夜の来客
パフェを食べた事により、王子のチート事情は大きく変化した。最初に限度を超えた甘さを摂取したから暴走していた事が分かり、砂糖一さじから初め、二週間後には貴族のお菓子を食べても倒れなくなった。
糖の排出も吸収も自在になった。もうどこでどれほど甘い物を食べても大丈夫そうだ。
後は使い所をについて考えるだけだから、私が居る必要が無いと思う。
私がお城で暮らすのも後数日だろう。
「あー、今すぐにでも帰りたいなぁ。ねえ、百科事典。一番早いとどれくらいで帰れると思う?」
重荷が無くなって、その日を待ちわび、浮かれる心が止まらない。
(浮かれていますが、本当に良いのですか?)
私がここに居る理由は無い。なのにどうして百科事典はそんな問いを投げかけるのか。
「何よ、百科事典。私にまだお城暮らしをさせたいの?」
私はもう十分にお城で過ごした。それに理由を付けて居座ろうなんて思わず、居続けようとも思わない。都会に憧れの無い私にとって、あの自他ともに認める辺境の村が一番良い。今回の事でそれが良く分かった。
(そうでは無く。いえ、すぐに分かりますね)
まるで気にしろと言わんばかりの会話の切り方だ。
「何さ。話し相手にもう少しなってくれても良いでしょうに」
言い淀みも気になるけれど、素っ気なさも気になる。
自身のチートながら、本当に従順じゃない。
不満を感じていたら、部屋に来客を知らせる音が。
「はいはい、こんな時間にどちらさま~?」
女中さんなら既に用事を告げているだろう。そして、今の私の声で入ってくるはず。
なのにそれが無いのは、女中さんでは無いという事。
この時の私は、家にもうすぐ帰れるという思いが強すぎて失念していた。
「もお、どうしたの?」
何時まで経っても反応が無く、私が扉の前で再度呼びかけても反応が無い。
仕方がないからと、私が扉を開けた。その先に居たのは王子だった。
「な、なな、なんで!?」
緩み過ぎていた気持ちが締めすぎなくらいに引き締まる。
「いや、夜分に尋ねるのは礼儀としてなっていないのは分かっている。しかし、少しでも早く、感謝を直接渡したいと思ったのだ。あなたには本当に助けられたから」
今夜は随分と紳士的な振る舞いで驚いた。普段は俺様感があるのにどうしたというのか。
でも、何を言おうとしているのか、目的は分かった。やっぱり、お役目の終わりが近いと。
「無事に役目を終えられそうで良かったです」
失敗したら王都の肥やしにされていたかもと怯えていた頃を思い出し、、心の底から安堵している。
「私も、医者でも研究者でもない者を呼ぶと言われた時には不安しかなかった。だが、今ではあなたで本当に良かったと思っている。これは、一部ではあるが先んじて渡そうと思い、持ってきたお礼だ」
それは巾着袋だった。何かなと思って受け取ると、ズシッと来る重さが。
これは何? と慌てて確認すると、普段持つ事の無い金属が入っていた。
「えっと、これは?」
「銀貨だ。先ほども言ったが、それは報酬の一部だ。残りは帰る時にちゃんと手渡す」
この量で一部? 頭の中で疑問符が大量に浮かぶ。
「いや、これだけで十分なんですけど。多分、村だと十年単位で過ごせそう。メシイモ食べてたら、一生暮らせるかも」
村の中では物々交換が基本。だから実際の所は全く分からない。
「あなたの村ではそれほどなのか!? 流石に生活を抑え過ぎではないか?」
王子はこのお金がどれほどの日数で消えるものだと考えているのだろう。私としては、手間は感じても抑えているとは思っていないのだけど。
「まあ、私の村は物々交換で回ってたから。あ、村長とか、職人職だったらきっとお金持ってますから。うん、きっと」
材料を買う場面に立ち会う事なんて無いから、本当の事は分からないけどね。
「そうなのか。私も不勉強ですまなかった」
自分の知らない常識を聞いてしまったと驚く王子。
「えっと、それで? どうして報酬の一部を今?」
分割にされる理由が分からない。
「あなたは、私物を準備する暇も無い状態で連れてこられたと前に言っていた。だから必要だと思ったのだ」
今更!? と思わずにはいられない。その感情は表情にも出ていたのだろう。王子はその今更な理由を説明してくれた。
「今までずっと城内に居るだけであっただろう。王都を知らずに帰してしまうのはあまりにもかわいそうだと思ったのだ。せっかく来たのだ、お土産などを買いたいだろう」
ああ、だからね、と理解で来た。それに、忘れていた事も思い出せた。
「そういえば、最初の頃は王都見学とか考えていたっけ。村に戻りた過ぎて忘れていました」
どうやら百科事典が言わずにいたのはこれの事のようだ。そう思うと笑っていた。
「すまない。私のチートのためにそこまで追い込んでいたとは……」
もう過ぎた事なのだけど、王子は私が知る中で一番の落ち込み具合だった。
「そんなに落ち込まないでください。普通なら体験できないような時間を経験させてもらったんだから。悪いだけって事は無かったわ」
お城で着ていた服は肩が凝るばかりだったけど、寝れば疲れが一気に取れるあの寝具は素晴らしかったし、普段の食事は本当に美味しかった。
おかげで調味料を集めたくなるほどだった。
「それに、貰ったこのお金があれば買い物が出来るし、やりたかった事も全部やれた事になるから」
ほぼ強制な役目もしっかりとやり遂げられたし、満足した気持ちで帰れる結果となった。
最初の頃の不満なんて、今となっては思い出話の味付けだわ。
「実は、報酬を全て渡そうとしたが、ムゼーランに止められた」
「ムゼーランさんに?」
そういえば、なんだかんだとムゼーランさんは王子の練習に最後まで付き合い続けていたなぁ。にしても、このお金が一部だって言うのなら、全額ならどれほどの量になっていたのだろう。
今でもちょっと持つのが辛くなってる重さだ。想像したら動けなくなりそう。
一生を過ごせそうな金額を前にして正気を保っていられるかも心配だ。そう考えると、ムゼーランさんが止めてくれたのは良かったかもしれない。
「それでなんだが、王都を見る予定は決めているのか?」
私の予定を気にするなんて、どういう事だろう? ああ、何か用事が在った時に居場所が分からないと困るわね。すぐにでも帰れそうな雰囲気だし、行動は早い方が良いかな。
「早速明日、王都に行ってみます。明日は体力を使い切るつもりで頑張りますよ。という訳でお休みなさい」
「え? あ――」
王子にお勧めのお店を聞いてもきっと私の身分じゃ門前払いだ。なら、朝一で女中さんに聞く方が良いだろう。
村の役に立ちそうな物との出会いとか、活かせそうな料理とかとの出会いを思うとワクワクしてきた。何なら今からでも行きたいくらいだ。
(酒場と宿屋しか開いていませんよ)
「分かってるってば。だから早く寝るのよ」
そうだ、食事。せっかくだから、王都の人達の朝食を食べてみるのも良いかも。
となったら、明日の朝食は断らないと。それで、着替えたらすぐに外に出よう。ここぞとばかりに王都を楽しむんだっ!!




