難航する王子様
第二回チート克服の会の時間がやってきた。
チート対策で用意されたのは、昨日と同じフルーツクリームのイモケーキ。
それも切り分けられていない状態の物だ。それが五皿。
危ない所だった。場所が場所ならケーキの匂いでもがいていたかもしれない。
幸いにも、今日集まったのは外。おかげでかなり甘ったるい匂いは薄まっていた。
「では王子。昨日の宿題の成果を聞かせていただけますか?」
まるで教師のような感じで言うムゼーランさん。
「ああ、しっかりとやってきたさ」
テーブルの上に置かれる紙束。書き出した紙は十枚を超えていた。
「では、我々にチートが発動した時の感覚を教えていただけますか?」
「ああ。書き出して分かった事だが、チートが発動するのは、口に入れた瞬間では無い。匂いや味を感じた時でも無かった」
「では、どのような時に?」
「体の中に入った時だな。と言っても飲み込んだ瞬間でも無い。飲み込んだ時には変化を感じていないからだ。感覚的に胃に入るのが条件だと思われる」
「糖が抜ける時はどのような感覚ですか?」
「全身鎧で動いた後に兜を脱いだような解放感の後に、すぐに力が抜けてしまう。体を支え、動かすものが全て消えてしまったようにだ。そうなると指の一本も動かせなくなる」
「改めて言葉にしましたが、今後は抑えられそうですか?」
これまでのムゼーランさんの問いかけはすぐに返していたのに、今度は違った。
難しい表情をした後、少し間を開けて言う。
「……確実にできるとは言えないな」
「そうですか。では、まずは糖を体内に留められるのかを試してみましょう。これを使って」
懐から彼が取り出したのは砂時計。
「ムゼーランさん。この砂時計には何かしらの付与が?」
意味ありげに取り出したのだから、ただ時間を計るだけという訳じゃないだろう。
「ただの砂時計ですよ。糖の量と留められる時間を同時に探っていきましょう。まずは一分ですかね。これを目標にしてみましょう。いきなり長時間は無理でしょうからね」
ムゼーランさんは、王子のチートは自身の心の在り方が重要だと見たみたい。
意識する事で制御して、現状の糖の許容量と伸びしろはあるのかを探るつもりみたいだ。
ムゼーランさんの目的は分かったけど、昨日の様子を見ると十数えるまで耐えるのも大変そう。王子はこの最初の壁を越えられるのだろうか?
「では、ルイシアさん。王子にあーんしてあげてください」
「はいわかり――。いや待って。それはおかしい」
手伝い的な事はするだろうなと思っていた。だからつい返事をして動きかけたけれど、これはさすがに違う。
「そ、そうだぞ、ムゼーラン。私は一人で食べられる。赤子では無いのだ」
「そうですか。いやはや、残念」
何が? と思ったのはきっと王子も同じだろう。慌てついでに大きな声を出していたから、彼の顔の血色が良くなっていた。
「そもそも、王子はどのような心構えでケーキを食べるんですか?」
チートの制御に自身の心が関係あるのなら、この問いも良い方向に働くだろうと尋ねてみた。ムゼーランさんに聞いたつもりだったのだけど、王子が答える。
「難しく考えず、体の表面に幕を張っていると思って食べてみようと思っている」
「そうしたら幕を破らないと体の外に出ないわね。良い考えだと思うわ」
百科事典に確認してみるのが一番早いだろうけど、せっかく王子が考えたのだ。それに王子達は一刻でも早くと考えているかもしれないけど、現状はまだ緊急事態とは言えない。
だったら、王子のやる気に水を差すような事はしなくても良いだろうと、敢えて尋ねなかった。
そりゃあ、早く帰りたいけれど、困難に立ち向かう人の成長の機会を邪魔するのは違うと思うし。
「ありがとう。では改めて始めようか
慎重な面持ちでケーキを小さい一口分だけ取り、口に入れる王子。
先ほどの説明の通りなら、重要なのは喉が動いてから。
口周りに注目し、租借をする姿を見ていると、王子と目線が合った。彼の合図だろう。
頷くと王子が喉を動かし、私の後ろの方からタンッと音がした。
砂時計をひっくり返したのだろう。その直後にまっすぐ座っていた王子の体が芯を抜いたように崩れた。
床に倒れないように受け止める。その時に足元を見てみると、既に糖の玉が転がっていた。
それを直接触れない準備もしていたため、すぐに拾い上げ、王子の肌に近づける。
糖は乾いた乾いた布に水が振れた時のように王子の肌へと吸収されていく。
落とした分の糖を戻すと、すぐに昨日と同じように王子は目を覚ました。
「どれほど持った?」
砂時計担当のムゼーランさんに尋ねる。
「体感ですと昨日と同じですね。時計の砂もさほど落ちていません」
ムゼーランさんが見せる水平状態の砂時計。その片側にはまだ数えられそうな程度の砂しか入っていなかった。
「意識がまだ甘かったのか」
いきなり上手くはいかないものだけれど、実感するほどの結果を残せなかった事に王子は悔しがっていた。
「あの、王子。一つ気づいた事が」
「ん? 新たな発見か?」
状況改善に繋がるかもしれないと、私の報告に彼の瞳に光が増す。
「そうだと良いんですけど。どうやら糖の玉は体外に出る時に音が出ないようです」
どんな物体でも意図的に静かに置かない限りは音が出るはず。なのにそれが出なかった。
思えば、昨日も王子に異変に気付いた時や、体に戻す時にもそれらしい音が聞こえていなかった気がする。
「音の出ない不思議な物体という事か? ムゼーラン。この発見については知っていたか?」
「いいえ。記録されてはいません」
甘い物を食べる度に倒れるから、音にまで意識を向けられる余裕が無かったのだろう。
それだけ王子のチート、いや、糖の玉には不思議がいっぱいらしい。
これ、百科事典が無かったら、解き明かせたのかな? 二ルネッガ教を頼ればすぐに分かった事なのかな?
自衛として王子は甘い物を取らない選択をしていたし、自力では無理だった気がする。
「体調は戻りましたか? まだ、続けますか?」
糖のチートに対して王子以外に情報が無いため、ムゼーランさんは慎重に確認をしていた。
「もちろんだ。全て食べるまで続けるぞ」
まだ小さな一口分を食べただけなので、先は遠い。
「そもそも、この量は一人で食べきれるものなんですか?」
細身な王子の姿に、大食漢とは思えず尋ねた。
「見くびられては困る。当然食べきるぞ」
人は見かけによらないとはこの事か。まだまだ体が育つ段階だからこそなせる事なのだろうか。
「ムゼーランさん。お昼はこちらに用意されるのでしょうか?」
「え?」
何故か王子が驚く。
「どうしたんです?」
何か考えと違ったとばかりの反応だったので訊ねてみた。
「ああ、いや。ただ、付き合わせているのだ。その労いのためにもケーキを分けようと思っていたのだ。……一皿」
顔を背け、最後に聞き取れるかどうかという声付け足す王子。
残念ながら、そのほんの些細な一言を聞き逃す私では無かった。
だって、今も王子が倒れて怪我しないように支えているから、彼の口と私の耳が近い。
まあ、その距離感はさておき、私は彼に問いただしたかった。
つまりは、私達二人でこのおかしな甘さのケーキを半分ずつ食べろというのか、と。
分かっている。王子には悪気は無く、協力者への報酬の一端と考えている事は。
しかし、その優しさは私に効く。直撃だ。だって、そのケーキの甘ったるさは私の許容量を超えているっ!!
昨日の時点で妙なものを混ぜられ、正気じゃなかったのなら、今後食べる気がしないほどだ。
「ムゼーランさん。昼食は一人分でも大丈夫ですか?」
二人では食べきれそうにない。だから、たべるというのであれば、三人で頑張るしかない。
でもそのまま「食事は要りません」と言って良いものか。
食は体を動かすのに重要だ。だから、王族であっても昼食は絶対に食べないといけない、なんて決まりがあるかもしれない。
だとしたら、少量を三人で分けるくらいしないと昼食は食べられそうにない。
そういう考えから、私は先の発言をした。でもムゼーランさんには違う受け取られ方されてしまった。
「どちらが昼食を食べるのでしょう?」
妙な事を言うなと思ったけれど、自分の言葉の意味合いで気づいた。
分けると言わなかったばっかりに、ケーキから逃れるのは私とムゼーランさんのどちらか一人だけ、という謎の勝負を求めた形になっていた。
ケーキから逃げたい深層心理が働きかけた結果だろう。
無意識って怖いわぁ。
「ど、どうやら、貴族の口にする甘味は合わないようだな。ムゼーラン。気持ちだ、一皿食べると良い」
そうだけど、そこまで露骨な事を言うつもりじゃなかった。でも、王子は気遣ってくれた。
気付いてかなりヒヤッとしたけど、立場による味覚の違いと受け取ってくれたようで良かった。きっと、昨日の調理場の一件とかのおかげだろう。
「今日のケーキは塩味が効いていそうですね」
甘いケーキに塩? 何を言い出すのか。
「いや、いつも通りの味だったぞ」
すでに食べて味を知っている王子も彼の発言に対し、不思議そうに返していた。
「どうやら塩気が強いケーキを食べるのは私だけみたいですね。一皿……」
ムゼーランさんは、ケーキに目をやるとすぐに逸らした。
逃げたい現実がそこにある。どうやらこのおかしな甘さのケーキは王族や貴族全員が好きだという訳じゃなさそう。
覚悟を決めよう。私は苦行を減らすため、ケーキを食べるのだ。
それぞれの味覚に合った感想をいう訳にもいかず、己との戦いが今、始まる。
因みに、この日は何の成果も得る事が無かった。




