第7話 塔は望みを与えない
あなたは無気力な放浪者だ。
明け方頃、ふらふらと身体を揺らして塔の中へと入る。
目的は自殺であった。
将来に希望を見い出せず、早く人生を終わらせてしまいたい。
そしてどうせなら、なるべく壮絶な死に方を味わいたい。
いくつかの希望を考慮した結果、魔物に殺されて苦しむのが一番だったので、あなたは冒険者の塔に赴いたのだった。
果たしてどんな魔物が待ち受けているのか。
ささやかな期待を抱くあなただったが、すぐに怪訝な表情になる。
板張りの小さな部屋に魔物の姿はなかった。
宝箱と階段は既に出現しており、それ以外に目を引く点はない。
おかしい、とあなたは首を傾げる。
冒険者の塔とはもっと危険な代物ではないか。
新人が問答無用で殺されるような環境という評判だったのに。
何も起こらない部屋に立つあなたは、やがて納得する。
これは罠だ。
塔に入ったばかりの冒険者を騙すための洗礼である。
きっと宝箱は魔物が化けているのだ。
そういう種族がいると聞いたことがあった。
擬態が得意な魔物は、油断を誘って襲いかかってくる。
欲深い冒険者には特に効果的だろう。
死にたがりなあなたは、意気揚々と宝箱の前へと出向く。
正体を露わにした魔物に齧り殺される光景を想像して、頭を差し出しながら蓋を開いた。
しかし、その瞬間が訪れることはなかった。
宝箱には少しばかりの穀物と小銭が入っている。
擬態した魔物ではなく、ごく普通の宝箱だった。
あなたは当たりの部屋を引き当てた。
戦いを経ずに報酬だけを貰って二階へ上がることができる。
それを理解したあなたは落胆した。
良い死に方ができると思った矢先に、思わぬ失敗をしてしまった。
まさか魔物が出てこないとは予想外である。
一般的な冒険者なら喜ぶが、あなたにとっては不運な出来事だった。
とは言え、チャンスはまだある。
この塔は危険に満ち溢れており、毎日のように冒険者が犠牲となっていた。
途中で脱出しない限り、いつかは死ぬことができる。
一階で魔物が出てこなかったとしても、二階以降は違うはずだ。
むしろさらに凄惨な死を迎えられるかもしれない。
前向きに考え直したあなたは、軽い足取りで二階へと向かう。
二階は酒場のような造りの部屋だった。
木製のテーブルと樽状の椅子が点々と設置されている。
椅子には誰も座っておらず、棚には手付かずの酒が放置されていた。
魔物はどこにもいない。
カウンター部分にぽつんと宝箱が鎮座し、部屋の奥には階段が続いている。
あなたは顔を険しくさせた。
塔の中に無人の酒場なんてあるとは思わなかったのだ。
幻などではなく、しっかりと存在している。
今度こそ罠ではないか。
宝箱に近付いたり、椅子に座った途端に発動するのだ。
あなたは自分が死ぬ妄想をしながら宝箱を開く。
燻製された肉と魚が入っていた。
毒入りを期待して一口食べる。
味が濃いが美味い。
棚の酒と合いそうだ。
あなたは晩酌を始めた。
死ぬ前に良い食事を経験しておくのは悪くないと思ったのだ。
罠の可能性を疑ったが、やなり何も起きなかった。
ほろ酔いになったあなたは、燻製肉を咀嚼しながら歩く。
そのまま酒瓶を片手に三階へと移動する。
酔ったまま魔物に殺される展開を望んだものの、階段の先には無人の部屋が続いていた。
あなたは宝箱を開いて、中から上等なローブを取り出して着る。
肌寒さが消えて、心地よい暖かさに包まれた。
ローブは魔術的な機能を搭載していたようだ。
快適な装いとなったあなたは階段を上がる。
四階も五階も六階も……いつまで経ってもあなたが魔物と遭遇することはなかった。
それどころか居心地の良い部屋ばかりが待ち構えている。
あなたは困惑した。
なぜこのような待遇を受けるのか。
ここは過酷な塔ではないのか。
あなたは不本意に心身を癒されながらも、やはり死のために先に進む。
自殺の意志は薄れない。
むしろ強固な目的意識となって肉体を衝き動かした。
あなたは焦ることをやめて、各階のもてなしを堪能してゆっくりと塔を上がる。
必ずどこかで死んでやる。
仄暗い想いが胸の内を巡っていた。
現在は七十階。
心を折ろうとする塔に対し、階段を上がることで抵抗を示す。
あなたの結末は誰も知らない。




