きょうきなる 来訪者からの真実
(回想、終わりましたか?)
普段通りの口調だけれど、特に興味も無さそうに聞こえる。
「あんた、私のチートでしょ。しっかり聞きなさいよ」
(日に三度は思い出している話をその都度聞きなさいと言う。人はそれを何と呼ぶか知っていますか?)
「別に他の人に強制してる訳じゃないんだから良いでしょ。あんたは私のチートなんだから、一番理解できる立場でしょ」
(理不尽っ)
「はいはい。丁度良いからお昼の休憩にしましょ」
人間、悪い事を考える時は何かが足りない時だ。今回で言えば、空腹だろう。
家に戻り、メシイモを食べて一休み中。珍しく我が家の扉が叩かれた。
「すみませーん。御在宅ですかー」
女の人の声だ。村の誰の声だったかな。
思い出せないけれど、来客なんて珍しいなと思って、ゆっくりと立ち上がる。
「はい、どちら様ですか?」
扉の前でそう返しつつ、少しだけ開けて外の人を確認する。
そしたら、開けた隙間からヌッと顔が出てきて、目線が合った。
「感じますぅっ」
登場とその一言に、一瞬で足元から頭の上までゾワッとした感覚が駆け上る。
「きゃあっ」
おかげで普段出す事の無い高さの声が出てしまった。
そんな状況でも扉から手を離さなかった。この後の事を思えば、私の無意識の行動は褒め足りないくらいに素晴らしい行動だった。
驚いたままではいられないと気をしっかり持ち、隙間越しに改めて相手を確認する。
なんか、扉の隙間から妙な熱を感じる。
その元である人物の服装を見てみると、この不審者の正体が見えてきた。
この大陸に生きる人なら知らない人など居ない。昨日今日生まれたばかりでなければ、そこらの人に訊ねてみても同じ答えが返ってくる。
王族貴族などの豊かな懐事情の存在を除いて、装飾がある服を纏う存在。
その服は手縫いであり、一針一針には偉大さと感謝の念が込められるその意匠。
この大陸で、時には王族貴族以上の力を発揮する集団。
そう、二ルネッガ教の修道女の服だった。
相手の正体が分かったら、次に浮かぶのは何でうちに? という疑問。
冠婚葬祭のどれにも当てはまらないし、相談事もな……いや、あるにはあるか。
でも、二ルネッガ教が家に来るほどでは無いはずだし……。と考えていると、相手が私に問いかけてきた。
「あなたは、神を信じますか?」
不味い。確実に危ない人だ。初対面からの振る舞いで完全に危ない人だ。
これはもう、家の中に籠ってやり過ごすしかないと思った私は、今出来る最速の動きで扉を閉めようとした。
でも閉まらない。なんで? おかしいっ。扉の隙間が、私が開けた時から全く変わらない。
気ばかり焦って状況を理解出来ない。
「落ち着いてください。閉まりませんよぉ」
いやぁ怖い。必死になって扉を閉めようとした時、偶然下を向いて気づいた。
この修道女、とんでもなく特殊な靴を履いていた。
「か え れ」
私は語気を強めて言った。けれども扉は閉まらない。
この修道女、先端が妙に細長く伸びた木靴を履いていた。そして、扉の隙間にその先端を挟んで、どう頑張っても閉まらないようにしていたのだ。
間違いない。二ルネッガ教は、慣れている。この状況に。手慣れているっ!!
「待ってください。怪しくありませんよ。全然怪しくありませんよ」
私に対し、落ち着いた口調で語りかけてくる。でも、既に最初から間違っている。だから私がその言葉を信じられる段階は既に通り過ぎている。
寧ろ、こんな風に私の態度を軟化させようとしている行動で怪しさが増しているし、怖い。
「不審者は皆そう言うんだ」
扉の隙間に挟まっている突起をガンガン蹴りながら言葉を返す。
それでも足は引っ込まない。
「ねえ、どうしたら良い?」
一向に帰らない相手に困り、百科事典に助けを求めた。
(誤解を解く必要があります。頭を使いましょう)
「こんな状況でそれなの? ちゃんと役立ちなさいよ」
こんな場面だから明確な解決法を教えて欲しかったんだけど。
「い、今、神と対話しましたか? しましたね? 神は何と?」
向こうは向こうで、よく分からない事を異常な興奮をしながら聞いてくる。
なんか、扉の重さも変わった。多分、全身を扉に押し付けてる。
農家で力仕事もしている私が力負けするだなんて……。
それにここから解決するための方法を使うために頭を使えとか……。
いや、待った。ああ、そういう事なのかも。
閃きで急に焦りが消えた。これなら何とかなる。そんな確信めいたものを感じた。
「教えてください。神は、神のお言葉をっ」
「そんなの知らないわっ!!」
溜まったうっぷんを全力で扉にぶつけた。そう、頭突きである。
「はうぅぅ」
外の方で間の抜けた声が聞こえ、どさりと重い物が落ちる音が聞こえた。
扉にかかっていた負荷が減り、抵抗も無い。
静けさを取り戻した外の様子を恐る恐る確認すると、二ルネッガ教の修道女が目を回して倒れていた。
私はおでこをさすりつつ、もう片方の手で扉に挟まっていた彼女の足を持ち、外に投げた。
すると、人の家の前で両手足を広げた状態で眠る修道女という謎が謎を呼ぶ存在が生まれた。
そっと扉を閉じる私。
「ふぅ。どうよ、百科事典。頭、使って解決したわ」
助言通りでしょ? と自慢した。
「わ、わー。すごーい。すごーい」
引いた感じの言葉を、いつもの状態で百科事典は言った。まったく嬉しくない称賛だった。
(詳しい話を聞かず、物理的に解決させるとは……。流石です)
百科事典のつぶやきのような発言を私は聞き漏らさなかった。
「そっちなの!? ならそう言いなさいよー!!」
あんな必死な状況であれこれ考えられる訳が無い。なんて融通の利かないチート何だろう。
(手、今回は頭でしたが、実力行使を優先させると?)
「未来が見えるんでしょ? だったら分かるでしょ」
(限りない可能性が見えるだけです。そこを間違えないでください)
違うと否定されても、私にとっては違いが分からない。だって、どんな違いがあっても、私は手近な一つしか選べないし、一つの可能性しか確かめようがないのだから。
と、百科事典と言い合っていたら、外から声が聞こえてきた。
「お嬢さん、なんでこんな所で寝ているんだい?」
父さんの声。誰と話しているんだろう? そんなすっとぼけた疑問が浮かび、すぐにこれは不味いと血の気が引いた。
父さんが変な人と関わってしまう。それを回避するにはどうしたら良いだろうと、頭の中が大騒ぎしてこれという答えが出てこない。その間に、不審者が目を覚まし、二人のやりとりが始まった。
「うぅ~ん。あなた様は神様ですかぁ?」
完全に寝起き状態の不審者に対し、父さんは冷静だった。
「違うねぇ。ここの家主だね」
「ここ? あら? あらら?」
自分の状況を思い返しているような声。
「もしかして、ルイシアのお友達かい?」
父さん違う。それ、違う。
「……はい。るい……しあ……。そうです。ルイシア様のお供です!!」
不審者に名前を把握されてしまった。そして、おかしな事を言われてしまった。
「若い子の間では変わった言い回しをするんだねえ。娘なら家に居るだろうから、中にどうぞ」
「はい。はいっ、ありがとうございます。お邪魔します」
招く事を許してしまった。父さん、もう少し警戒してほしいんだけど。
「お~い。居るんだろう、ルイシア。開けてくれないかー。お友達が来ているぞー」
違うんだけど、否定したいんだけど、不審者の隣には父さんが居る。この状況では、父さんは人質に取られたも同然で、下手な事は言えない。
私は、負けを認めざるを得なくて、強く噛み締めていた。
「おお~い。居るのは確かなんだが……。寝てもいないのに」
そんな声が聞こえている中、私は扉を開けた。
「お待たせ、父さん。……と、どうぞ」
目で殺す事が出来ればどれだけ良かったか。目的不明な修道女に対し、睨みで警告した。
「先ほどは失礼しました。こうしてお話しするのは初めてですよね、ルイシアさん」
常軌を逸した振る舞いのさっきとは違い、ゆるゆるふわふわな話し方をする女だ。
「そうね。じゃあ、詳しく聞かせてもらうから」
「もちろんですぅ。選ばれし聖女様とお話が出来るだなんて、光栄の極みですよ~」
「は? え?」
絶対に違うと断言出来るとんでも発言に、戸惑うばかりだ。
「んん? 二人は初対……面?」
父さん、今それどころじゃないから。私は父さんの言葉に反応せず、テーブルを囲い、話を聞く事にした。
「で、何を勘違いしているの?」
「勘違い?」
すっとぼけた反応。狙っていたのならあざとい。
「神がどうとか言っていたでしょ」
「あなたから神様を感じました~。ありがたや~ありがたや~」
拝むな。ついでに父さんもやらないでほしい。
「最近の子の流行りなのかと思って」
娘の冷めた視線を感じてか、取り繕う父さん。昔からそういう所は早いんだよなぁ。
「あんたも、拝むんじゃないの。私は神様じゃないんだから」
「ですが、神の気配を最近感じるんです。先ほども。それと良縁の気配も」
「良縁の気配? 何それ」
「あ、そういえば名乗る事を忘れていました。私は二ルネッガ教のメイティアと申します~。私が与えられたチートは、縁に関わるものなのです」
「ああ、それで良縁なのね」
「はい。良縁の方が近くにいると心が温かくなり、逆に悪縁だと寒気を感じるのです」
「そんなチートもあるのね。でも、それってどれくらいの距離から分かるものなの? それに、人がたくさん居る所だとおかしくならない?」
「手が届く範囲より少し長いくらいでしょうか。その縁の強さによっては距離が離れていても僅かに感じ取れますよ。相手の変化で縁の強弱も変わるんです。それから、すれ違うだけの人には何も感じませんから、お店巡りも出来ますよ。私、夢なんです。友達と一緒に歩くのが」
チートの事は分かったけれど、それと同時に寂しい過去まで明かされてしまった。
どうしよう、少し優しくしてあげた方が良いのかな?
適切な距離、というものについて考えていたら、メイティアの話はまだ続いていた。
「それでですね、村の中で突然とても強い縁を感じたり、縁が消えたりするようになったんですよ。それを最近調べていましたら、こちらのお宅に辿り着きました~」
私、頑張りました~と緩い笑顔全開で言うメイティア。
「まあ、狭い村だから、日数かければ探し人も見つかるわね。で、結局は神の気配とか言っていたけれど、それはチートで感じる事が出来る縁の事なのね?」
「はい。周辺を調べて、先ほども感じたので、間違いありません。見つけた時は、それはもう興奮しました~」
「ああ、うん。凄かったわね」
あんな状態の人に出会う経験は、もう二度と無い事を願いたい。
「う~ん。じゃあ、もう一度試してみるかぁ」
さっきは扉越しだったし、ここで百科事典を出して反応したら、神様と間違うほどの縁の正体が私達にも分かるだろうし。
「百科事典、出てきて」
(出てきました)
「素っ気ない登場ね」
(演出をする能力は持ち合わせていませんから)
最初に使った時にはなんか華やかだった気がするけど、気のせいだったか。
とにかく百科事典を出したので、メイティアの方に視線を向けた。
「ああ~、感じます。良縁に耐えられそうにありません」
「待って待って。耐えて。耐えられないって絶対良縁じゃないから」
「な、なんて強力な縁でしょう。やはり正気を保ってはいられません」
「やっぱりさっきのは正気じゃなかった!? 百科事典。もどって。戻ってっ」
あんな危ない人状態になられては困るので、急いで帰ってもらった。
「どう? 正気になった?」
恐る恐る聞いてみる。
「はい。おかげさまで冷静になりました」
「そう良かった」
ほっと一息、安堵する私。
(凄いですね。彼女が言う通り、感じてはいるみたいです)
「うん、そうね。……って、百科事典!? なんであんたがここに?」
引っ込めたはずなのにと、私は不思議だった。
(そもそもの話ですが、これまでも姿を見せずに話していましたよね)
「あ、確かに。じゃあ、今は?」
メイティアを見る。落ち着いているし、常軌を逸しているようには見えない。
「ルイシアさん、どうされたのですか?」
私がまじまじと見ているから、彼女の表情が硬くなる。
「ねえ、今はその、縁ってどんな感じなの?」
「どんな感じと言われても……。ルイシアさんとの間に良縁を感じますよ。この先も関係を維持したいと思うほどの」
「百科事典。もう一回出てきて」
頼むと物言わず現れる百科事典。
「ああ、すごく、すっごく良縁ですぅっ!! 燃える、燃えちゃいますぅっ」
うん。なんか、絶対におかしい。
「百科事典、戻って。それで、どういう事?」
(あなた個人とチート込みの時とでは縁の強さが違うという事です)
「でも、普段からあんたは私の傍に居るんでしょ? だって、チートだし。なら、強弱なんて関係なくない?」
(チートの能力を使うと決めた時とそうではない時の差ですね)
「何それ、酷い……」
(ですが、今もこうして会話をしていますが、彼女は落ち着いていますよ)
なら、何も言わないから出てみなさいよと、頭の中で思った。それですべてがはっきりする。
(あなたにしては冴えていますね)
そう言うと百科事典は姿を現した。
「今っ。今、そこに居られますね!!」
分かっちゃったよ。今まで気づいていなかったけれど、どうやら姿を見せている時は、私はチートを使うという意識で居るみたい。なら姿を見せていない時はチートを使えないという事なのだろうか?
(いえ、今までも何の制限も無く能力を使えていましたよ。なので、あなたの意識次第という事ですね)
「そうなのね。なんか、嫌な事実を知った気分だわ」
だってそうでしょう。私がチートを使ったら、少なくとも村の中では彼女は感知する事が出来るんだから。それってつまりは、昼夜問わずチートを使った時には彼女は冷静さを失うという事でしょ。想像するだけでもう使うのが躊躇われるわぁ……。
そんな私が考えた答えは一つ。
「ねえ、メイティア。明日にでも村を出ない? それがあなたのためだと思うのよ」
「ひ、酷いですぅ~」
発言内容が問題なのは理解している。でも、状況の中で一番の最善はそれでしょうに。
お互いに今後関わらないのが一番良い。
「こらこら、ルイシア。せっかく探して訪ねてきた相手にそんな事を言ってはいけないよ」
「いや、父さん。だってさぁ」
「ルイシアが考えている事は分かるよ。しかしね、それは何もしていない時の選択じゃないか」
「何もしてないって、父さんには何か良い案があるの?」
「可能性としてね」
面倒事を抱えたくないから、努力する方向の行動は一切考えていないのだけど、父さんが言うのなら、聞いてみるしかない。
「それってどんなのなの?」
「彼女に慣れてもらう」
「ええ~。それって、私の傍に絶えず冷静さを失った人が居るって事でしょ。嫌過ぎるんだけど」
想像するだけで心が病みそう。それに、まだ肥料運びで負った心の傷が癒えていないのに、更に深手を負うような行動は嫌だ。
「待ってください。ルイシアさん。私、やります」
「私は、やりません」
私にとっての利益が見つけられないので、やる気になった彼女の言葉を即座に拒否した。
「そんな事を言わずに、やってみましょうよ~。二ルネッガ教ともお近づきになれるんですよ~。冠婚葬祭の時には盛大に盛り上げますよ~。国教が総力をあげますよ~」
「神父と二人しか居ないのに? こんな端も端にある村に来た人が?」
「いえ、別に外れな修道女が地方に贈られる訳では無いので……。無いですよね?」
「私に聞かれても困るんだけど」
「そこを神様の力で。ねぇ、居るんですよね? どこか、もわんとした感じで居るんですよね?」
父さんを超えて縋り付いてくるメイティア。
「いや、見えてたんじゃないの? 出してた時にさぁ」
「いえ、見えてませんよ。もっと言うのなら、神の声も聞こえていませんよ」
「え? ごめん。耳に土が詰まってたかも。今の、もう一回言って」
そんな状態になっていなかったけれど、片方ずつ耳を下に向け、反対側をコンコン叩く。
当然、何も出てこない。
「ですから、私には何も見えなかったですし、聞こえませんでした」
ゾワッとした。急に生まれた感覚に呑まれそうになりつつ、父さんを見る。
「ほら、独り言が多くなるのはルイシアの年頃だと多いから……」
父さんまで触れてはいけないものに触れてしまったようなバツの悪い反応。
「え、いやいや。待って。待って? それって私、今までも、これから……も?」
この先は自分でも言いたくないし、誰も答えないで欲しい。
「傍目から見ると、とても大きい独り言を繰り返す怪しい人ですね」
修道女は悪意の無い、むしろ善意という私にとっての邪悪を秘めた表情でそう言った。
「いやぁぁぁぁぁ」
この日、私の叫びは村を震わせたとか、震わせなかったとか……。




