庶民の味 故郷の味
「はい。という事で今日はイモパフェを用意しました」
蒸し器の準備期間一日半という驚きの速さと、その間に届いたメシイモを使った私作のイモパフェが出来たので、王子に食べさせる時が来た。
「これがイモパフェというものか。石鹸の泡立ちを思わせる柔らかそうな形だ」
初めてみる食べ物をまじまじと見る王子。
もう一人の方はというと……。
「おお、追い求めたイモパフェが眼前にあるこの喜び。一体誰に伝えるべきか。神か、大地か、空の星かっ」
興奮が過ぎる。チートが関係したメイティアよりも興奮してるわ。
でも、これでも最初に出会った時よりも落ち着いてるんだよなぁ。
まるでご神体のように崇拝している姿に、気持ちはこの部屋を出るほど後退り。
実際に部屋から逃げ出さなかった私は、自分でも偉いと思う。
「両方とも毒見はしてもらっているので、大丈夫ですから。だから早く食べてください」
自分の料理を王族と貴族に食べてもらう異常な状況に耐えられない。
私は平民で、料理に関するチートを持たず、料理人を目指していないのだから。
「ああ、そうだな。いや、これをルイシアが作ったのか。そうか」
毒は無いと言っているのに、何をそんなに慎重になるのかと思うほど、王子はスプーンをゆっくりとパフェへと運ぶ。
ムゼーランさんは、好物を奪われるものかとばかりに、どうぞと言った途端に食べ始めた。そこに貴族の礼儀は在ったのだろうか?
「ムゼーランさん。どうですか?」
あっという間に半分を食べているのだから、かなりの高評価だろう。貴族を唸らせる腕があるのかと、ちょっと心が躍った。
「私が町で食べたものの方が美味しいですね」
容器を空にしたムゼーランさんが言う。
「その勢いでその反応!?」
「はい。素材良しで完食しましたが、これで食べているお店とは実力に差が出ますよ」
そう言われると頷くしかない。
食べられれば良い生活しかしていないから、フドクルさんみたいな工夫も思いつかないしね。
「ムゼーラン。手を回してここまでさせた相手にそれはあんまりではないか?」
「いえ、王子。これは愛のむちというものです」
「愛の……むち?」
ムゼーランさんの発言に、まったく求めていないおせっかいの気配がした。
「はい。彼女はメシイモの質を上げた功労者です。メシイモに秘められた潜在能力を引き出したのです。なので、料理人では無いからと安易な賛辞を送ってはいけません。何故なら、この後に続く可能性を閉ざす恐れがあります。ですから、ここはあえて厳しい言葉を選んだのです」
「な、なるほど……」
いや、そこで唸らないで。私は更なる高みなんて目指してないんだから。
「という事で。王子も食べてルイシアさんの成長を促しましょう。……っと、待ってください」
急に真剣な声色を出すムゼーランさん。
「どうした、ムゼーラン」
「そうですよ。どうしました?」
私達もただ事では無いと感じ、声が真剣になる。
「王子。そのパフェを食べて何も変化は無いのですか?」
王子の物を見れば、数口食べた後が。
「ん? ああ、無いな。普段貴族が食べている物よりも私の口に合っている。しつこくなく、口に入れてからずっと内面を削っている感覚も無い。それに何故か、これを食べていると故郷の母を思い出す」
その言葉の後に王子の瞳からツーッと涙を流れた。
あれ? なんか限られた人しか知ってはいけない秘密を聞いてしまった感じがする……。
一気に血の気が引くのを感じた。もしかすると、気づいていないだけで、本当に体から流れ出てしまっているのかもしれない。怖くて下を見れない。
「王子。民を混乱させる発言は止めてください。ルイシアさん、大丈夫ですよ。王子は王と王妃様の子どもです。ちゃんと血が繋がっていますからね」
「ほ、本当ですか? 私、存在を消されたりしませんか?」
「しませんしません。さあ王子。ちゃんと説明してください」
ムゼーランさんがちゃんと大人としての立場で場を収めようとしていた。
「ああ、すまない。しかしだ。何故か分からないが、雄大は畑の中で母が私を出迎えてくれる光景が浮かんだのだ。母がそのような場所に居る訳も無いし、畑仕事をした事も無いというのにだ。もちろん、私の故郷と言えばこの王都、城だ。だから今言った場所が故郷という事も無い」
良かった。どうやら私は極秘情報で消される事は無さそうだ。
「そう。なら良かった」
本当に良かった。ほっとしたら疑問が浮かんだ。
「じゃあ、なんでそんな光景が?」
「分からない。視察でもあれほどの畑は見た事が無い」
「百科事典なら分かるのかな……」
ぽつりとつぶやくと、チートが発動した。
((心象風景です。王子が見たのは、心が求める癒しの場所でしょう。イモパフェの今までとは比べ物にならない心や体に優しい甘さによって、自身のしがらみを開放し、それでいてありのままの自身を受け入れる懐の大きな場所を夢見たのです。これらが広大な畑の中に立つ母の姿を見せたのです)
「へぇ~、そうなんだぁ」
王子なんて立場なんだから、確かに私が想像すらできないほどの重圧を感じていて当然ね。
「どうしたんだ、ルイシア。何か分かったのか?」
「ええ、はい。百科事典はこう言っていました」
今聞いた話をそのまま王子達に伝えた。
「それはつまり……」
説明を聞いた王子は左手で顔を覆った。分かりやすく表現すれば、そういう事なのだけど、王子には自覚が無かったらしい。
「ひどく疲れているのだな。私は」
「まあ、そういう事だと思います。はい」
誰かの返事が欲しそうだったので、頷いてあげた。
「もしかするとですが。王子が今現在、自身のチートに振り回されていないのは、心的疲労を感じていないからですか?」
「え?」
「あ、そういえば……」
王子がずっと意識を保ったままでいる。それに足元に糖が落ちていない。
「今までみたいに体から糖が出る感覚とか、力が抜ける感じは?」
「いや、無いな」
話を聞いている間も何の問題も無さそう。チートが発動していない?
「王子。手の上に食べた分の糖を出すとか出来ますか?」
もし制御出来ているのなら、自らの意思で出す事が出来るはず。
「やってみよう」
王子も含め、私達の視線は彼の右の手のひらに向けられた。
私とムゼーランさんは、彼の邪魔押しないように呼吸の音にすら気を遣う。
呼吸を止めていた。酸素が欲しいと体が震えだした頃、王子の手のひらに変化が。
「で、出来たぞっ」
見れば指の第一関節程度の大きさの糖の玉が生まれていた。
「王子、体調は!?」
ムゼーランさんが詰めて確認する。
「いや、大丈夫だ。倒れない量をと考えていたからか。これが食べた分の量なのかは分からないがな」
もしこれ以上の大きさや追加で出したら倒れる可能性があるって事ね。
「それに、王子が触れていても糖の玉が消えてませんね」
ムゼーランさんが気づく。
「あ、ほんとだ。今までなら、触れた瞬間に吸収されていたのに」
今までのケーキとの違いは何なんだろう?
「そうなのか? もしかすると危機的状況であるかの違いじゃないだろうか」
それって、あのケーキは致死量の糖が入っているって事になるんだけど……。
危険すぎるそれを王族や貴族は喜んで食べていたって事? それとも王子だけ?
「今までのは体に急激に糖が入った事に対して、チートが体を守るために勝手に動いたって事?」
「そうだ、ルイシア。今の私は倒れていない。恐らく、危険な量ではないと判断したのだろう。思えば、料理の中で感じた甘みには反応していない。今なら操れるかもしれないぞ。よし、試してみよう」
今度は何をするつもりだろう。王子の手のひらに視線を向ける。
彼の手にあった糖の玉が溶けるように消えた。
「今のは?」
「体の中に取り込もうと思ったのだ。今度は出してみよう」
私の問いに答えた王子は、吸収した糖の玉を外に出した。
「自分で操れてるっ!!」
「おお、出来てる。出来ているぞ」
自分でも驚く王子。
「これは……。これは大きな前進ですよ、王子」
ムゼーランさんも嬉しそうだ。
「ルイシアさん。まだイモパフェはありますか?」
首が吹き飛びそうな勢いで私に尋ねてくるムゼーランさん。
「え、はい。ありますよ」
「なら全部。全て持ってきてください。無ければ作ってください。何なら材料を全て、今から使ってください。お願いします」
「全部って……。もう出来てる分だって、ムゼーランさんに言われた量で作ったら凄い量だったんですよ。それを追加って」
「かまいません。王子が食べられないのなら私が食べます」
揺るがない決意の眼差し。前例があるせいで本気であると、嘘じゃないと分かる。
「分かりましたよ。では、持ってきます。で、作ってきます」
私も少しは食べられるかなと思っていたけど、この様子じゃ無理そうだ。
出来ていた蒸しメシイモは、大皿を用意してもらって全て移した。私一人では持てない重さで、流石に人の手を頼らざるを得なかった。
「これで全部です」
「これは……。私の胃に収まる量ではないぞ」
うん、私もそう思う。三人で食べるとしても限界を超えている。
「大丈夫ですよ。私も居ますから」
戒めを解き放つかのように、服を緩め始めるムゼーランさん。確実に食べるための方法は心得ているらしい。流石、酒場の店主を根負けさせた人だ。
「まずはどんどん食べてください。王子。何か新しい事が分かるかもしれませんよ。それに、食べないと私が食べてしまいますよ」
やはり自分が食べきるつもりらしい。
「そ、そうだな。ルイシアが用意してくれたのだし、しっかり食べなければならないな」
王子は目の前の蒸しメシイモの量で冷静では無いのか、おかしな点を指摘せず、食べる事に意識が向けていた。にしても、私を理由に無理をしようとしないで欲しい。
冤罪は避けたいし。
「王子はお腹がはち切れるまで食べようとはしないでくださいね。美味しく食べられてこその料理です」
「もちろんだとも」
本当に理解してくれているのかな? チートの問題を一応は乗り越えた。その喜びで判断が緩くなっていないか心配になる。
その後、彼は大皿の三分の一ほどの量を食べてスプーンを置いた。
いくら糖が出せるとしても、年頃の男子だったとしても、限界はある。
そう、本来ならあるんだ。
私は、ムゼーランさんの方をちらりと見てそう思った。
彼は、王子が限界を迎えた直後から、スプーンの動きを速めた。誰にも渡さない。これはすて自分のメシイモだと言わんばかりに。常軌を逸し、社会的立場も捨てたその食べる姿には、隣町の酒場の店主もこれを見続けて落ちたんだなぁと納得せずには居られない。
視線から外し、戻す度にメシイモが消える量に慄く以外の反応が出来ない。
ムゼーランさんがお腹を撫で始めたのを見た頃には大皿は洗われたように奇麗になっていた。




