第10話 塔を楽しんではならない
あなたは好奇心旺盛な魔術師だ。
新しく開発した道具の性能を試すために塔を訪れた。
氷魔術で魔物を蹴散らすあなたは、気楽な心構えで進む。
塔には何度も挑戦しており、特に緊張しないのだ。
一方で用心深さはあるので油断はしない。
仕掛けられた罠を事前に察知し、負傷することなく上の階層を目指す。
あなたはハイペースな攻略で五十五階まで難なく到達した。
他の冒険者が知れば仰天するような偉業だろう。
しかし、あなたにとっては大した記録ではなかった。
魔術の検証を兼ねて塔に潜ることが多く、五十階くらいは何度も到達しているのだ。
あなたはその功績を周りに吹聴することはない。
他者の評価など興味がないのだ。
陰では怠惰な魔術師と揶揄されているが、それも気にしていない。
自分のやりたいことができれば、あとはどうでもよかった。
あなたの自己評価は低い。
実際、その判断は間違っていなかった。
魔術師としての才能は人並み程度で、あなたより高い潜在能力を持つ者は多い。
単独で塔に挑める高い実力は工夫を凝らした結果に過ぎず、知恵と発想を抜きにすると非常に脆い。
あなたに英雄の素質はないのだ。
しかし、それであなたが腐ることはない。
才能だけがすべてではないと知っているからだ。
あなたは手持ちのカードを活かすことで、実力以上の成果をたぐり寄せられる。
机上の空論ではなく、行動に起こして証明してきた。
そんなあなたの手には黒い水晶が握られている。
半年前の塔の探索で獲得した報酬の一つだ。
入念な解析で封じられた魔術を暴き、そこからあなたの手で改造した代物である。
水晶は扱いやすい道具に仕立て上げられていた。
今回の塔への挑戦は、その性能を試すのが目的だった。
あなたは階段を上がって次の階層に踏み込む。
待っていたのは燃える大蛇だ。
炎が室内の温度を以上に高めており、その場にいるだけで苦痛を覚えそうな環境である。
大蛇はあなたの姿を認めると、口を開けて接近してきた。
そのまま丸呑みにしようと襲いかかってくる。
あなたは涼しい笑みで氷魔術を行使した。
自身を覆うように分厚い氷の壁を形成し、喰らい付こうとする大蛇を遮る。
赤熱する牙が氷の壁に刺さって溶かすものの、あなたに届くまでにはかなりの猶予があるだろう。
大蛇は苛立たしげに突進を繰り返す。
氷の壁はびくともしない。
魔物の攻撃に合わせて耐久性を調整してあるのだ。
理論上、複数の大蛇がぶつかっても割れない設計となっている。
あなたは微笑を湛えて黒い水晶を掲げた。
禍々しい魔力が解き放たれて、氷の壁を抜けて大蛇に降りかかる。
大蛇は身を強張らせて暴れ始めた。
その動きがだんだんと遅くなっていく。
大蛇は次第に小さくなり、やがて手のひらほどのサイズになってしまった。
もはや大蛇と呼べない有様だ。
氷の壁を解除したあなたは、おもむろに蛇を踏み付ける。
蛇はあっけなく潰れて死んだ。
その身に纏わり付いていた魔力が黒い水晶へと戻る。
あなたは満足そうに頷く。
黒い水晶には、時間操作の魔術が込められていた。
対象の積み重ねた時間を奪ったり、蓄積させた時間を押し付けることができる。
今回は大蛇が生きてきた年月を吸い出すことで、幼体にまで逆行させたのだ。
強大な力を持つ魔物も、生まれたての状態では本領を発揮できない。
あなたは嬉々として宝箱を開ける。
中には数種類の魔術道具が収められていた。
報酬としては当たりの部類だろう。
これらを改造すれば、また新たに道具を作ることができる。
あなたは大喜びして報酬を手に入れると、休憩せずに次の階層へと向かう。
その後、あなたはボスクラスの魔物を六体ほど倒すと、七十階の魔法陣を踏んだ。
あなたは人知れず多大なる戦果を挙げて、さらなる研究のために自宅の工房へと舞い戻った。




