光明はメシイモ
王子とチートの訓練を始めてから、気づけば一週間が経っていた。
この一週間で、王子は一口の量を変えて頑張った。
その結果、二十分までならあの甘いケーキを一人分に切り分けた物を四皿までなら糖を出さずにいられるようになった。
口に入れる量をこまめに変え、二日、三日と初日の結果にめげずに試行錯誤を続けた結果だ。
でもまだまだ、会食や食後の会議などを想定すると足りないらしい。
ムゼーランさんは言うけれど、いくら糖を外に出せると言ってもあんな刺々しい甘みの暴力を食べ続けて大丈夫かな。
成長は確かに感じられるけれど、その歩みは遅い。
検証の時間が伸びるほどに結果を待つ時間も長くなる。
私達は思った。今のやり方では王子が国王になり、次期国王の問題に直面するような年齢になると。
言ってしまえば、私達は壁に当たってしまったのだ。
今日の訓練を終えて部屋に戻った私は、焦りに耐えられず、百科事典に尋ねた。
「ねえ。百科事典。王子のやっている事って今のままで意味があるの?」
(ありますよ)
「間違ってはいないんだ。でも、歩みが遅すぎない? もっとグンと伸びる方法は無いの?」
チートは使えるようになったら自分の考え一つで可能性が広がるはず。
どうして王子にはそれが無いのか不思議だった。
「何か理由があるの? どうなの?」
(理由があります)
「ほんと!? じゃあ、教えてよ。王子の助けになるでしょ」
(確かに“助け”になりますね。分かりました)
なんだ、手っ取り早い方法があったんなら、詰まった時点でさっさと教えてくれれば良いのに。そこは百科事典だわ。
「うんうん。じゃあ、教えて。もったいぶらずにさぁ」
(人はいきなり鍬を持てません。同様に突然歩けもしません)
何故ここで当たり前な事を言うのか。
「え、ああ、うん。そうだね。……うん?」
で、続きは? その言葉の意味は? と言葉を待った。
(以上です)
もっとさぁ、続くでしょ。それ、絶対続くやつでしょ。
「え、終わりなの?」
百科事典の勘違いという事もあると、確認する。
(はい、終わりです)
私には意味する所が分からず、困惑するばかり。
だからこの後も何度か百科事典に聞いたけれど、何も教えてはくれなかった。
翌日。私は昨日の助言を気にかけつつ、王子の食事を見ていた。
変わらず、何かに気付けもしない。
でも本当に少しずつだけ成長はしているというもどかしい状況。
改善はされているけれど、望む結果へ到達する時間を考えると、好転しているとは言えないじれったさ。
最初は変化を喜んでいた王子も、しびれを切らしたのだろう。
「何故だ。何故甘い物が食べられなくなったっ!!」
食べればチートが発動するほどの甘さ。それを毎日毎日、凄い甘党という訳でも無いのに食べ続けた結果、ついに感情が爆発した。
「こんな甘ったるいものに何の意味がある。何故こんな過剰な甘さを貴族達は喜ぶのだ。こんなくどい甘さなど最近ではないかっ。昔はもっとほどほどに、適度だった。良識の中にあった。それが今は何だ。こんな物、立場を強調したい良くまみれの奴らと変わらない。見栄や権力のためにただの菓子を華美させる事に何の意味があるっ」
一度食べたら忘れられないほど強調された甘みを、国のためにと食べ続けている王子には同情する。私から見ても、毎日見ていたせいか、これは一種の拷問のように思うもの。
「落ち着いて王子。成果は出てるから」
共感も同情も出来る。でも、助ける事は出来ない。
私に出来るのは今の彼を宥める事くらいだ。
「最初は良かった。しかし、こんな進みでは百年かかる」
私の手を取った王子の手は、いくつもの感情によって震えていた。
「それでも続けたら変わるわ。それに、いつまでも同じとは限らない。人は急に成長する事があるんだから。私なら畑を耕す時。あなたなら剣を振っていた時かな? 経験ならあるでしょ」
今は苦しい時の中にあるだけ。きっともうすぐ、あと少しの先に、きっかけがあるかもしれない。
私の言葉が届いたのか、王子の手の震えが止まった。
「そ、そうだな。すまない。まだ一週間を過ぎた程度だ。その程度で目に見える成果を期待するのは愚かだな」
王子は落ち着きを取り戻し、私の手を離した。
「どうやら次の手を考える必要がありそうですね」
ムゼーランさんが静かになった頃に言う。
「あの、そこで考える前に入ってきてくださいよ」
しれっと話を切り出すのは止めていただきたい。
そもそも、平民に王子の相手なんて任せないでください。
「いえ、こういう場合は異性の方が良いかと思いまして。ほら、王子も年頃ですし」
平民相手に何を言い出すのか。こっちはメシイモ農家の時期跡取りよ。王子が妙な気を起こす訳が無いでしょ。
「育ちが違うんです。王子も平民を相手にする訳ないでしょう。さあ、王子も何か言ってください」
私よりも関係が長い相手に文句の一つでもと、求める。
「ここで私に意見を求めるな」
だというこの返し。なんでこっちの顔を見ないで拒むのか。
「求めますよ。だって本人がからかわれているんですよ」
「しかし、ここでルイシアが居るというのに興味が無いというのは礼儀に欠くだろう」
なるほど、思いやりで言いたい事も言えないという訳ね。ふぅん、中々に紳士じゃない。
ま、平民相手に熱を上げるなんて物語の中だけだわね。
とは言っても、気遣いではあるけど、ここで否定してもらわないと誰かがこのやり取りを見ていて、私が王子に色目を使ってるみたいな勘違いされても困る。
だから徹底的に否定してもらわないと駄目だ。
私は王子にこれっぽっちも淡い思いすらない事と、王子にもそんな感情は一切無いって事を。
「私に礼儀とか考えないでください。それを考えたら、この場に私が居る事がおかしいんですから。ほら、言っちゃって。王子の口から言っちゃって」
理解しているから気にせずにと、王子に求める。
「あ、ああ……。あの、だな」
「はい、王子」
本人が居る前だからと、悪口に抵抗があるようで躊躇い気味な王子の呼びかけ。それに真顔で返事をするムゼーランさん。
「私が平民に、妙な気を起こす訳が無い……だろう」
どうだ? と私を見る王子。ちょっと語気が弱かったけどまあ良いだろう。
「……王子」
「何だ、ムゼーラン。笑いたければ笑うと言い」
「いえ。血筋を感じました」
「……」
王様も王妃様の尻に敷かれているという事だろうか。ちょっと知っちゃいけない情報だったかもしれない。
このままじゃ私が口を挟めないし、ちょっと気まずい空気の流れだ。
「ゴホン」
咳払いをしたのは、この状況を作ったご本人。
「話を戻しましょう。ここは料理を変えましょう」
「何故だ?」
「同じものばかり食べているから嫌になるのです。甘い物ばかり食べていたらしょっぱいものが欲しくなる。薄い味付けならば時には濃い味が欲しくなる。時として人の体は、真逆の物を求めるのです」
私はムゼーランさんが村に来た時の事を思い出した。
イモパフェで様子がおかしくなっていた人がどの口で言っているのか、と。
「あれ? ムゼーランさん。そういえば、ここではイモパフェの事を言いませんね」
まるで憑き物が落ちたみたいに常識人みたいになっている。今日までの事を思い返しても同一人物とは思えない落ち着きっぷりだ。
「ふふ、それはですね……」
もったいぶるも絶対に大した理由じゃない。私は関心低めな態度で続きを待った。
「あのメシイモが無いからですよ」
「あー、分かる」
大した理由じゃなかったけど、同意しかない理由だった。
「今までのでもおいしいんだけど、やっぱり物足りないっていうのかなぁ」
「分かりますよ。奥深くてくどくない甘さが重要なんですよね。イモなのに口どけで残らないとか」
「正に。正に、そう。さすが、ルイシアさん。違いの分かる農家の娘だ」
「そりゃあ、私の子と言っても良いですからね。こだわりの一つや二つくらいはありますよ」
二年も経つと自分の成果を実感するもので、チートに教わったとはいえ、誇りなども生まれる。
「イモパフェとは何だ? 聞いた事が無いぞ」
話の分からない王子が間に入れず、不服そうに言った。
「ああ、失礼しました王子。実は、王都には無い料理の話をしていました」
「王都には無い? それはその地域特有の料理という事か?」
「そうと言えばそうですね」
「そうか。しかし、材料と調理法が分かっているのであれば何を問題とする? 城でも用意出来るではないか。ムゼーランは、つい最近も油で揚げたメシイモの調理法を広めたではないか」
揚げメシイモの布教活動をしてるんだ、この人。でも、王都くらいじゃないと大量の油を料理に使うなんて出来ないよね。納得。
「それは素人の意見ですよ、王子」
王族相手に鼻で笑いだしたよ。肝が冷える事を行動と発言は止めてよね、ムゼーランさん。
にしてもこの人、ギリギリな部分を簡単に刺激するなぁ。
「では、素人では無い人間の意見を聞かせてもらおうか」
「良いでしょう。私が現状で不可能な点を申し上げましょう」
国家税務官もこれに関しては素人の部類に入るんじゃ? と思ったけれど、この状況で口を挟み、怒りを買って振り子にはなりたくないから黙っておこう。
「まず、調理法が分かりません。第二に適したメシイモが切れているのです」
お城は大きい。そこで働く人はきっと百人は超えている。もしかすると、私が把握できていないだけで、常時千人という可能性もある。そんな規模なら、私の村だけの分だけじゃメシイモは当然足りない。一週間で無くなっていても不思議じゃない。
「適したメシイモが無い? そんなに特別なメシイモなのか?」
生じゃなければどんな方法でも食用に出来ると言われているメシイモ。そんな存在に特別なんてあるのかと思ったのだろう。王子は不思議そうにしていた。
「はい。一時期、メシイモが今まで以上においしかった事を覚えてはいませんか? あの時期に食べたメシイモこそがイモパフェにふさわしいのです」
「ああ、覚えているとも。たしか……二年ほど前からだったか。始めは料理人が新しい味付けにしたのかと驚いたほどだ。ムゼーランがその時から時折繰り返していたな。『メシイモ。メシイモ』と。その執念で出所を突き止め、最初の生産者がルイシアだったという訳だ。しかし、そうか。あのメシイモがそうだったのか」
「――はい。ご理解いただけましたね?」
不自然なほどに間を開けてからの返事。そんな意味深な感じを出す必要がどこにあるのか?
「イモパフェを出している店を私は知っていますが、もう彼女考案の育成法をしたメシイモは無いでしょう。なので、次の収穫の時まで待たなければなりません。ええ、なりませんとも」
お芝居のような言い回し。一体何が目的なのだろう。
「まさか菓子にまで使える万能さだったとは……。これは量産させるためにも予算の追加を進言するべきだな」
先ほどもそうだけれど、王子は随分と私のメシイモを気に入っていたらしい。生産者としては凄く嬉しい。
ああ、そうか。ムゼーランさんの狙いが見えてきた。
発言もそうだけど、その内容にも疑問を感じたけれど、そういう事のようだ。
生産者だから、ムゼーランさんの言い回しの嘘が分かる。
きっと、私にこれを言わせたいのだろう。
「私の家になら、まだメシイモならありますよ」
「な、なんだって!? ……いやだが、譲ってもらう訳には……」
話をここまで盛り上げたのだ。王子だって興味が湧く。その証拠にすぐに分けてもらおうという考えを口にした。でも、それをする事の意味を理解し、王子は諦めてくれた。
確かに、私達の大切な食糧だから、ただではあげられない。ちゃんと定められた税を納めた上で残ったものだから。例えそれが王族であっても。
「王子。それではこちら側が備蓄している食料または材料との交換で如何でしょう?」
「強制では無く、取引であるのならば問題無いという事か。しかし、王に許しを得る必要があるな」
好き勝手に放出しては問題が起こった時が大変だと、王子。
「ええ、その辺りは問題無く」
税収を管理しているからなのか、何に余裕があるのかを把握しきっているらしい。
「あの、成長が早いとはいえ主食なので、あまり持っていかれると父さんが困るのでほどほどでお願いします」
五人までで数日分くらいの量なら物々交換でも問題無いだろう。
「ああ、分かった。ムゼーラン。交換に出せる品目は?」
「彼女の村の様子を見るに、農作業具に鉄などの鉱石。家畜を五頭ずつ。護衛兼住人で二家族とルイシアさんの家に手渡す食料でどうですか?」
いや待って。なんか数日分のメシイモとの釣り合いが取れてないんですけど。
「量が、量がおかしいですよ」
黙って聞いていられない事態に、私は慌てた。
「何を言っているのですか、ルイシアさん。あなたが暮らすあの村には更なる発展の可能性があります。他の地域よりも発展する可能性のある場所と友好的な関係を結ぶためには寧ろ少ないくらいですよ」
「あの村が発展だなんて、そんな」
たまたまより良いメシイモの育て方を実践しただけで、職人の腕が飛びぬけて良いとか、フドクルさんが工夫して色んな料理の作り方を教えてくれているだけで、料理が王都に匹敵するなんて事も無い。そもそも、そんなに光る所がある村なら、私がやるよりも前に有名になっているはず。だから村全体に、そんなに期待されても困る。
「メシイモのより優れた育て方を発見した事への褒賞という名目でいく。引け目を感じる事は何もないぞ、ルイシア」
いえ、今後への期待が重すぎて嫌なんです。
(これで楽な生活に一歩進みましたね)
なんか百科事典が調子の良い事を言い出してる。これきっかけで村長が私を頼るようになるとかになったら嫌だなぁ……。
「さて、ここまで話をしていてなんですが、既に手配済みです。そして、今日明日でメシイモが届く予定でもあります」
「「なんだって!?」」
王子と平民の声が重なった。
「おやおや、仲が良いですね。お二人の関係が良好で何よりです」
「いや、良好とか今のは関係無いですし」
「そうだぞ。おかしな事を言うな。いや、ルイシアを拒絶するつもりは無いがな」
妙にまごつきながら言わないでもらいたい。王子。
「もう手続きは済んでいますからね。それよりももう一つの問題を解決しなければなりません」
済んだ話を深堀する意味は無いと、ムゼーランさんは突き進む。
「もう一つ? ああ、作り方だったか」
「そうです、王子」
蒸すという行為はまだ広まっていない。私の村と私が卸している酒場の店主との間で秘匿しているからだ。
そもそも蒸すためには道具を用意しないといけない。その日その日の食い扶持に重きを置いているから、手間をかけて料理をしようとする人が少ない。皆、焼くか茹でれば空腹は収まるから、その上を目指そうとしないのだ。
それに皆、自身のチートを磨く事の方が大事で、料理に関するチート持ちでも今ある調理法を極める事に全てを注いでいるのだろう。
食料を調べる事に仕えるほど生活に余裕があり、新しい方法を探す探求心を持つ物じゃないと、蒸すという調理法には至れないのかもしれない。となると、酒場の店主はどうやって方法を見つけたのか気になる所だ。
「ルイシア。君はイモパフェの作り方を知らないのか?」
知っているけれど、答えにくい質問だった。だって、道具から作らなきゃいけないから面倒くさいんだもの。
「あの、うちの村には新しい調理法とか出来るくらいの余裕とか無いんで」
「しかし、物々交換が可能な程度には蓄えがあるのだろう?」
隅っこをほじくってくる王子。
ムゼーランさんの方に視線を移すとニヤついていた。
「王子。私の情報ですと、彼女は作り方を知っていますよ」
「な、何を根拠に!!」
彼の居る前で料理をした事は無いし、村では蒸しの技法だけを知ったという事にしている。
だから私がイモパフェの作り方を知っていると分かっているのは、あの店の店主くらいなのに。
「分かりきった事を。あの町の酒場の店主ですよ。彼はルイシアさんの事とあのメシイモの存在を教えてくれたのです」
明かせば自身の店の売り上げにも関わりそうな事を話すだなんて……。
「それだけ私は朝から晩まで通い続けましたからね。私がイモパフェを食べ続けていたら、ずいぶんと風通しの良いお店になっていましたよ」
つまりは、客足が減った?
ああ、なるほど。営業妨害に耐えかねてだったかぁ……。これはあんまりきつくは責められないな。
「話を聞くと益々興味が湧く。王族平民関係なく好まれる味と言うのであれば、私も覚えておかなければならないものだろうからな」
目線で私に要求してくる王子。でも、無理だ。だってここには蒸し器が無いもの。
(無ければ作ればいいのですよ。人間なのだから)
「百科事典!?」
突然話に入ってこないでほしい。私以外には聞こえないから、私が反応すると変な目で見られる。
「ルイシアのチートが何か言ったのか?」
「それは興味深いですね。さあ、聞かせてください」
逃げられない状況。逃がさないと二人の視線で挟まれた。ムゼーランさんに至っては物理的に距離を詰めてきている。
今、私の頭の中では色んな事がグルグル回っていた。自分の事。家族の事。村の事に酒場の店主の事。
お互いの利を考え、どうするのが一番良いのだろうかと考える事が多すぎて眩暈を起こしそうだ。
(作り方を隠したいと思うのなら隠せば良いのです。条件を出すのです)
「王城でそれができると思う?」
(出来なければ作らないと突っぱねては? )
こういう提案を百科事典がするという事は出来るのだろう。
ここはチートの言葉に従ってみるべきかな。
「条件。一つ、条件があります」
「はい、のみます」
早いって。
「おい、ムゼーランっ」
交渉事において、話を聞かずに受け入れるのは最悪の手だと私でも分かる。
「ムゼーランさん。私が、私を王様にしてとか言ったらどうするつもりなの?」
「します。させます。やり遂げます。我が主」
膝を着いて忠誠を誓わないで欲しい。
「王子、手遅れですよ。今すぐ牢屋に入れた方が良いのでは!?」
私には手に負えないと、王子に任せる。
「そうだな。まったくその通りだ。因みに、ルイシアが王になったらその隣に立つ相手は決まっているのか?」
いや、具体的に詰める話じゃないし、国家転覆の一大事なのに何聞いてるの、この王子。
「そんな相手居ませんし。それよりもでしょ」
「いや、私が協力すればルイシアの望みは叶うだろう。その時には私を相応の立場で迎え入れる必要があるな。さて、どうする?」
どうするもこうするも無いだろうに。
次期国王もおかしな事を言い出した。これ、私が言葉の選択を間違えた?
百科事典を信じたのに、なんだかおかしな方向に突き進んでいる。
((国の頂点に立てば、全ての利は自身に繋がります。やりましたね)
やってない。何一つやってないんだけど。
((補足ですが、国を動かす事には不向きなので、王子に政は全て任せる事をお勧めします)
なるほど。それなら私はお城の良い部屋で自堕落な暮らしが出来るわね。案外悪くない未来のような気がしてきた。
((その時には貴族達に好まれているあのお菓子と同等の物に囲まれますね)
百科事典の言葉に、揺れていた心の針が一瞬で振り切れた。
どちらにって? そんなの拒否一択に決まっている。
「やっぱり無し。私は普通の暮らしがしたいだけなんだからっ」
忠誠を誓ったままのムゼーランさんを立ち上がらせつつ、王子に目を覚ませと視線を向ける。
「そんなに王族は嫌か。ルイシア」
「はい。敬われたり、敬意を払われたりするような立場なんて向きませんから」
それに、あんなごっそり何かが削られそうな甘い物を食べる日々なんて嫌過ぎる。
「残念です。ルイシアさんが居たら国は大きく変わりそうなのに」
「ムゼーランさん。それは変わるんじゃなくて傾くんですよ。大きくね」
「はは、上手い事を言う」
ツボに入ったらしく、お腹を抱えるムゼーランさん。
「褒められても嬉しないですっ」
ああ、まったく。話が進みやしない。
このやり取りのおかげでどっと疲れが出てきた。
「むっ。ルイシア。糖分にはこれが良いぞ」
既にお断りしているケーキを差し出す王子。
「もう少し優しい甘さが良いです」
「では、やはりイモパフェですね。イッモパフェ。イッモパフェ」
初めて出会った時を思い出させる異常さを出すムゼーランさん。
その様は貴族に見えず、酔っぱらった大人よりも酷い。
「ム、ムゼーラン?」
ほら、私よりも付き合いが長いだろう王子だって動揺しているじゃない。
自身の立場でどうにでも出来そうな相手なのに、王子は救いを求める視線を私に送ってくるし、どうしたものか……。
((やはりここは作るしかないでしょう。現状ではほぼ手詰まりですから)
確かに他のお菓子を食べてみるというのは悪くない気がする。するけどね。
貴族の当たり前に合わせていたけれど、それで変化が本当に少ししか起こっていないのだから。
状況に負けてしまった感が否めない。でも、ずっとこの混沌みたいな環境に居るのは精神衛生上よろしくない。
「……分かりました」
「おお、やったぞ」
「ええ、やりましたね」
二人して、平民の料理をまぶしい笑顔で喜ばなくても良いだろうに……。
甘い物を除けば、普段の食事の方がよっぽどこの笑顔に相応しいと思うのだけど。
「ですが、道具が必要です。木工職人を紹介してもらえますか?」
「木材と言わず、どんな鉱石でも加工出来る者を紹介しよう。ムゼーラン、急ぎ知らせを」
任されたと、駆けだそうとするムゼーランさん。
「いえ、使うのは木なので、鉱石は使いません」
「そうなのか。しかし、鉱石職人も紹介するぞ。彼らが加工した宝石は美しいからな。気に入った物があれば送ろう」
「私の生活にそんな高価な物は必要無いので」
逆に身に余る物を持った事で危ない人間に狙われたくはない。
「そうか……。では、王都一の加工職人を呼ぼう。あの者の腕ならば何も問題は無い」
“木材”という部分が削られている気がするけれど、条件は出した。だからそこを突くのは止めておこう。
その数時間後、王都一という加工職人が本当にやって来た。
秘密が漏れてはいけないので、私はその人と二人きりにさせてもらい、蒸し器の説明をした。
その後、何故か指の大きさを測られるという謎行動を挟みつつ、蒸し器を宝石で装飾するかなどの質問をされたけれど、余計な装飾は要らない。普通で良いと繰り返して乗り切った。
このやり取りが終わった後、部屋を出ると何故か王子が居た。
私が思う以上に、イモパフェへの関心がかなり高いのだろう。
「大丈夫です。とても良かったですよ」と満面の笑みで返した。
職人なだけあって、モクディルと同じように細かい所まで確認をしてくれた。
行動に不可解な所は多かったけれど、職人としての信念を感じられる素晴らしい人だった。
感謝を伝えたつもりなのだけど、王子の表情は複雑そうだった。
一体何を考えているのか分からない。百科事典なら分かるのだろうか?
(イモパフェを作ったら分かりますよ)
答えてはくれたけれど、その意味する所がさっぱり分からない。




