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 三月の下旬。春休みになり、涼汰はフェンネルへと足を向けた。カランコロンとドアベルが軽快な音を立て、店内で作業をしていた乾と和樹がこちらへ振り向く。

「いらっしゃい……あ、涼汰くん。何だか久しぶりだねぇ。元気だった?」

「うん。乾のおっちゃんは?」

「僕も、元気だよ。それで、今日はどうしたの?」

 問われて、涼汰はニッと笑って見せる。ニヤニヤとした笑いが顔中に広がりそうになるのをこらえながら、「実はさ……」と切り出した。

「園芸部で、会議をやったんだ。今後、花壇で何を育てるかって。……で、今日はその種とか、苗の買い出し」

 言いながら、ごそごそとポケットの中を探る。取り出したメモを、「これだけちょうだい」と言いながら乾に手渡した。乾と和樹が、二人揃ってメモを覗き込む。

「あっ!」

 そして二人揃って、目を丸くした。涼汰は、「してやったり」と言わんばかりの満面の笑みを顔に浮かべた。

「アカネと、カスミソウと、シオン。それの種とか苗が欲しいんだ。部内会議で、今後夏の花壇ではずっとその三種類を育てていく事になったからさ。来年の今頃も、忘れずに仕入れといてよ」

「かしこまりました。絶対に忘れないよ。来年の今頃、必ず仕入れておくから」

「任せたよ、乾のおっちゃん」

 在庫の種や苗を確認しに、乾が奥へと姿を消す。残された涼汰と和樹は顔を見合わせ、どちらからともなく笑顔を浮かべる。

「これから毎年育てるんだ、あの三種」

「うん。毎年、必ず育てる。でもって、種を蒔く時、苗を植える時……必ず話すんだ。自分の生きた証を遺すために、懸命になった先輩達の話。山下先輩が卒業しても、俺が卒業しても、次の代に受け継がれるように。佐原先輩と水谷先輩の事、園芸部の人間だけでも、忘れないようにするんだ」

「大変な仕事だね。責任重大だ」

「うん。……間島さん」

 少しトーンの落ちた涼汰の声に、和樹は「ん?」と首をかしげた。そんな和樹の目を、涼汰はまっすぐに見詰める。

「ありがとう、花を届けてくれて。謎を、解いてくれて」

「……謎が全部解けて、すっきりした?」

 くすりと笑った和樹に、涼汰は笑顔で返した。

「うん、もやっとしてたのが、すっげーすっきりした! ……でもって……敵わないなって思った」

「ん? 何が?」

 少しだけ眉間に皺を寄せて、和樹は涼汰の顔を覗き込んだ。しかし、涼汰はぷいっとそっぽを向いてしまう。

「さぁね。名探偵なんだから、自分で考えてみれば?」

 自分の口では言いたくない。目の前の大学生がとてもカッコよく見えて、自分は絶対ああはなれないだろうな、などと考えてしまった事など。

「お待たせ! 店にある在庫、ありったけ持ってきたよ。足りない分は発注しておくから、また今度で良いかな?」

 乾が段ボール箱を抱えて戻ってきた。「よいしょ」と言いながら床に降ろせば、どさりと重そうな音がする。

「かなり重いけど、大丈夫? 何なら、また配達するけど?」

「……それもまた、俺ですか?」

 重そうな段ボール箱を恨めし気に眺めながら和樹が恐る恐る問う。容赦なく「もちろん」という言葉が返った。

「最近、ちょっと腰が痛いんだよねぇ」

「乾さん……本格的にオジサン化してきてませんか?」

 呆れた様子の和樹に、乾はあははと笑って見せる。

「和樹くんも、そのうちこうなるって。……大学出たら、あっという間だよ?」

「嫌な事言わないでください!」

 相変わらずの漫才のような二人の会話にひとしきり笑ってから、涼汰は自分で段ボール箱を持ってみた。たしかに、重い。これを運ぶのは、大変そうだ。

「じゃあ、今回も配達をお願いしようかな。明日の午前中とかでも良い?」

「大丈夫だよ。今なら大学が春休みで、和樹くんもほとんど毎日朝から入ってるしね。九時から十時の間ぐらいで良いかな?」

「オッケー!」

 手で丸を作って見せると、乾が「よしきた!」と応えて伝票を書き始めた。場が一気に盛り上がったところで、カランコロンとドアベルが軽快な音を立てる。

「いらっしゃいま……三宅さん」

「こんにちは、乾さん。それに、間島くんも……あ、今日は涼汰くんもいるんだ」

 優しい笑顔を向けてくる三宅に、涼汰はぺこりと頭を下げた。そう言えば、三宅に会うのは乾以上に久しぶりだ。前に会ったのは、十二月だったか。

「実は、二月にもすれ違ってたんだけどね」

「えっ、そうなんですか!?」

 三宅相手に言葉を敬語に切り替えた涼汰を見て、乾と和樹が複雑そうな顔をした。

「……涼汰くん、三宅さんには敬語を使うんですね……」

「僕たち、ずいぶん気安く扱われてるよねぇ……。僕なんか、涼汰くんより一回り以上年上なのに……」

「乾さんはまだ良いですよ。俺なんか、途中まで敬語だったのが、ある日突然タメ口に切り替わったんですから」

「和樹くんのは自業自得だよ……」

 ブツブツと不満をこぼす二人に、三宅が気が付いた。呆れた顔をして、腰に手を当てる。

「何、ちっちゃな事で腐ってるんですか? いい大人が。大体、涼汰くんぐらいの年頃の子なら、タメ口で話してくれるのもそれはそれで親しみがあって良いじゃないですか。それだけ、二人に慣れ親しんでくれたって事でしょう?」

 乾と和樹が、二人揃って「目からうろこが落ちた」という顔をした。「おぉー……」と小声で呟き、瞳を輝かせている。

「なるほど……そういう考え方もありますね」

「親しみを持ってくれているんなら……タメ口も結構嬉しい、かな?」

 二人は頷き合い、嬉しそうな顔をする。三宅が、「どうだ」と言うように胸を張った。

「ただし、涼汰くん。今はこうして許されるけど、もう少し大人になったらちゃんと大人には敬語を使うようにならなきゃ駄目よ? タメ口を使うのは、本当に仲良くなってから!」

「はーい」

 素直に返事をする涼汰に、乾も和樹も、声を立てて笑い出す。涙目で笑いを収めながら、乾は頼もしげに三宅を見た。

「注意すべきところはちゃんと注意するんだね、三宅さん。さすがだなぁ」

「本当、頼もしいですよね。三宅さん、厳しいけど優しい、良いお母さんになりそうだなぁ」

 にこやかに言う和樹に、三宅が顔を一瞬で真っ赤に染めた。「犬も食わない」という言葉はこういう時に使うのかなぁと思いつつ、涼汰はそんな二人を眺めてみる。見れば、乾も妙に楽しげに二人を見詰めているではないか。

 ここでもう一言、ダメ押し的に和樹が何か言えば、このまま二人はくっついてカップル成立するのではないだろうか?

 ……と、そこでふと、涼汰は何かが引っ掛かったような感覚を覚えた。和樹が三宅を褒める。その様子に、何やら見覚えが……。

「あっ……間島さん、ちょっと待っ……」

「さすが、文学ゼミの頼れる姐御!」

 一瞬で空気が凍り付く。三宅の顔が、先ほどまでとは違う意味で赤くなる。涼汰と乾は額に手をやった。空気を切る音が聞こえ、何かが破裂したような乾いた音が辺りに響く。

「台無し!」

 一言だけ叫ぶと、三宅はツカツカと店の奥へと入っていく。本日の目的だったのであろうお彼岸用の花束を一束選ぶと、さっさと会計を済ませ、帰ってしまった。

「ああもう……本当にこの子は……」

 レジに千円札をしまいながら、乾はため息をついた。本当に、このムードの読めなさと余計な事を言いがちな性格さえ無ければ、本人が望むとおりにモテそうであるというのに。本当に残念なイケメンである。

「けどさ、乾のおっちゃん。俺、この間島さんの方が見てて安心するかも」

 笑いながら涼汰が言えば、乾も苦笑して頷いて見せる。その間もずっと、和樹は頬を赤く腫らしたまま、呆然とドアの方角を眺めていた。

 時は三月、春真っ盛り。明日は快晴、園芸日和。桜の花びら舞う校庭で、夏に備えて種を蒔く。

 忘れないでと願った人の、他人をも巻き込む暗号騒ぎ。その結末の、何と穏やかな事だろう。

 思わず頬が緩むのを感じ取り、気を引き締めるために、涼汰はそっと、心の中で呟いた。

 

 忘れないよ、絶対に。




(了)

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