九. 弱味
『いままで靡かなかったのは、おまえの気を引きたかったからだ。』
あいつはしおらしい顔をして、言葉巧みに近づいてきた。
『市蔵は頼みにならない。
しょせん、破落戸は破落戸でしかない。
やはり、いざというときに頼りになるのは、身元の確かなおまえのような者だ。』
木陰で本を読んでいると、日吉がやって来た。
文長の隣に座り、脈絡もなく股間を握り込んだ。
文長が川に入らないのは、短小のナニを見られたくないだからだ、と仲間内で囁かれていた。
日吉は事実を確かめておこうと思ったのだ。
文長の陽物は、噂のようなお粗末な代物ではなかった。
むしろ、他の奴らより大きいくらいだ。
両手に本を開いたまま、唖然としている文長を尻目に、日吉は下帯の中にまで手を差し入れてきた。
日吉はしたり顔で、陰囊を探りながら、指に触れる異変に気づいたのだ。
文長は目を白黒させた。まさに秘密を握られていた。
「片玉野郎──」
顔を寄せ、日吉は耳元で囁いた。
「って、云われちゃうよね。」
文長は全身が総毛立った。
フグリの中に二つあるはずの睾丸は、一つしかなかった。
文長は、停留精巣だった。
睾丸の片方は腹腔内に留まり、陰曩におりていない状態だった。
「わかっているよ。」
訳知り顔で日吉は言った。
「タマは一つでも、ちゃんと役目は果たせるんだってね。
だけど、他の奴らは違うよ。
あいつらは人をからかう材料さえあればいいんだ。
だから、決して知られてはならない。」
蛇のように、日吉は目を輝かせた。
「大丈夫だよ、誰にも云ったりしない。
ふたりだけの、秘密だよ。」
日吉は右の人差指を立て唇に添えた。
一番知られてはならない者に、知られた。
こいつこそ、なにを喋るかわかったものでない。
だから、文長は日吉の顔色をうかがって、ずっとビクビクしながら過ごしていたのだ。




