【番外編】11.“社交界の魔性の女”と呼ばれた令嬢
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アナベルが妊娠したことは社交界で瞬く間に広まった。
他にも話題にすることがあるだろうが、人妻になってもアナベルは社交界の話題に上がるのだ。
貴族の夫人が妊娠すると周囲から祝福されることが多いが、“先を越された!”など妬みの対象になるのが常だ。
しかし、アナベルの場合は違った。
「俺がアナベル嬢のお腹の子の父親だ!」
「いや、私だ!」
「何を言う! 俺に決まってるだろう!」
何故かアナベルのお腹の子の父親だという令息が何人も名乗り出た。
アナベルが未婚で妊娠したならあり得たかもしれないが、アナベルはマルクと結婚しているのでお腹の子の父親は当然マルクである。
アナベルが人妻になっても諦められない令息たちの足掻きというのは理解できたが、アナベルからしたら托卵と不貞を疑われているので迷惑だった。
「この子は正真正銘マルクの子よ。私、マルクとしか経験ないし」
「アナベル様!?」
「様はいらない。……マルク、あなたも疑っているの?」
周りになんて思われようがアナベルにとってはいつものことなので構わなかったが、マルクに誤解されるのだけは嫌だった。
「まさか。アナベルは僕のことを大事にしてくれているし、男性経験が豊富って言われている割に夜会とかに参加してもすぐに帰ってたんでしょう? あと……」
「え」
「あっ、こ、これは仕事中に聞いたことだから! アナベルを尾行したとか調べてたとかじゃないからね! お、お肉屋の主人か宿屋の女将さんに確認してもらえば……っ。あっ、みんな、アナベルのことを監視してるわけでもないから!」
ハネスト男爵邸の周りにいるのは気さくな人が多く、アナベルがハネスト男爵夫人になっても受け入れてくれた。
アナベルの悪評を知っていても、アナベルのことを悪く言う人はいなかった。
マルクへは『おい、アナベルちゃんは見る目あるぞ!』や『逃げられるんじゃないよ!』など茶化すくらいだ。
「別に疑ってないわよ。それで?」
「アナベルはご両親とエククレム子爵邸の使用人のみんなのことが大好きでしょ? エククレム子爵邸に行く時は僕も連れて行ってくれるし」
「………」
「今は無理だけど、絶対に時間を作るから一緒に行こうね。あっ! 行くなってことじゃなくて、勿論毎日でもエククレム市邸に帰って良いからね!? たたっ、ただ、アナベルは妊娠中だから一人で行動するのは危ないから、その、誰かに付き添ってもらってほしくて……」
マルクはアナベルと結婚し、ハネスト男爵にもなったことで吃ったりすることは減ったが慌てふためくのは変わらない。
令嬢は嫁ぐと婚家から『実家に顔を出すことは許さない』と行動を制限されることが多いが、マルクは寛容で結婚後に豹変することもなかった。
アナベルはハネスト男爵夫人になっても何をするにも自由だが、だからといって好き放題しようとは全く思っていない。
ハネスト男爵として毎日忙しいマルクを支えようとハネスト男爵夫人として仕事をしていた。
妊娠したことでマルクから仕事を制限されたことは納得いかなかったが、マルクの気遣いは嬉しかった。
「マルクが私の托卵と不貞を疑ってないならあとは何でもいいわ」
「何でもは良くないけどね。お義父さんが『この件については任せろ!』って否定してくれてるのは申し訳ないけど……」
「待望の初孫ですもの。この子のお爺様として頑張ってもらわないと」
「父さんも力になるって張り切ってるんだけどね……」
前ハネスト男爵であるマルクの父は病状が悪化し、日に日に衰弱していた。
医者からは『覚悟してください』と余命宣告をされていた。
それでも、『初孫の顔を見るまでは死なんぞ』とマルクとアナベルの子の誕生を楽しみにしていた。
ハネスト男爵家は代々晩婚のため、前当主は祖父になる前に他界してしまい、祖父と孫が顔を合わせることはなかったのだ。
マルクも祖父は既に他界しているので会ったことがなかった。
そのため、前ハネスト男爵はマルクが適齢より早く結婚し、子どもまで授かったことが嬉しくて堪らなかったのだ。
身体は衰弱していても、息子の嫁の名誉のためにとベッドから起き上がろうとして医者や看護師に止められるのを繰り返していた。
前ハネスト男爵にとって、アナベルと孫の存在は生きる糧だった。
「お義父様には無理をしてほしくないわね」
「うん……」
「性別はまだ分からないけど、マルク似の元気な赤ちゃん産むわね!」
「無理はしないでね」
父親を名乗り出ている令息たちのことなど気にせずに、まだ膨らみのないお腹を撫でながら張り切るアナベルだった。
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