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冒険者は塔に挑む  作者: 結城 からく


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第9話 塔に長居してはいけない

 あなたは満身創痍の錬金術師だ。

 塔の正体を暴くのが目的で、何年も前から地道に上を目指している。

 ただし極限状態の連続で心身を摩耗し、己の名前すら忘れかけていた。

 現在の階層すら把握しておらず、生き抜くことに執心している。


 あなたは脱出のタイミングを失っていた。

 魔法陣で塔を出ると、また一階からやり直しになる。

 ここまで来た努力が無くなるのだ。

 それが惜しくて脱出という選択肢を取れず、あなたは黙々と攻略を続けていた。


 塔の最上階に何があるのか知りたい。

 知識欲に富んだあなたが抱いた根源的な疑問である。

 冒険者の塔はそもそも何階まであるのか不明で、誰も辿り着いたことがないとされていた。

 記録上の最高階層は二百階だそうだが、真偽のところは怪しい。

 吟遊詩人が吹聴しているだけの御伽噺だというのが一般的な見解だった。

 あなた自身もそう考えている。


 元は学者だったあなたは、大勢の護衛を連れて塔に挑んだ。

 頼もしい護衛達はとっくの昔に死んでいる。

 悪辣な塔に負けて一人ずつ息絶えたのであった。


 あなたは彼らとの会話を憶えていない。

 精神を病んだあなたは、他者と意思疎通を図れる状態ではなかった。

 我に返ったのは数日前のことだ。

 そして数日後にはまた発狂し、人間らしい思考ができなくなる。

 あなたは理性と狂気の狭間を彷徨っていた。


 一人で生き残るため、あなたは肉体に錬金術を施している。

 それは禁忌に該当する行為だが、背に腹は代えられなかったのだ。

 魔物の死骸を使って己を強化したあなたは、心身だけでなく外見も異形と化している。

 それが記憶の欠落の一因となっていた。


 あなたは階段で休息を取る。

 血染めの肉体でゆっくりと呼吸を繰り返した。

 魔物との戦いで負った傷が塞がり始める。

 自然治癒の高速化はほぼ必須の能力だった。

 戦いに不慣れなあなたは、負傷を覚悟で魔物と対峙しなければならない。

 攻撃を避ける技術ではなく、負傷しても耐えられるように変貌したのは当然の結果であった。


 十分な休息を得たあなたは次の階層へと上がる。

 宮殿のような内装の部屋には、夥しい量の妖精がいた。

 妖精は邪悪な笑みを浮かべて飛び回る。

 少なく見積もっても数万匹はいるようだった。

 そんな妖精の大群が、牙を剥いてあなたに襲いかかる。


 悲鳴を上げたあなたは頭を抱えて丸くなった。

 妖精が容赦なく噛み付いてくる。

 牙が皮膚に食い込も、それ以上は進まない。

 ほんの僅かに血が滲むだけだ。

 ゴムのような質感の皮膚は、鋼鉄をも齧り取る妖精の牙をものともしなかった。


 密集する妖精に恐怖を覚えたあなたは叫ぶ。

 至近距離での咆哮が、噛み付く妖精を木端微塵にした。

 さらにあなたは両腕を振り回す。

 直撃した妖精が一瞬で肉片に変わった。

 風圧だけで身体が捩れて死ぬ個体もいる。


 あなたはまたもや叫ぶ。

 今度は口から炎が噴射された。

 高熱が妖精達を炙って次々と抹殺していく。

 炎には禍々しい魔力が込められていた。

 それが気化して室内に充満し、逃げていた妖精も平等に仕留める。


 あなたの心が落ち着いた時、妖精は全滅していた。

 床を埋め尽くすように死骸が散乱している。

 いずれも苦痛を訴える顔で絶命していた。


 あなたは床に倒れ込むと、一心不乱に妖精の死骸を食べ始めた。

 両手で次々と鷲掴みにして口に放り込む。

 ごりごりと丈夫な歯で噛み潰すと、味わうことなく嚥下した。


 塔で暮らすあなたにとって、魔物の死骸は貴重な栄養分だ。

 幾度となく飢餓を経験したあなたは、どんな時でも魔物を喰らうようになった。

 当初は味の悪さで吐いたり病気になることもあったが、現在はそういった問題も起きない。


 錬金術で慢性的に肉体を変異させてきたあなたは、魔物を喰らうだけでその特性を得られるようになった。

 今回の妖精からは、魔術的な耐性と暗所での視力を手に入れた。

 どちらも以前から持っている特性だったので、さらに強化された形となった。

 妖精の死骸から血を啜るあなたは、死が遠ざかったことで安堵する。


 あなたは既に人間を超越していた。

 しかし、自覚はしていない。

 未だ自分が無力な錬金術師だと思い込んでいる。

 いや、思い込むことで精神の安寧を保とうとしているのかもしれない。

 あなたの理性は、自分が人間であることを最後の砦としていた。


 妖精を殲滅したあなたのそばには、脱出用の魔法陣がある。

 あなたは落ち窪んだ目でじっと凝視する。

 爬虫類を彷彿とさせる瞳が収縮を繰り返していた。


 あなたは迷った末に魔法陣をスルーし、近くの階段を選んだ。

 そして階段の途中で眠りにつく。

 夢の中のあなたは、自宅で研究に没頭していた。


 またもや脱出を選べなかった。

 もう少しで塔の頂上かもしれない。

 その考えが魔法陣を踏ませないのだ。


 二百八十階をクリアしたあなたは、その事実も知らず安らかに眠る。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今話の「あなた」を他の挑戦者が目撃したら、SAN値直葬(1d10/1d100)。
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