って。飯沢さんも心配してたっぽいし」

「そうなの。友達だからね」

「小学校からだっけ?」

「そうそう。わたしのストッパー」ふふ、と蒔菜は笑った。「ま、細かい話は追い追い」

「なんとなくそういう二人なんだろうなーっていうのは見ててわかるよ」

「わたしがぼんやりしてるみたいだから。自分ではいつも頭の中フル回転だからなかなか心外なんだけどね」

「いろいろ考えてるんだ」

「あ、酷い。馬鹿にしてる?」

「いや、そんな」

「だから例えば、どうして山岡くんは紗耶香の財布をわたしたちと一緒に探してくれているのであろう、というさっきの話に戻るんだけどね。いや、単純にありがとうって話ではあるんだけどね。なんか……」

 蒔菜は言い淀んだ。

「? なんか?」

「なんか、そうだな。うん。ここまで踏み込むつもりもなかったんだけど、でも話を始めてしまった以上仕方がない」言葉を選びながら蒔菜は話し始めた。「わたしたち、山岡くんの罪悪感を刺激してるような。みたいな」

「え、どういうこと?」何を言われているのかさっぱりわからない。

「う〜ん……うまく言えないんだけど」

 少し考え、蒔菜はゆっくり言った。

「山岡くん、頭いいじゃない」

「成績がいいとは自負してるけど」

「そういう自分がなんとなくコンプレックス、みたいな」

「うん、まあ。それはあるよ。もうちょっとはっちゃけられたらなあって」

「真面目にやっちゃうんだよね」

「そうだね。別に自己嫌悪まではいかないけど」

「だから、困ってる人を見ると、助けてあげないと自分が悪者に思えるみたいな」

「––––」

 蒔菜は静かに続けた。

「例えば、確かに山岡くん、今日は暇だからってことで手伝ってくれてるけど、それにしても他の人より許容範囲はずっと広いんだろうなって思うの。ちょっと用事があったとしてもやっぱり手伝ってくれてたんだろうなって」

「……」

「世の中、困ってる人を見ると放っておけない人っていっぱいいるけど、たぶんほとんどの人たちは山岡くんみたいな感じ方はしてないんじゃないかと思うの。罪悪感みたいなの感じるぐらいならやめちゃうんじゃないかなーみたいな気がする」

「……」

「真面目なのはいいけど、真面目すぎるっていうのは問題なんだろうなって」

「過ぎたるはなお及ばざるがごとし?」

「真面目“すぎる”のは異常っぽいかも」

「––––」

「で、とにかく、山岡くんは、そういう真面目すぎる自分に、な〜んかもやっとするのかな〜と」

「ああ、そうだね。それはそうかもしれない」志郎は認めた。「真面目な自分が嫌いなわけじゃないんだけど。だけどやっぱり、もうちょっとはっちゃけられないかなっていつも思うからね」

「わたしが思うに、山岡くんは……」

 ここまで言っていいのだろうか、と思いはしたが、しかし、言ってしまおう、と蒔菜は決意した。

「“他人のことなんかどうなったって構わない”って発想が、他の人に比べて薄いのかもね」

「––––」

「矛盾してるようだけど、もうちょっと周りの人のこと頼った方がいいと思うよ」

「矛盾してるようだけど」

「でも、なんとなくそう思うの」

 グラウンドから歓声が上がった。

「あ、織部くんがシュート決めたみたい」と、蒔菜はパチパチと拍手した。「織部くんにも」

「総ちゃんには頼ってばっかりだよ」

「そうなんだろうな、とは、思うんだけどね」そこで蒔菜は立ち上がった。「ごめんね、踏み込んだ話しちゃって。なんかお説教してるみたいでごめんね」

「いや、そんなことないよ。貴重なお話ありがとう」

「ただとにかく、こないだはほんとにありがとう。紗耶香のこと落ち着かせてくれて。わたし一人じゃどうにもならなかったから、どうしてもお礼言いたかったの」

「とんでもない。落ち着けたなら何よりだよ」

「じゃ、そろそろお財布捜索に戻りましょうか」

「そうだね。早く見つかるといい––––」

 空気が変わった。

 “異変”が始まった。

「? どうしたの?」

 志郎は立ち上がり辺りを見渡す。“あれ”がいる––––どこだ、どこにいる。志郎は自分の全センサーを一気に活動させた。

「あ」と、蒔菜は夜空を見上げた。「今日はきれいな三日月さま」

 そのとき背後から二人のもとに“それ”がやってきた。志郎は蒔菜が目を離した一瞬の隙を狙って“それ”に赤い光を放った。ぼとり、と、“それ”は落下した。

「ん? なんの踊り?」

「いや。虫がいて」

 志郎は蒔菜に怪しまれないように、ゆっくりと“それ”に近寄る。

 ––––先日と同じ、翼の生えた黒猫がそこにいた。しかし、志郎がそう認識した瞬間、その黒猫は一瞬で消滅した。が……。

「……」

 消滅の直前、志郎ははっきりと見た。

 猫の左前足に巻かれた白い包帯を。

「うーんそれにしてもほんとに見つかるのかなあ。なんか自信なくなってきちゃった。お巡りさんについでに頼むのって駄目かなあ」

「飯沢さん」

「はい。なんでしょう」

「僕、ちょっとトイレに」

「行ってらっしゃーい」

 志郎は校舎に駆け出した。

「そんなに漏れそうだったのかな」


 玄関で上履きに履き替え、志郎は必死に全意識を集中させた。“彼女”は、いまどこにいる? ––––屋上。志郎のセンサーがそう告げていた。志郎は自らの直感に従いどんどん階段を上っていく。校舎内にはまだ生徒がちらほらいた。無視するわけにはいかない。しかし、進まないわけにはいかない。できるだけ気にされないように気を遣いながら、それでも志郎は必死で階段を登り、屋上まで向かった。

 屋上への扉は閉ざされていた。しかし志郎は念動力であっさりと鍵を開く。そして、志郎は篠沢高校の屋上に初めて足を踏み入れた。そして、そこに一人の女子生徒がいた。

「……」

 “彼女”は夜空に浮かぶ三日月を眺めていた。“彼女”を翼の生えた黒猫が3匹飛び交いながら取り囲んでいる。

 “彼女”は、静かに微笑んだ。

「やあ、山岡くん。なんだか久しぶりな感じだね。さっきまで一緒だったけど」

 そこにいたのは––––。

「宮嶋さん……」

 宮嶋千絵が、そこにいた。校舎の屋上で、彼女は三日月の微かな光を浴びながら、ただ穏やかな微笑みを浮かべてそこに立っていた。

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