第8話 塔で死んではならない
あなたは気まぐれな拳術家だ。
塔を訪れた目的はこれと言って無い。
たまたま暇だったので、時間を潰しに来ただけだった。
挑戦する冒険者の中でも特に動機が軽かった。
しかし、あなたの実力は高い。
独学と他所の武術を融合させた技能は、唯一無二の破壊力を有する。
武器を持たないスタイルながらも、魔物を相手に不利を強いられることはなかった。
あなたは欠伸をしながら一階に踏み込む。
待っていたのはゴブリンだった。
定番とも言える魔物である。
棍棒で殴りかかってきたゴブリンに対し、あなたは正拳突きを放った。
その一撃が棍棒を割り砕き、そのままゴブリンの顔面を潰す。
千切れ飛んだ首が天井にへばりついてしまった。
あなたは報酬の宝箱から小銭だけを掴み取って階段を上がる。
二階はホブゴブリンだった。
いきなり上位種なので、冒険者の間では外れの部類である。
あなたは特に気にした風もなく正拳突きを繰り出す。
反応できなかったホブゴブリンの胸が陥没し、口から内臓が噴き出した。
あなたは宝箱から林檎を取り、それを齧って三階へと向かう。
次に待っていたのはトロールだった。
悪臭を漂わせながら脂肪を揺らず巨漢である。
だらしない肥満体型だが、その力は人間の数倍は下らない。
痛みに鈍い特性もあるため、接近されて袋叩きにされる冒険者が後を絶たなかった。
あなたは鼻歌交じりに歩み寄ると、掴もうとしてきたトロールの腕を弾く。
そして、無防備な脇腹にハイキックを見舞った。
乾いた破裂音が鳴り響き、トロールがぴたりと硬直した。
トロールは声を上げず、白目を剥いてうつ伏せに倒れる。
それきり立ち上がることはなかった。
あなたのハイキックがトロールの心臓を速やかに停止させたのだ。
衝撃を正確に届かせなければ不可能な芸当である。
それをあなたは片手間に成功させた。
三階でトロールが登場するなど、冒険者からすれば悪夢に近い状況だ。
本来なら連続でゴブリンが出てきてもおかしくないような階層で、直前にはホブゴブリンも登場している。
もし他の冒険者が同じ目に遭っていれば、己の不運を恨んでいることだろう。
初心者パーティなら全滅しても不思議ではない。
ところが、あなたは飄々としていた。
気にしていることと言えば、トロールの唾液が付いた靴くらいだろうか。
近くに落ちていた布で嫌そうに拭いている。
あなたは一流の体術を会得していた。
多大なる才能をそれなりの努力で昇華させたのだ。
そしてまだ成長段階であり、戦うたびに強くなっている。
無理のないペースだからこそ、挫折を味わうことなく順当に進化していた。
あなたは一撃必殺を信条としている。
最も効率的で見栄えが良いからだ。
強さに執着しないあなただが、それについてはこだわりがあった。
だからここまでも一撃で魔物を倒している。
その後もあなたは難なく塔を攻略していった。
どんな魔物も一撃で沈める。
こだわりを貫くだけの実力を備えているのだ。
圧倒的な破壊力の前では、並の魔物など相手にならなかった。
あなたは三十階に辿り着く。
待ち受けていたのは、人間の戦士だった。
金属鎧と片手剣で武装しており、既に臨戦態勢に入っている。
兜の隙間から覗く目は殺意でぎらついていた。
その戦士は、塔に魂を囚われていた。
かつて塔に挑み、道半ばで魔物に敗北した者の末路である。
すべての冒険者が囚われるわけではないが、一部はこうして塔の魔物として現れるのだ。
戦士は雄叫びを上げてあなたに斬りかかる。
あなたは両腕で的確に防御した。
或いは手の甲で弾くか受け流す。
魔力で皮膚をコーティングすることで高い防刃性を獲得しているのだ。
さらには防御の瞬間のみの発動に留めることで、消費魔力を限界まで抑えている。
常人には再現不可能な離れ業を、あなたは息を吐くようにやってのけた。
しばらく防戦を続けたあなたは、不意に反撃を繰り出す。
突き出された手が戦士の首をへし折った。
戦士は何が起きたかも分からずに倒れて絶命する。
あなたは塔に囚われた者に興味があった。
何か特殊な力があるのではないかと期待して、あえて防戦を演じていたのだ。
しかし、特に人間と変わらないと悟って瞬殺した。
あなたは死体を漁る。
やはり目に付くような変化はない。
本当にただの死体だった。
刹那、あなたはここで自殺したらどうなるのか考える。
もし塔に魂を囚われたら、新たな番人として冒険者と戦うことになるのか。
それも楽しそうだと思ったが、結局あなたは実行しなかった。
あなたは腹が減ったので魔法陣を踏み、塔の三十階から脱出した。




