第11話 塔は裏切らない
あなたは冷酷な騎士だ。
かつて塔の中で命を落とし、以降は魂を囚われて番人を担っている。
普段、あなたの意識は闇に沈んでいる。
然るべき時にのみ呼び出されて塔に顕現するのだ。
誰が呼ばれているかは定かではない。
疑問に思うことはあれど、あなたは深く考えようとしなかった。
塔の謎に興味はなく、騎士として仕える存在がいるだけで十分なのだから。
あなたの意識が浮上し始める。
気が付くと石造りの狭い部屋にいた。
ほどなくして、階段から冒険者が上がってくる。
新人だろうか。
まだ十代半ばであろう少女で、真新しい鎧と剣を握っている。
少女はぎょっとした顔であなたを見つめていた。
塔の中で立ちはだかる人間は、大抵が元冒険者である。
場合によっては魔物よりも手強い相手であるのは共通認識だった。
少女がそのような反応になるのも仕方ないと言える。
あなたは無言で剣を引き抜く。
きっと勝負にすらならない。
それを理解しながらも、手加減をするつもりはなかった。
塔に魂を囚われた者は、本能的に全力を出すようになっているのだ。
あなたは一太刀で仕留めるために構える。
そして、予想外の光景に愕然とした。
少女は素早い動きで部屋を駆け抜けると、壁に隠された紐を引いて階段を出現させたのだ。
そのまま信じ難い速度で次の階層へと消える。
あなたは呆気に取られた。
まさかここまで迅速に逃げられるとは思わなかったのである。
部屋の仕掛けを瞬時に理解して階段を見つけられたのは、きっと天性の技能だろう。
あなたは知る由もなかったが、少女はここまでもなるべく戦闘を避けて攻略してきた。
臆病な少女は、唯一無二の生存術を身に付けていたのだ。
まんまと逃げられたあなたは剣を鞘に戻す。
役目を終えたことで意識が再び闇に沈み始めた。
消化不良ではあるが、少女を追うことはできない。
階層を跨ぐ移動は許されていないのだ。
次の出番までは眠るしかなかった。
それからどれほどの時間が経ったのだろうか。
あなたは木製の広々とした部屋に降臨した。
入り口に立つのは件の少女だった。
以前よりも大人びて装備も変わっており、そこから数年の経過が窺える。
あなたは剣を抜く前に疾走し、少女との間合いを一気に詰める。
前回は行動を起こす前に逃げられてしまった。
その反省から速攻を選んだのだ。
あなたは抜刀術で先手を打つ。
淀みない一撃が少女に迫るも、寸前で躱されて空を切った。
逃げに徹する少女は、優れた動体視力で斬撃の軌道を読んだのである。
数年の歳月は、少女の技能をさらに飛躍させていた。
少女はあなたのそばを走り抜けると、即座に部屋の仕掛けを解いて逃げ去る。
あなたは追撃を試みるも、少女を間合いに捉えることができなかった。
階段を上がる足音を聞いて、あなたは剣を静かに下ろす。
また失敗した。
塔での戦いにおいて、決着がつかないのは珍しい。
その階の魔物に狙われながら、階段の仕掛けを解くのが至難の業だからだ。
たとえ戦力的に不利でも、大抵の冒険者は戦って勝つことを選ぶ。
今回のようにどちらも死なずに戦いが終了するのは稀だった。
あなたは不満を感じるが、どうすることもできない。
役目を終えて闇に戻っていく。
もし少女と対峙する機会があれば、次こそは確実に始末する。
絶対に逃がすようなことはあってはならない。
そう胸に誓って眠りについた。
また数年が経過してあなたは目覚める。
案の定と言うべきか、相手は件の少女だった。
いや、もう少女と呼ぶ年齢ではない。
外見的に二十代の半ば頃だろうか。
全体の雰囲気や装備に初々しさはなく、歴戦の逞しさを漂わせている。
少女は立派な女冒険者になっていた。
ようやく真剣勝負ができる。
そう考えたあなただが、すぐに間違いだったことに気付く。
あなたを見るなり、女冒険者は俊敏に動いて部屋の仕掛けを解いた。
重苦しい作動音と共に階段が現れる。
数年前よりさらに卓越した動きとなっていた。
あなたは慌てて階段前に向かうも、風のような身のこなしの女冒険者に追い越されてしまう。
上等になった装備は、動きやすさを重視した形状と素材だった。
元より女冒険者は逃亡を視野に入れていた。
新人だった頃から変わらず……否、得意分野を認識したことでより洗練されたと評していいだろう。
あなたは三度目の敗北を味わう羽目になった。
それ以降、あなたは不定期に女冒険者と対決する。
どういった縁なのか、彼女が塔に挑戦するたびに呼び出されていた。
あなたは全力で戦闘に持ち込もうとするも、女冒険者が応じることはない。
彼女は華麗な身のこなしで戦いを避け続けた。
あなたはどうにかして女冒険者を阻もうと画策するも、成功することはなかった。
女冒険者の俊敏性はどんどん磨かれていく。
回避技術も向上していた。
塔に囚われて成長の可能性を失ったあなたでは、どうしても勝てないのである。
だからあなたは闇の中で考える。
待機中も思考を巡らせる習慣が付いていた。
次はどういった方法で女冒険者を追い詰めようか。
顕現する部屋にもよるが、きっと効果的な策があるはずだ。
あなたはひたすら悩み、打開に繋がる案を求めた。
思考の最中に呼び出されては、女冒険者の逃亡を許す。
閃いた策を試す時があれば、部屋の構造的に失敗する時もある。
どちらにしても女冒険者を止めることはできなかったが、あなたは心地よい悔しさを覚えていた。
塔に囚われてから初めて感じる目的意識だった。
ただの駒に成り下がったはずのあなたは、個として思考する。
果たしてそれに意味があるかは分からない。
それでも懸命に考え続ける。
今度は決して逃がさない。
成長する女冒険者の姿に喜びを感じながら、あなたは闇の中で策を練り続けた。




