お一人様 王都観光 出発編
王都観光の朝は早い。何故なら、私がいつもよりも早く目を覚ましたからだ。
部屋の扉を開け、少し顔を出してみる。
外の動きで王族達が起きないようにと、静かに、それでいて忙しなく女中さん達が仕事を始めていた。
昨日は皆が仕事を終えた後だったし、出かける事とかを早めに伝えないとね。
私分の食事を無駄にしちゃ悪いしね。普段の食事時間から考えると、まだ下ごしらえをしてる頃だと思う。
私は、丁度良く部屋を通り過ぎようとしていた女中さんを呼び止めた。
「すみません。今日はこれから出かけるので、朝食は要らないと伝えてもらえますか?」
まだ住人は眠っている時間に声をかけてしまっただろう。
声をかけられた女中さんは驚いていた。
「朝食を取らずにですか? そのようなお話は聞いておりませんが」
「昨晩、王子様が訪ねてきたんです。その時に報酬の一部を貰ったので、帰る前に王都を見て回ろうと思ったんです。あ、王都って何時頃からお店が開くか分かりますか?」
「ヌマリンス王子様が昨晩こちらに!?」
姿勢を崩して倒れかける女中さん。そんなに大きな反応をするほどかな?
王子が理由で呼ばれている相手なのだから、大げさな反応をしなくてもいいと思うんだけど。
「お、王子様はこのおでかけについて何と?」
「昨日伝えたから知っていますよ。それより、お店が開く時間を知っていたら教えてもらえますか?」
「え、はい。そうですね。お城でラッパがなりますよね。その頃合いには早いお店だと開いていますよ」
ここに来てからあれで目を覚ますんだけど、王都ではあれが開店の合図だったんだ。
「じゃあ、ラッパよりも前に出かけなくちゃ」
お城から王都までの移動距離も考慮して、支度を始めよう。
「では、着替えの用意を急がせますね」
「いつも着させてもらっている服で大丈夫なので、必要無いですよ」
「それはいけません。せっかくのお出かけなのですから」
ググイッと女中さんに止められてしまった。
普段着させてもらっているドレスは引きずらないし、膨らんでないからそっちの方が良いんだけどな。
でもそっか。王族に招かれた形だから、王都を歩くのなら、それなりな恰好じゃないとお客に不自由させたとかそんな悪評になっちゃうんだ。うん、きっとそう。
なら、ここで普通断って女中さん達を困らせてはいけないわね。
「分かりました。では、歩くのであまり動きの邪魔にならないような、普段の服に近い物でお願いして良いですか?」
フリフリで裾とかがブワッと広がった服を持ってこられても困る。だって座れないし、テーブルまで手が届かないかもしれないもの。
「かしこまりました。では、失礼します」
「はい。よろしくお願いします」
互いに頭を下げ、女中さんと別れた。
平民相手でも王族貴族が関わるとあれこれ決まりがあって本当に大変だ。改めてそう思わされた。
朝のお願いから少しして、いつもの人達が私の服を持って部屋にやってきた。
「普段と違う動きをさせてしまってすみません。でも、今日しかないと思ったら待ちきれなくて」
迷惑をかけた事には違いないので、謝罪から入る。
「知らせを聞いて驚きましたよ。いつの間にそんな深い仲になったのですか?」
「深い……仲? 私を気遣い、王子が来てくれただけですよ」
一つの山を登った仲ではあるから、関係は確かに深くはなっただろう。
「確かに今のままでは人目を避ける必要もあるでしょうね。ですが、私達は応援しますよ。ええ」
人目を避ける……。確かに、正体不明の平民と親しいとなれば厳しい目をする人が多そうだ。貴族とか。
なんかすごくワクワクされているけど、私達の関係は良くて友人止まりだ。だからそんなに興奮するような話ではない。
女中さん達の様子的に、物語で描かれているような事が起こったと勘違いしている節がある。歴史の証人のような立場に自分達が居ると感じているのだろう。
彼女達がときめくような事は一切無いのに。
「はい、出来ましたよ」
ちょっと観光するだけなのに、偉くめかし込んだものだ。
鏡越しの自分が自分とは思えない。
もしもこの姿が当たり前な世界だったら、私の性格は非常に明るいものになっていただろう。
(それは――)
百科事典が何かを言いかけた。でも珍しく言葉に間があったから止めた。
今私が思った想像の先を思うとげんなりしたから。出会いを求めて町で暮らす同年代のような性格も行動も、私には合わない。
思えば、彼女達にはここに来てからお世話になりっぱなしだった。礼儀作法とか全然知らない私に対しても広い心で接し続けてくれた。それに私の状況を理解し、気にかけてくれていた。
そんな彼女達とももうすぐお別れなんだと思うと、とても寂しく思う。
お客さんだから丁重にしてくれていただけかもしれないけど、言葉以外で感謝をしたいと思った。
私のこの想いを形として贈れそうな物を見つけられたら良いな。
その後、まだ時間がありそうだったから、詳しく話を聞いてからお城を出た。
お城の周辺には城壁を隔てて貴族達が暮らす屋敷が並ぶ。女中さん曰く、貴族街と呼ぶらしい。
建物は富の象徴なのか、どれも三階建てで、端から端までが長い建物が並ぶ
村では見る事の無い珍しさに、見て回りたいところだけど、そこはお貴族様のお屋敷。
じろじろ見ては不審者扱いで捕らえられるかもしれない。
目的の場所の傍にある屋敷だけをちらりと見るだけにして通り抜ける。
貴族街の門の周りの建物は、王都に近い町で見た積み上げて作る頑丈な石の建物と同じだった。
どれも民家という感じじゃない。こんな時間に人が忙しく働いているけど、家族総出での掃除という感じでも無い。どうやらお店らしいけど、開店前の掃除中?
(はい、そうです。この辺りのお店が開くのは四時間後からです)
それって、私が王城で朝食を食べている頃くらいの時間だ。
という事は、王族や貴族が使うから建物も見栄えのする物にしてるのかも。
そんな場所に村娘が自分なりの優雅さを演出しつつ一人で歩くのだから、妙なおかしさがこみあげてきた。
周りは静か。でも、耳を澄ませば遠くの方に活気を感じる。
この妙な静けさは何なのだろう。
「ねえ、百科事典。ラッパが鳴る前なのは分かってるんだけど、なんでこんなに静かなの?」
(平民と違い、貴族の朝は遅いのです。なのでお昼前後から開くお店ばかりなのです)
そういえば、最初に来た頃は食事の時間がずいぶんと遅く感じられたっけ。
「じゃあ、この辺りのお店のご飯はまだ食べられないって事?」
(はい。王都の平民が暮らす区画まで向かう必要があるでしょう)
という事は、にぎやかな方へ行けば良いって事ね。でも平民の食事処なら私の舌にも馴染みだろうから、それはそれで楽しみだわ。
王都一番の食事はもう食べている。だから、当てが外れてもそんなに残念がる事は無い。
百科事典に教えてもらった平民層の区画に行くと、既に多くの人が動いていた。
遠くから聞こえていた活気の正体に驚きと感動を覚えた。
「さすが王都ね。この時点で村よりも人が居るっ」
ちょっと人が居る場所に出たら、見た事の無い人数の人達が歩いていた。しかもぶつかる事無く移動している。
ぱっと視界に入る人の多さは、隣町の人口と合わせても足りないくらいかも。
(そんな事はありません)
「そうなの? 向こうの端まで人が詰め込まれた景色は初めて見たわ」
これが王都。これがこの大陸の中心地なのか。
(お上りさんになっていますよ)
うっ、嫌な指摘のされ方に一瞬動きが止まる。田舎者なのは自覚しているけれど、言われると傷つく。
(このまま王都の観光名所になるつもりですか? まだ人の少ない通りの真ん中ですが、通行の邪魔になりますよ)
道の真ん中で興奮して邪魔する平民、なんて名所は嫌過ぎる。いや、この場合は迷所? どっちにしても嫌過ぎる。
「へ、へ~んだ。もう来る事も無いし、別に恥ずかしくないんだからねっ」
嘘。ほんとは気恥ずかしくなってる。気持ちの高ぶりを自覚しているから、顔のほてりも感じているから、相当だ。
(あなたの一部なのですから、嘘は無意味という事を忘れていますか?)
私とは全然違う考え方だから忘れがちだけど、そうだったわ。
「さ、さ~て。今日の朝ごはんはぁ~」
誤魔化すために出した声が上擦っている。でも百科事典は何も言わない。いや見過ごしている!?
この不毛な恥の上塗りを続けては駄目だ。心が折れる。
そう思った私は意識を強引に逸らした。朝食を探そうと。
だって、ラッパの音が聞こえてきたから。
すると待っていましたとばかりにお店から人が看板を抱えて出てきた。
村でもフドクルさんのお店がやっていたら看板を出していたっけ。王都でも看板を出すのが開店の知らせらしい。
そういう決まりが在ったのかと驚いている間にも、王国民達がお店にどんどん入っていく。
いけない、このままじゃどこの店も満席で入れなくなっちゃう。
右往左往を繰り返し、並ぶお店の種類すらも分からない。
少し早く出て、ゆっくり選んで決めようと思っていたのに、こうなってしまっては何も決められない。
完全に空気に呑まれ、混乱している。
(呼吸を)
百科事典の声。そうだ、落ち着け。落ち着け、私。
私はただ、朝食を食べようとしているだけなんだ。目的はしっかり覚えているから。
深く呼吸をし、自分を取り戻す。
荒れた川に激しい人の流れの中に、私という太い杭を刺して流されないようにするんだ。
焦る事は無い。自分が求めている物を掻き分けて取り出すだけなんだ。
勝手に追っていた人の流れる様から意識を外そう。次は、周囲の音を取り除く。
すると、お店の位置が見えてきた。外見、匂い、看板と、自分が欲しているものをたどる手段を見落とさない。
「うん、王都の主食を探してみよう」
これだけたくさんのお店が並んでいるんだもの、王都の主食の全てがメシイモだなんて事は無いはず。王城での食事だってメシイモが基本だった訳じゃないんだから。
仕事柄、メシイモを贔屓してしまうけれど、村の発展の事を考えて新しい物を探していく。
思い出すんだ。私は、その情報を既に持っている。
メイドさん達が教えてくれた事を思い出すんだ。
と思った所で、お勧めされたお店はどれもまだ開いていない貴族の通うお店だけだったけどね。
でも、似るか元となった料理は、探せば平民が通うお店の中にもあるはずだ。
うん、形になってきた。
後は百科事典を使えば場所も一番美味しい所もすぐ分かるだろう。けど、使わない。
頼ってしまえば、一番の場所だけを目指すだけになる。
目的をはっきりさせて、その中で私の関心を引いたものも知っておきたい。
私のそんな考えを理解しているからか、百科事典は答えを言わない。
「よーし、始めるぞぉっ」
意気込み、歩き始める。
探し始め、一軒のお店に意識が引っかかった。そこは、一枚窓越しに中の様子を伺う事が出来るお店だった。
近づき、看板でお店を確認。食事処である事が分かり、覗いてみた。
食事をしている人達は皆、メシイモとは違う何かを盛られた皿と対面していた。
お城でもその料理を食べた事が無かったけれど、その正体については聞いていたため、すぐに分かった。
最近噂になっている料理と同じ種類の物を出すお店みたいだ。お客の様子を観察しても渋々とか仕方なくといった様子で食べてはいない。皆、味を知り、これが良いと分かった上で食べているようだ。
ここで渋々な反応や、店員の様子が悪かったら入るのを止めようと思ったけれど、そんな感じは無かった。
お店の入口から続く列もさほど長くない。すきっ腹でも待てる長さに、私はこのお店から食べ始めようと決めた。




