第6話 塔は誰の味方もしない
あなたは手枷の付いた罪人だ。
悪徳貴族の所有物であり、半ば強制的に塔へ挑むことになった。
十階まで生存して脱出できたら無罪放免らしいが、あまり信用していない。
今回の挑戦は貴族の道楽であり、罪人のあなたの命に価値はないからだ。
約束は守られるのだと期待するほど損をする。
あなたは自らの生還を放棄していた。
罪人はあなたの他にも招集されていた。
総勢二十五人の集団だ。
この大所帯で塔を十階まで攻略していくのである。
誰もがみすぼらしい服を着て、手枷で自由を制限されていた。
足枷がないのがせめてもの情けだろう。
貴族の部下に押しやられるようにして、罪人集団は塔へと踏み込む。
そこからは地獄の始まりだった。
大して広くもない部屋で魔物との殺し合いが発生するのだ。
必然的に密着状態となり、位置の悪い者から死んでいく。
罪人達は、とにかく殴るけるの暴行で魔物を倒した。
手枷が付いていても、人数に任せれば意外となんとかなってしまうのだ。
そうしていがみ合いながらも、あなた達は上階へと進む。
生き残った罪人は道中で得た物を武器にする。
特に腕っ節の強い者は報酬の剣や盾を所持していた。
手枷を外せた者も少なくない。
人数が減ったことで動きやすくなりつつあった。
おかげで仲間同士の争いも頻度が減っている。
無罪放免の人数が決まっていないので、自然と協力する流れができていた。
あなたは瓦礫を鈍器にしている。
手枷はまだ付いたままだ。
他の罪人に心を許さず、なるべく危険を冒さない形で進んでいた。
おかげで未だに負傷していない。
戦闘と言えば、瀕死の魔物に瓦礫を打ち付けるくらいだった。
腕の疲労を除けば健康そのものである。
幾度もの波乱を経つつも、罪人達は問題の十階に辿り着く。
十階の魔物はホブゴブリンだった。
ゴブリンの上位種で、大柄な体躯と筋肉を持つ。
さらに今回は武装も施していた。
魔術の施された強化鎧を着込んでおり、兜で顔まで覆っている。
手にはそれぞれ赤い剣と青い剣を握っていた。
どちらも何らかの魔術的な属性が宿り、ホブゴブリンの剛腕で振るえば十分すぎる脅威になり得る。
罪人の中で受け止められる者は皆無だろう。
強いて言えば、ここまでの報酬の武具を手にしている者くらいか。
どちらにしても簡単に倒せる魔物でないのは確かだった。
あなたはホブゴブリンの威圧感に押されて後ずさる。
瓦礫で殴ったところで効かないのは分かり切っていた。
だから邪魔にならない場所で待っていようと考えたのだ。
ところがあなたは背中を突き飛ばされた。
他の罪人にやられたのだ。
前のめりになってよろめいたあなたは、無防備な姿をホブゴブリンに晒す。
ホブゴブリンが左右の剣を振り回す。
あなたは床を転がって全力で回避するも、背中を赤い剣で切り付けられた。
焼けるような痛みが襲ってくる。
いや、実際に焼けていた。
赤い剣には火属性が付与されていた。
高温で傷口が焼き固められたので出血は微量で済んだが、激しい苦痛は治まらない。
あなたが転がって痛みに喘いでいると、その間に他の罪人達が戦闘を開始した。
ホブゴブリンとの死闘は苛烈を極めた。
一人ひとりの力は劣っているが、集団で仕掛けることで対抗する。
完全武装したホブゴブリンは包囲されて何度も殴られていた。
常に誰かに背中を見せる形となり、気が散って攻防の綻びが生まれている。
状況を覆すほどの機転や知能までは持ち合わせていないようだ。
罪人達は手持ちの武器を駆使した上で、仲間を盾に攻撃を重ねていく。
あなたは背中の傷が痛むせいで立てなかった。
途中から参戦する気力もなかったので、倒れて死体のふりをする。
生き残ることに執着しているわけではないが、率先して死ぬほど愚かでもなかった。
だから目を閉じて事態の収束を待つ。
ほどなくして戦いは決した。
部屋の中央には、ホブゴブリンの死体が赤い剣が首に刺さって炎を上げている。
炎はやがて死体全体を燃やし尽くすだろう。
ホブゴブリンの周りには五人の罪人が立っている。
この戦闘を生き延びた猛者だ。
他の罪人はあなたを除いて死んでいた。
死体のそばに宝箱があった。
階段と脱出用の魔法陣も出現している。
五人はすぐには行動せず、しばらく話し合う。
あなたは話を盗み聞きする。
彼らは今後について心配していた。
このまま塔の外に脱出しても、貴族に殺されるだけだと予想している。
いっそ上の階層を目指すのはどうか、と一人が提案する。
武装を揃えて帰還すれば、貴族にも勝てるのではないかという考えだった。
反対する者はいなかった。
退路のない塔は、進むか脱出するかの二択しかない。
貴族に無抵抗に殺されるより、塔で装備を整える方が生き残れるだろう。
話のまとまった五人は、武装を整えてから階段で先へと進んでいった。
残されたあなたは、手枷が付いたまま起き上がる。
やはり背中が痛むがそれどころではない。
ここからは傍観者ではいられなかった。
己の判断で行動しなければならない。
あなたは低く唸りながら室内を漁る。
武器は立ち去った五人が持っていったが、運よく小さなナイフだけが見つかった。
それで手枷が切れるか試してみる。
半日以上はかかりそうなのであなたは断念した。
あなたは室内を見回して今後の行動を考える。
今から五人を追ったところで、大した意味はないだろう。
精々、戦闘で囮に使われるだけだ。
次こそ本当に死んでしまう。
あなたにできることは限られていた。
暫しの思案の末、あなたは魔法陣を踏む。
気が付くと塔の外にいた。
無事に脱出できたのだ。
前方では貴族とその部下が拍手をしていた。
あなたは唯一の生還者となった。
小馬鹿にされながら称賛されて、塔での出来事について訊かれる。
あなたは黙秘を貫いた。
語ることなどない。
貴族の好奇心を満たすことさえ不快だったのだ。
それよりあなたは気になることがあった。
質問責めの貴族の背後に注目する。
手枷を付けた罪人の集団が控えていた。
視線に気付いた貴族が面白そうに説明する。
彼はあなたを新たな罪人と共に再び塔へ送り込むつもりらしい。
無罪放免の件はどうなったのか尋ねると、貴族はわざとらしくとぼけた。
やはり約束を守るつもりなどなかったのだ。
事情を把握したあなたは微笑む。
そして、持ち帰ったナイフで貴族の腹を刺す。
怒りを込めて滅多刺しにすると、仕上げに喉を切り払った。
噴き上がった血があなたの顔と服を濡らす。
笑うあなたは、貴族の部下に引き剥がされた。
怒鳴られて殴られるも、大して痛まない。
ホブゴブリンに斬られた背中の方が十倍は痛かった。
焼き固まった傷がじりじりと存在を主張する。
倒れた貴族は虫の息だった。
腹の傷に加えて、喉の裂傷を塞ぐ術がない。
もう助からないだろう。
誰もが呆然とする中、待機する罪人が歓喜して暴れ出した。
今が好機だと思ったらしい。
戸惑う貴族の部下に掴みかかって暴力を振るい始める。
辺りは騒然として収拾がつかなくなっていた。
あなたはどさくさに紛れて逃亡する。
痛む背中を庇いつつ、早足で近くの森へ飛び込んだ。
これからどうするのか。
それよりもまずは背中を治療して、水をたらふく飲みたい。
ささやかな願いを抱きつつ、森の奥地へと消える。
あなたは塔の十階から脱出し、かけがえのない自由を手に入れた。




