開墾 出会いを求めて 突き刺さる
(次はそのまま村長の家に向かいましょう)
工房を後にして、家に帰る途中で百科事典が言う。
「え、今から?」
そろそろ各家庭で夕食の支度をする頃合いだ。
(村長も今なら話す時間が取れますよ)
「ああ、そういう事か」
村長がどんな仕事をしているのか分からないけれど、朝から働いている人にとって、今時分が頃合いのようだ。
なら、百科事典の言うように今行った方が良いだろう。
「分かった。じゃ、あまり時間を取らないようにしましょうか」
私は、駆け足で村長の家に向かう事にした。
「村長―。今居ますー?」
扉を叩きながら呼びかけると、くたびれた様子の中年男が出てきた。
「ルイシア、こんな時間にどうしたんだ? あ、もしかしてた……じゃなくてお父さんに何かあったのか?」
私の呼吸が乱れていたからか。はたまた、普段なら訪ねに来ないような時間だからか。村長の表情が引き締まる。
「あ、そういう大事なのじゃなくて。相談があってさ」
「それは私の力が必要な事なのかい?」
「そうじゃなくちゃ、来ないよ。村長だって忙しいんでしょ?」
なんでそんな風に聞くのか疑問だった。それに気づいたように村長は言う。
「昔の話だが、ルイシア達が小さい頃にこんな感じで連れ出されて大した事が無かった話がいくつもあったじゃないか」
「あ、あ~。村の中で鳥が巣を作ったとかあったね。私達が作った秘密基地に招待した事もあったね」
「秘密基地は、空き家を勝手に使ってただけの話だろう」
「だって、入れたんだから、しょうがないじゃない。結局今になっても新しい人なんて入ってないしさ」
「そ、それは村長の立場的に突かれると……」
胸を押さえて後退られてもねぇ。
「って、そんな昔の話じゃなくて、今の話よ」
「今の? あ、もしかして結婚か!? そんな噂は聞いた事が無いぞ。村を出るのか?」
「いや、そんな予定は無いけど」
「無いのか。良かった。お父さんが荒れずに済む」
「いやだなー。うちの父さんは温厚で優しい人だよ。荒れる訳ないじゃない」
「それはむか……。いや、止めておこう。まだ希望は持っていたい」
これで二回目だ。今日の村長は言いかけて止める事が多い。
因みに、父さんと村長は私が生まれるよりも前からの知り合いらしい。
父さんが結婚するとか、しないとかの辺りで住む場所を探していた時に、この村へ誘われたそうだ。
そんなだからか、親戚じゃないけど、そんな感じの距離感で私は接していた。
「まあ、なんでも良いけどさ。私、この前誕生日だったの。十五歳のね」
「ああ、そうだったな。チートは貰ったみたいだけど、期待していたものとは違ったみたいだな」
「はっきりとこれが良いっていうのは無かったから、そうなんだとは言えないかな。でも、今はチートの事を知るために動いてるんだ」
「腐らずに居るなら安心だ。お父さんも心配していたからね」
「ああ、父さんに話を聞いてたんだ。茶飲み友達で居てくれるのは娘としては嬉しいけど、腰弱いから無理させないでよね」
父さんは村の周辺の警戒によく駆り出されている。要注意対象は野生動物で、こんな辺鄙な所を狙う悪党なんて居ないから。
「それは大丈夫だ。張り切りさせないようにしているよ。話を戻すけれど、今日来たのは、さっき言ったチートを知るためというのに関係しているのか?」
「そうなの。で、上手くいったら村が発展するほどなのよ」
「この村が? 発展? 村の未来の話だ。聞こうじゃないか」
立ち話は止めようと、村長は家の中に入れてくれた。
「それで、その未来の話というのは?」
村の事になると熱量が変わる、だったら良いんだけど、まあ真剣な表情をしてくる。
「うん。メシイモの新しい育て方なんだ。今、新しい畑を作っててさーー」
私は新しく開墾し、一から始める事でこれまでとの違いについて話をした。
チートが関わっているという前提で、まだ何も分かってはいないけれど、村長はしっかりと話を聞いてくれた。
「なるほどな。それで廃棄場のうんこを集めるために新しい桶と荷車が必要という訳か」
「そういう事。これまでは父さんと一緒の畑でやっていたから、基本的なやり方は分かってる。ただ、一人で全てをやった訳じゃない。そんな私でも今までのメシイモとは違う物を収穫できたとしたら、他のメシイモ農家もやってみようってならない?」
「そうだな。結果も分からずやるよりも、苦労が見えずに動くよりも、試してみようという気にはなるだろうな」
「でしょ? だから、桶と荷車の費用を出してくれないかなって。村長、駄目?」
媚びを売るという訳では無いけれど、村長の目を見つめて頼んでみた。
「ここは特に目立つ物も無い村だ。それが、その方法で人を呼ぶ事が出来るというのであれば、やってみる価値はあるだろう」
「ほんとに? やったー」
「だけれど、だ。チート持ちが突然に新しい物を生み出す場合があると分かっていてもだ。結果を見ずに認める訳にはいかない」
「え~。それじゃあ、意味無いんだけど」
「収穫前の作業で必要という事だから当然だな。でだ。桶と荷車代は一旦私が出そう。それで、結果が良ければ、村の予算から出す。もしも結果が出なければ、代金は私にルイシアが返す借金となる。それでどうだ?」
我が家の懐事情は厳しい。私と工房とのやり取りだったら、家財道具を売っても足りるかどうかだから。その点、この提案は、村長の温かい懐に頼るので、現状の私達には影響が無い。
結果が良ければ、今後も私達は困窮しなくて良いという事になる。
なら、この話は乗るしかない。
「ありがとう、村長。それでお願いするわ」
話は結構すんなりと決まった。これで苦労がいくらか減る。
一つ問題を解決した事で、少しだけ実が軽くなったと思ったら、村長に呼ばれた。
「ルイシア。今回の件は、私達が古い付き合いだから通った話だ。もし、今試している方法が有用で、村に広めるつもりなら、どう説明するかを考えた方が良い」
「チートのやり方でやりました。凄いですって説明じゃ駄目って事?」
「ああ。新しい事をやるためには、それを認めさせなければならない。そうだな……。明日からメシイモでは無く、巻きねぎを主食にするから育てろと言われたら反発するだろう」
「そりゃそうよ。あれは主食にはならないもの。何本食べたって膨れないし、逆にお腹壊すわよ」
巻きねぎ。それは成長過程でグルグルと巻かれた形に育つ野菜。メシイモに比べ、適度な水分管理と場所の確保が必要とされる野菜。その巻きの数が多いほど良い物とされるが、食べすぎればお腹を下すという注意が必要なものだった。
「これが良いと言った所でそれを理解で居なければ人は受け入れない。この村のメシイモ農家は、何世代も同じやり方を引き継いできているから、その分頑なかもしれない」
「そっか。育てるのが簡単って言われてるメシイモでも、長くやっていたら自分なりのこだわりを持つもんね。ありがと、村長。収穫した時に向けて考えてみるわ」
「ああ。村の発展を期待している。それと、私の未来の嫁が来るかもしれないから、全力で頼むぞ」
そう。村長の本音は後者の部分にある。
独身で、後継ぎ問題を抱えているため、出会いを求めているものの、こんな辺鄙な村に嫁ごうという物好きは、初婚で廃棄場の人間と結婚するくらい難しいから。
村長との話がついた翌日の朝。私はモクディルが働いている工房へ向かっていた。
のだけど、不思議な事に、向こうからモクディルの姿が見えた。
「丁度良かったけど、こんな朝からどうしたの、モクディル?」
使い込んだ感じなのに、どこか村でよく見かける物とは違う荷車に、蓋付きの桶が二つ乗っている。私が頼んだのと物は同じだなぁと思いながらそれを見ていた。
「こっちも丁度良かったぜ。ルイシア、聞いて驚け」
「いや、もう見て驚いてるけど。ずいぶん古い荷車ね」
「これ、お前の相棒だぞ」
(それは違います)
おお、初めて百科事典の声に勢いを感じた。
「これ、話すの?」
「話す? 何言ってるんだ、お前」
人の頭を心配するような表情をしてくるモクディル。
ああ、会話出来るチートって聞いた事無いものね。とその理由を察した。
「何でもないわ。で、どういう事なの?」
話が全く理解出来ないので事情を尋ねる。
「昨日、工房に村長がこの荷車と一緒に来たんだよ。そんで、ルイシアのために大急ぎで仕上げてくれって、金払いが良かったぜ」
そっか。一日でも早く結果が出てくれないとその分だけ村長の悩みの種である独身が伸びるから、そんなに必死になってるんだ。
早く動いてくれるのは助かるけれど、なんだか喜んで良いのか分からない裏事情を垣間見てしまった。
「つまりは……これが私の依頼した物って事?」
「ああ、そういう事だ。にしても抜け目ないぜ。村長ってのは」
何故かモクディルが感心している。この使い込まれた荷車の再利用はそんなに心を動かされるものだったの?
「あ、いやな。実は村長って、新しいのを新調してるんだよ。もうすぐ完成で、届けるつもりだったんだけどな」
「へぇ、そうだったんだ。んで、本来は廃棄場行きだったのが私の所に回ってきたって事ね? すぐ壊れるんじゃないの?」
「見た目で判断しちゃいけねぇよ。ちゃんと駄目な所は直してるんだ。車輪なんか見てみろよ。新しいのに付ける予定のをくっつけたんだぜ。傷んでいた板も剥がして新しいのにしてよ。使える部分は残して、駄目な所は変えてるんだ」
「本来はそのまま全部が廃棄場行きだったのね。それを聞いたら、新しいのを用意する時間が凄く短縮されたし、凄い判断って感じがするわね」
それが全て、自分の嫁探しに通じている事さえ分かっていなければ、私も感動していたかもしれない。
「まあ、運ぶ物が物だし、綺麗なのだと目立つか」
家の荷車と役割を交換するというのも考えてはいたけど、この明らかにくたびれている方が運ぶのに丁度良い感じがする。
「という事で、丁度会った訳だし、ここでお前に渡しとくぜ」
「はぁ? 家まで届けなさいよ。どうせなら」
「互いに時間の節約になって良いじゃないか。俺にこれの話をしようと思ってたんだろ?」
間違ってはいない。物もあるし、ここで引き取れば、お互いに来た道を戻るだけ。
でもどうせなら、引くのも面倒だから、家まで運んでほしかった。
「という訳で、確かに渡したぜ。じゃあなっ」
人の答えも聞かず、モクディルは颯爽と去って行った。
「くっそ、あいつ……」
恨めしく、見えなくなった姿を見つめる。
(では、今日も一日を始めましょうか)
「あんた、なんか機嫌良さそうじゃない?」
(そのような事はありませんよ)
嘘にしか思えない。だって、私はこの荷車達を相棒としたくないと思っている。
そんな心根を百科事典は既に把握している。だから単調な声なのに、どこか晴れやかさを感じるのだ。
「はぁ……。仕方ない。このまま、廃棄場に行きますか」
この荷車の引き心地は如何ほどのものか、確かめないといけないしね。
(さあ、後はやりきるだけですよ)
応援されている気が全くしない淡々とした声に押され、私は荷車の持ち手を掴んだ。
「父さん。父さ~ん」
家で夕食の準備をしていた父さんに呼びかける。その声は自分でも分かるほどに明るい。
とても久しぶりに出す声な気がした。
「どうしたんだい、ルイシア。良い事でもあったのかい?」
自分では分かっていたけれど、他の人の目からもそう見えていたみたい。
「あのね、父さん。種芋を分けてほしいの」
「おやまあ。という事は、準備が終わったんだね?」
「そうなの。私、やったわ。やってやったのよ」
開墾作業を始めてから何日経ったか。苦労を思えば、何か月もやっていたような気がするし、指折り数えたら片手で終わる気がする。
(八日間の仕事でしたよ)
百科事典が教えてきたけど、特に反応はしなかった。
「一人でやりきったね。よく頑張ったね、ルイシア」
父さんも開墾の苦労は知っているからか、とにかく労ってくれた。
「ありがとう、父さん。もうこの後は植えるだけだからね。ほんと、一番の山場を乗り越えたって気がする」
(この後に毎日の見回りに土被せと気の抜けない作業がありますよ)
本当に喜びに水を差す。そんな作業は分かっているし、良く育つと言っても毎日被せる訳じゃないだろうしね。今までのメシイモだと十日に一回とか、そんな感じだったし、今回はそれよりも少し回数が増える程度でしょ。
私はそう思っていた。
「種芋もそろそろ植えても大丈夫だからね。どれくらい必要か、明日の朝に畑を見せてもらおうかな」
「そうだね。じゃあ、お願い」
先輩農家でもある父さんの見立てなら、百科事典も文句は言わないだろう。
約束をすると、私は夕食の準備を手伝った。
翌朝。父さんと二人で、新しく出来た畑を見に行った。
「ここまでの道も綺麗にしていたし、本当に頑張ったね。凄いぞ、ルイシア」
「まだ頑張った所はあるから。まだ道が続いているでしょ。こっちに付いてきて」
畑の中よりも先に見てほしい場所があると、父さんが転ばない程度に腕を引っ張る。
「この木の屋根があるのは何だい?」
「これが肥料よ」
小屋では無く、雨を凌げるだけの野ざらしにはならない程度の場所。そこに私の本当の苦労の成果がある。
「ひりょう? ああ、毎日往復していたうんーー」
「そこはもういいの。それに、思っていたほど臭くは無いでしょ?」
「まあ、確かにそうだね」
父さんが改めて鼻を動かして臭いを嗅いでいたけれど、しかめている様子は無かった。
「村のどこでもこんな場所は無かったからね。これを使うとメシイモはもっと良くなるのかい?」
「一応そうらしいよ。もうね、畑にも混ぜて耕し終わってるんだ」
畑を指差して私は言った。
「なるほどねぇ。所で、なんだか畑の中がデコボコしているように見えるけれど、私の目がおかしいのかな?」
「ううん、おかしくないよ。あれもね、チートに教えてもらったの。うねって言うらしいわ」
「うね? う~ん、聞いた事が無い言葉だ。教えてもらえるかい?」
「もちろん。チートによると、種芋を植える場所を高くする事で、より良い成長を促すらしいわ」
私達は、改めて畑に向かった。
「これはどこに種芋を埋めるんだい?」
「盛り上がっている所だって。凹んでいる所が人の通り道」
「ああ、ここが。にしても、私の畑よりも通り道が広いね」
一人と半分の幅でと、百科事典に言われてその通りにやった結果だ。
「それもチートがね。それと、種芋は私の手首から脇までくらいの間隔で植えるらしいわ」
「随分な感覚だね。成長がどれほどか分からないけれど、その半分くらいで植えた方が収穫量も増えると思うよ」
「うちの畑だと更に感覚が短いよね。でも、そうしろってさ」
「そうなのか。とりあえず、チートのやり方の通りにしてみた方が良いね」
「あんまり従いたくないけどね」
肥料についてだけ違うのかと思ったら、些細な所でも違う。やっている内に全否定されているみたいな感じに思うようになっていたけれど、世界が滅ぶとか脅されたら、やらざるを得ない。それでも準備が終わった時には、昨日みたいに喜びはしたけどね。
「今まではこれで良かった。でも先を思うと別の道にするべきだ。という事はそれなりにあるよ。それで、良い結果になったのなら、凄いと喜べば良い。悪い結果になったのなら、それ見た事かと、元のやり方に戻したら良いんだよ」
「そういうものかな?」
「その方が、あんまり抱え込まないと思うよ」
「そっかぁ……」
父さんの言葉は、そんなに響かなかった。でも、父さんは以前、別の仕事をしていて、それを止めてメシイモ農家になったらしいから、そういった経験の上での言葉なのかなと思って頷いた。
「しかし、植える前でこんなにも違うと、植え方にも違いがありそうだね。この盛り上がっている部分も足首よりも少し上くらいの高さだしね」
その辺りの事はまだ聞いていない。植えた物の場所と水捌けが良くなるとかしか聞いていなかった。
「百科事典。そこの所はどうなの?」
(種芋を植える時の深さは、人の通る道と同じ深さで大丈夫です)
「え、それで良いの? 陽の光がーとか言ってたのに?」
(初期の時には根付かせる事が重要です。収穫までの全ての期間に言える事ですが、直接費の光を浴びさせない事も重要なので、表面はしっかりと土をかぶせてください。完全に埋めてしまい、最初の盛った状態にしてはいけません)
「植えても元の状態にするのはいけないのね。中々面倒ね」
「難しそうなのかい?」
「手間なだけ。この高さまで盛ったのに、植える場所はこの位置なんだから」
自分達の位置まで掘るというのも面倒だった。今までなら、適当な感覚で、畑が平らになるように戻せば良いだけだったから。
「ああ、なるほど。今までなら、傾いたメシイモにだけ盛り土をしていたけれど、これなら自然と成長に合わせて土をかけていくから、この高さに届く頃には土台が安定するという事だね」
「父さんには理解出来たの?」
経験の差だろうか。父さんは百科事典の方法の利点に気づけたらしい。
「今までは適当に穴を掘って植えていただろう。でも、この方法だと埋める深さは同じで、最初の頃の成長度合いも分かりやすい。次回から取り入れてみよう」
もうこれ以上は種芋を置いとけないからと、父さんは、せっかく気づいた方法を試せずに惜しいという表情をしていた。
「じゃあさ、私がもらう分、そっちの畑に植える量は減る訳でしょ。じゃあ、その部分だけはこの方法をしてみたら良いんじゃない?三種類のやり方の結果が見られて良いと思うんだけど」
「そうだな。良い所に気づいたじゃないか、ルイシア」
私の提案に、父さんは嬉しそうだった。
この後も、父さんはどうせならと四つ目の育て方として、種芋を植える時にだけ肥料を使うというやり方を提案してくれた。
父さん的に百科事典のやり方が刺さったみたい。
「じゃあ、私は早速場所を作ってくるよ。種芋は何時もの場所にあるからね」
「うん、分かった。腰に気を付けてね、父さん」
やる気を感じさせる背中に、私は心配して声をかけた。
「大丈夫。はしゃいで無茶はしないよ」
父さんは楽しそうに笑いながら自分の畑に向かった。
「じゃ、種芋を貰う前に穴を掘りますか」
こうしていよいよ、メシイモ作りが本格的に始まった。
そして、種芋を植えてから数日後、私は百科事典に向かって叫んだ。
「ねえ、おかしくない?」
(あなたの頭がですか?)
「そうじゃなくて、この畑っ」
(現時点であなたは十分な仕事をしていますよ。少し休憩してはどうですか?)
「やっぱり私の頭の心配してるじゃない」
駄目だ。百科事典にとってはこの畑の状態は当然の結果らしくて話にならない。
私は、この数日で既に今までのメシイモと違う点を発見していた。
芽の伸びる速度が違う。
初日に植えた後はまだそうでも無かったのだけれど、二日目からがもうおかしい。
朝に確認したから良いじゃないと百科事典に言っても、見に行きましょうと急かされ、お昼過ぎに畑を見たら、薄っすら土から肌が見える子がいくつかあった。
そんなしっかりと土をかけていなかったから、この時は風の仕業かなと思っていた。
でも三日目のお昼辺りから違うと気づいた。
今までの二~三倍の速さで成長している。
日に三度、盛り土をする事になったのには驚いたけれど、それが日課に、酷い時は四回目の盛り土が必要だったりするとか、誰が想像しただろう。
百科事典が必要な時に教えてくれなかったら、確実に幾つかの苗は倒れていた。
「ねえ、これが肥料の力なの?」
(環境もありますが、中でも大きいのは肥料ですね。これであなたの苦労も報われたのではありませんか?)
労いの言葉? 違う。今の百科事典の発言は、私の心の傷口を更にえぐるものだった。
「報われる訳ないじゃない。まだまだこんなものじゃね……」
そう、私は忘れない。
村の子どもの純粋な疑問を。消える事は無い。村の子どもが大きな声で周囲に伝えた事実を。
(次のメシイモの収穫の時には変わっていますよ)
だからもう思い出すんじゃないとでも言いたげな百科事典。
「そんな訳にはいかないの。あの時の事が、まだ数日前の事だけど……。いえ、だから? そう、だから鮮明に思い出されるのよ」
それは、ある日の事。
私が荷車で頑張って肥料を運んでいたら、母親と一緒にいた子どもが言ったんだ。
「おかーさん。あのひと、うんこばからうんこもらってるよ」
子どもっていうのは、印象に強く残ったものを強調する。ここでの小さい子にとってそれは、まさに“うんこ”だった。
「こら、うんこばじゃないの。廃棄場だから」
そう、私ではなく、言葉の間違いに意識をそのまま持って行ってと、私は願った。
でも、小さな子どもがそんな願いを聞き入れる訳が無い。
「うんばか?」
なんか、より酷くなっている。最初はそのまま通り過ぎようとしていたけれど、この酷さを増した単語には足が止まった。
でも、ただ違うと否定して、小さな子どもは理解できるだろうか?
そんな疑問が生まれ、注意しようと思った子どもに視線が向いた。
「こら、いい加減にしなさい。あのお姉さんは、チートを使ってるの」
「うんこを使えるチートぉ? やだぁ、ばっちぃのっ」
もうね、この時の子どもの母親は血の気が引いた顔をしていたのね。だって、子どもの言う事とはいえ、度が過ぎればしかるべきだものね。
でも、この時の母親は、私が運び途中の肥料を投げてくるかもしれないと思う。
村の人間が誰もしなかった事をしている。
廃棄場から持ち帰るなんて、今までの常識に当てはめると明らかにおかしい行為をしている私。そんな相手と向き合っている状況は、母親としてはそれはもう警戒するものね。
もうね、母親は焦りに焦って考えがおかしくなっていたんだろうね。
突然あんな事を言い出したんだから。
「ばっちくない。私達は、食事をしたらうんこを出すチート持ちなんだからね」
子どもは、母親の大きな声に動きが止まった。でもすぐに動き出して言った。
「だからかっこが違うんだ―」
ときゃっきゃと笑い出した。
私は、再び荷車を引き始めた。子どもの純粋な目線で見た時の言葉を延々と繰り返しながら……。




