第2話 塔は人を選ばない
あなたは好奇心旺盛な魔術師だ。
研究目的で冒険者の塔に潜っている。
神秘の満ちるこの場所に興味を抱く者はどの時代にも多いのだ。
それでも、単独で自ら出向くほどの行動派は珍しいかもしれないが。
現在、あなたは塔の十八階にいた。
半日でこれなら上々と言えるペースだろう。
これといった負傷もせず、危うい場面も特になかった。
昔は資金稼ぎで傭兵業をやっていたあなたは、戦いに慣れているのだ。
現在も古代遺跡を出入りしており、危険察知にも優れている。
小休憩を済ませたあなたは十九階へと赴く。
酒場のような間取りの大部屋で待っていたのは、十数体のスケルトンの群れだった。
動く人骨の魔物であるスケルトンは、骨を鳴らして室内を徘徊する。
その手には折れた剣や斧や槍が握られていた。
スケルトンはアンデッドの中でも下級だが、決して弱い魔物ではない。
むしろその特性は厄介とすら言える。
軽微な破損では倒れず、痛みで怯ませることができない。
呼吸を必要としないので溺れさせることもできず、四肢を破壊しても行動を続ける。
腰骨を粉砕して行動不能にするか、聖属性の術で浄化するのがセオリーだった。
スケルトンがあなたに気付いて集まってくる。
決して迅速な動きではないが、かと言って鈍重ではない。
むしろ骨だけの身体なので軽やかに行動できる。
腕力は人間に劣る傾向があるものの、武器を振るえる程度なので決定的な弱点ではなかった。
一般的な冒険者なら焦りそうな状況にも関わらず、あなたは実に冷静だった。
不敵な笑みを湛えてスケルトンを眺めている。
聖属性を使えないあなたは、代わりに得意な氷魔術を行使した。
生み出された氷の球体が浮遊する。
瞬く間に数十個もの球体があなたの周りを巡り始めた。
あなたは長年の研究で魔術を調べており、効率的な運用方法を編み出していた。
修行ではなく知識によって、少量の魔力から強力な術を扱えるのだ。
あなたは人差し指で動かす。
その小さな仕草で氷の球体が室内を飛び回った。
物理法則を無視する球体が床や壁や天井を反射しながら加速し、スケルトンの腰骨を打ち抜く。
倒れたスケルトンは追撃の球体を受けて粉々になった。
そういった光景が部屋中に連鎖する。
あなたは立っているだけで戦闘を終わらせた。
室内にはスケルトンの残骸だけが残されている。
敵の殲滅を意味する宝箱と会談が出現した。
球体を消したあなたは、満足そうに宝箱を開く。
中には短い杖と黒い水晶が入っていた。
あなたは目を凝らして観察する。
それらが何なのかまず知りたかった。
杖は魔術の補助具だろう。
刻まれた術式や魔力の色から考えるに、風属性を強化するものらしい。
生憎とあなたには関係のない品だった。
分解して改造するか、どこかの店に売り払うことになるだろう。
それか知り合いに譲ってやってもいい。
黒い水晶には何らかの魔術が封じ込められている。
詳細は不明であるものの、おそらく真っ当な術ではない。
あなたは経験則で確信した。
迂闊に使えばきっと碌な目に遭わない。
最も安全なのは水晶だけを宝箱に置いていくことだ。
あなたがこの階を出て行った瞬間、すべてが再構成される。
残された報酬も無かったことになる。
いつか別の冒険者がどこかの階で黒い水晶と出会うかもしれないが、それはあなたの知ったことではない。
下手をすると何万年も先のことになるのだ。
いちいち気にするだけ無駄だろう。
あなたは悩む。
やがて黒い水晶を革袋に入れると、口を紐で固く縛った。
何度か術で封印を施して仕舞っておく。
好奇心に負けたあなたは、詳細不明の水晶を捨てるという選択肢を取れなかったのだ。
帰宅したらすぐに解析しよう、とあなたは心に誓う。
報酬を得て二十階に向かうとレッサーデーモンが待ち構えていた。
苔の生えた大柄な下級悪魔である。
優れた耐久性と腕力があり、様々な状態異常への抵抗力が高い。
脱出できるか否かを決める相手としては、非常に面倒な魔物だった。
しかしあなたは圧勝した。
持ち込んでいた対悪魔用の道具で弱らせて、有利な属性の結界を張って堅実に戦いを進めたのだ。
あなたは常に用心深い。
純粋な魔術師としての力量は並程度だが、それを補う発想と努力ができる。
実は傭兵時代も有名で、今も大量の勧誘書が自宅に届いている。
それをまとめて焼くのがあなたの日課だった。
あなたは氷塊で圧殺したレッサーデーモンの観察を終えると、宝箱に入った報酬を確かめる。
多少の金貨と一本の短剣だった。
青い刃には水や氷といった属性との親和性が窺える。
ちょうどあなたの術とも合っている。
武器の質も良いので、今後は積極的に使うことになるだろう。
あなたはレッサーデーモンの死体の一部を回収する。
実験の材料にする予定なのだろう。
塔以外の場所で悪魔と遭遇するのは難しい。
悪魔研究も行うあなたにとっては最高の収穫であった。
部屋には階段と脱出用の魔法陣が出現している。
あなたは迷わず魔法陣を踏み、姿を消す。
瞬時に塔の外へ移動したあなたは、意気揚々と帰路を辿り始める。
あなたは塔の二十階から脱出して生き残った。




