七. 遊山
数日して、文長は気分直しに西の町に行こうと思い立った。
誉志乃から、石楠花祭りに連れて行って欲しいとせがまれていた。
この数日、文長は休暇返上で忙しく立ち回っていた。
豊国に送った海産物の一部が、傷んでていたと苦情を受け、対応に追われていたのだ。
諭利と『はつはな』で会い、女中に嘘をつかせて別れたあと、半刻もしないうちに、本当に店から使いがやってきた。
それが、苦情の知らせだったのだ。
文長は、その日のうちに豊国行きの船に乗った。
句会の前日に帰って来たので、諭利と、後日改めて会う機会をつくれなかった。
思うに、頭を悩ませる一連の出来事が、諭利と再会してから起きている。
あいつが、不幸を呼び込んでいるように思えてならない。
文長はひどく疲れていた。
無理にでも、休暇を取るべきだと考えた。
悪い運気を断ち切るためには、一旦仕事から離れようと思った。
文長は誉志乃に連絡を入れた。
山の斜面に咲く、薄赤色の石楠花を愛でながら、文長はゆったりと山道を歩いた。
しがらみから離れ、こうして自然の中に在ると、心が洗われて清らかになるようだった。
まあ、誉志乃は、花よりも途中にある甘味処がお目当てのようだ。
道の先に茶店を見つけたとたん、さあ、早く──と文長の腕を取って急かした。
「急がずとも、菓子は逃げたりしないさ。」
童女のような誉志乃に、文長は苦笑した。
渓谷を眺められる位置に腰をおろし、店で一番人気の『みつ豆』を食べていると、川を隔てた向こう岸に、見覚えのある人影がふたつ、寄り添いながら流れて行くのを見た。
文長は思わず腰をあげた。
あわてて、橋の袂に走り寄った。
橋の上より川を覗くと、まさに船に乗り込もうとしているのは、杉田屋と諭利だった。
間違いない。
諭利が先に船に乗り、杉田屋に手を差しのべていた。
段差で躓かないようにと気遣っている。
文長は我が目を疑った。
いつもは仏頂面の杉田屋が、目尻をさげ、頬笑みを浮かべているのだ。
「──まあ、青い顔をして、どうなさったの。」
戻って来た文長を、誉志乃が心配そうに見あげた。
「なんでもない、大丈夫だ。」
文長は平静を装ったが、二人の姿が頭にちらつき、以後は遊山どころでなくなった。




