おこぼしする王子様
王子というのはとても無茶を言う生き物なのか。それとも王族が無茶を強制する特性を持った集団なのか。
私の目の前には、王族の襲来に驚き、作業の手を止めさせられている料理人達が集まっている場所。つまりは調理場に来ていた。
夕食のための準備をしている最中なのかな。お城で働いている人の食事なら何百人? 何千人なのかな。忙しいだろうに、悪くないのに一緒に来てしまったせいで申し訳なく思う。
「さあ、料理で無くて良い。皿に砂糖を盛っただけで構わないから甘い物を出してくれないか」
料理人の皆は、この王子の言葉に理解が追い付かず、驚きの表情で固まっていた。
そりゃそうだよね。王族が暮らす場所に居るとはいえ、調理場に家主の家族が来る訳が無いと思うよね。
目的のためなら壁を粉砕するその行動力は、生まれながらに得た特権階級が可能とさせた業なのだろうか。
「どうした? 早く持ってこないか」
動かない料理人達の手際の悪さに、言葉に少し苛立ちを含む王子。
これが当たり前なのかもしれないけれど、流石に彼らが可哀そうだ。
同じ平民の立場なためか、つい身の程知らずにも口が出てしまった。
「王子。この人達は驚きすぎて困っているんですよ。人を寄こすだけで良いのに本人が来てしまったから」
「一刻も早く検証しようというんだ。直接向かった方が早いだろう。そもそも、城の何処に私が足を運ぶ事に何の咎があるのか」
なるほど、そう来るか。じゃあ、質問を変えて。
「では、廃棄場に行きましょう。そこで食べましょう。お城の中にもありますよね?」
「あるが……。何故そこで食べる? 廃棄場は食事をする場所ではないだろう」
「職場にしている人は、時に現場で食事をしますよ。自分の家なら何処に居ても不思議が無いのなら、廃棄場で食事だって出来ますし、住む事だって出来ますよね」
「流石に住みはしないだろう。役割があるとはいえ、住めるかどうかは別問題だ。何を言い出すのか」
「どんなに秘密な内容であろうと、会話が出来る場所なら、どこでだって秘密の話が出来ますよね?」
「出来る訳無いだろう。秘密とは知られてはならないから秘密なのだ。誰が聞いているかも分からない状況で話せる訳が無い。何事にも適した場や行動がある。それに廃棄場の事を持ち出せば、口に入る物を用意する場で、出す場所の事を話す者が居るか。突飛な事を先ほどから並べ立てて、場所を考えろ」
答えは出た。
「そうですよね。その場所に合った会話をするべきですよね。いきなり自分の家だからと王様の執務室に無断で入ったりはしないですよね」
「当たり前だ。執務室には重要な書類がある。王以外の者が誰であろうと構わず入って良いはずがない。……なるほど。そういう事か」
王子は、私の言いたい事と状況を理解してくれたみたいだ。
「作業中に驚かせてすまなかった。先ほどから言っていた通り、少しチートで試したい事があったのだ。解決の糸口になるかもしれない事なのだ。だから、甘い物を用意して欲しい」
突然の訪問と要求に困惑していた人達も、改めて事情を聞かされ、理解で来たみたいだ。
「私も立ち会うので、安心してください」
ムゼーランさんの一言もあり、動き出す料理人達。
そっか。偉い人が来たからだけじゃなくて、甘い物を食べると王子の体に問題が出るから、本人からだとしても受けて良いのか分からなかったっていうのもあったんだ。
場の空気が落ち着くと、熟練な感じの人が王子に問いかける。
「王子様。種類は必要でしょうか? 甘さの段階は?」
「いや、一種類で良い。料理長。ただ、すぐに用意出来る物の中から特に甘い物を用意してくれると助かる」
「畏まりました。すぐに御用意しましょう」
と、頼んだ物を用意しに離れる料理長。
彼はいきなり一番甘い物をとか言い出したけど、説明しただけなのに大丈夫なの?
「さて、お前」
無茶じゃないかなと思っていたら、王子がこちらを向いて私を呼んだ。
「何でしょう?」
先程の発言で怒らせただろうか?
「名前はルイシア、だったか?」
「はい。そうです」
名前の確認をしてどうしたというのか。罪状を告げるために名前が必要だったとか?
「ではルイシアよ。私は回りくどい言い回しをせずとも理解出来る」
怒っている感じじゃあ無さそう。
「私も回り道しない方が早くて良いと思います」
「……では次からはその様にすると良い」
「はい。……んん?」
彼は何を伝えたかったのだろう?
この後、見たことも無い嗅いだ事も無い甘ったるい匂いの食べ物が出てきた。
その料理を別室で食べるという事で、私達は調理場から出た。
その道中、ムゼーランさんが私に耳打ちして教えてくれた。
「直接申告する事を許すという事ですよ」
平民がズバッと物を言ったら怒るかなと思って遠回しな伝え方をしたのだけど、今度があれば直接言って良いらしい。遠回し過ぎてなんか逆に腹が立ったとか?
偉い立場の人が考える事はさっぱり分からない。
やっぱり、私は平民としてしか生きていけないわ。
理想とするのは村長よりも下の立場でほどほどに自分も働きつつ、下に何人も抱えるような立場ね。これより上も下も駄目。人間、そこが元気で自由に生きられる所なのよ。
さて、別室で食べるというから付いてきたけれど、王族? いや、多分貴族からだ。その辺りの人達は何かをするにしても一々場所を変える必要があるらしい。
私がこんな感想を抱いたのは、庭園で良さそうなのに、今度は王族が使う食堂に連れて来られたからだ。
「では実験を始めようか」
いつの間にやら用意されていた紅茶で喉を潤す王子様。
切り分けられ、お皿に移し替えされた未だに甘い匂いを放つ謎の食べ物にフォークを伸ばす。
「あの、ムゼーランさん。あの食べ物はなんて名前なんですか?」
絶対に普通じゃないと、気になって尋ねた。
「あれは最近流行りのフルーツクリームのイモケーキだよ」
「ふ、フルーツクリームのイモケーキィ!?」
イモという事はメシイモを使っている? イモを使っているのは、イモパフェに似たあのもこもこの部分だろうか。それか、煮たメシイモを潰したらどんな形にも出来るから、円形の土台が全てイモという可能性もある。
どこに使われているか分からないけれど、先ほどの形の何処をとっても茹でて柔らかくして潰しているのは間違いなさそう。
まさか、こんな所でイモパフェに続く甘味に出会う事になるなんて……。
というか、フルーツクリームって何? そこにイモは含まれているの?
なんか、緑とか桃色とか赤色とかの柔らかいのか硬いのかよく分からない見た目なのに自在に形を変えてウネウネして盛られている物の事? 王都で最近流行りだした物なの?
イモと聞いて、物珍しさと今後に生かせるのではないかという思いから、料理を見つめていた。
「おい、人が食べる姿をまじまじと見るものでは無いぞ」
「ああ、すみません。ですが、初めて見る食べ物だったのでつい」
これから食べようとフォークで切ろうとして手を止めた王子に返す。
「そうか。村にはないものなのか。では、味も興味があるんじゃないか? 食べるか?」
これは施しだろうか? 判断出来ずムゼーランさんを見る。
「毒見役でしたら私が」
ああ、言い回しを変えて毒見をさせようとしていたのか。この状況で誰が毒に当たるのが一番良いのかを考えたら、平民である私だろう。
「いえ、ムゼーランさん。私が貰います」
王子の隣りに近付く。
「え、いや」
彼からしてみれば、客人が毒見とは変な話なのだろう。まあ、私もお城の毒見役を呼ぶべきだとも思うけれど、王子は待つ気が無いらしい。
百科事典も何も言わないから、あれは無毒で間違いない。
王子の手からフォークを取り、一口大にすると、すくい上げてもこもこから口の中に入れた。
「ん? んんっ!! んんん!? んん~」
まず驚かされたのは、イモパフェ以上のふんわり感があるもこもこ。
だって噛まずに居たら勝手に小さくなって消えていくんだから。それで、イモパフェにはあったメシイモの存在感は無く、いくつかの果物を感じさせる控えめな甘さと僅かな酸味が感じられた。
ここまでは私も受け入れられた。でも問題はその次だ。もこもこが消えた後に土台、の味がした。
それは舌に殴りかかる強烈で重い、重すぎる甘さ。もこもこで最初は緩和されていたのだろう。村や町じゃ感じられなかった甘さに大喜びしそうになったくらいだ。
でもそれが無くなると、甘さに飢えていて受け入れられそうなはずの私でももう駄目ですと拒否したくなるほどにくどく、異常な甘さが襲ってきた。
王子が要る手前、また乙女としての立場もあるため、超えたくなる一線どうにか、何とか、とにかく必死に抑え、体内の水分を口内に集めて飲み込んだ。
そこで終わってほしいのに、その後もしつこく残る甘ったるい匂いと後味。
私が引っかかっていた全ては、この土台が生み出していた物だった。
「これが流行りの味なんですね……」
毒見を名目に、大きめにもらわなくて本当に良かった。
二口目は要らないし、今後も食べたいとは思えない味だった。これを日常的に食べている王族の舌って……。
私はフォークを返し、今すぐ口の中をすすぎたいと思いながら下がった。
席に戻り、王子に目線を向ければ、呆けたような感じでフォークを見ていた。
しゃぶり倒した訳じゃないし、フォークに口は付けていないのだけど。それに一つしか無いフォークで食べるように進めてきたのはそちらだろうに。
何一つ、私に落ち度は無いはず。だからそんなに彫刻みたいに固まらないで欲しいと思い、王子が動くのを待った。
ほどなくして私の視線に王子は気づいてくれたのだろう。咳払いを一つ。
「では、改めて食べようか」
嫌なら別のフォークを用意してくれて良いのに、王子はそのまま続ける。
王子様なら食事の礼儀なんて熟知しているだろうに、何故か妙に躊躇った後に、一口大のケーキを食べた。
「うむ。実に甘ったるい」
王子もこの味には顔を顰めていた。
「ですよね。こんなしつこい甘さよりもイモパフェの方が良いですよね」
理解者が居た喜びで、私は王子に同意を求めていた。
「ん? イモパフェ? それは何だ?」
「あ、ここには無いんですね。甘い料理ですが、これよりももっと優しくて食べやすい甘さなんです。私の村では人気ですよ」
元は隣り町の料理である事も付け足そうとしていた所に、ムゼーランさんが間に入ってきた。
「そうです。イモパフェ。この料理よりも王都はイモパフェが流行るべきなんです。あれはまだ王都まで広まっていないので、食べるには彼女の村かその隣り町まで行かなければなりません。発祥は彼女の村ではありませんが、ですが。で・す・が、彼女の村のイモパフェが一番美味しいとの噂が。何せ、新しいメシイモを生み出した地です。素材から違うのでしょう。なので王都に広める際には彼女の村の材料と作り方で広めるべきなのです。うんうん、王子も興味を持たれたようなので、これは捗りますね。広がりますね。ああもう、夢が広がり、期待で空を飛べそうです。私、運送などの手筈を整えてきて良いですか? ついでに王都内で一番良い立地の場所に店を立てる計画を。準備が整った暁には、王城はイモパフェ屋として回転するのです」
妄想逞しい上に、なんかお城を乗っ取ってるんですが。妄想の中だけど、それって大丈夫なの? 王子様。
暴走ムゼーランさんを止めてくださいと、王子に視線を向けるとぐでっとしていた。
「王子!?」
まるで中身が出たみたいに力無く椅子の背もたれに身を預ける姿には毒殺の二文字が過る。
「ムゼーランさんっ。王族にしか効かない毒とかあるんですかぁ!?」
私が無事で王子がこれならそうとしか思えなかった。
「違うよ、ルイシアさん。王子はチートを得て以降、このような状態になってしまうのです。ほら、足元を」
言われて向ける視線。転がるのは常日頃から埃すらないであろう場所に不自然にある丸い玉。
「こ、これが糖!?」
見た目だけなら握ればちょっと反発しそうな玉にしか見えなかった。これが王子以外が触れたら吸収されて、多く取り過ぎたら大変な事になるのね。とてもそうは見えない。
けど、怖いから直接触れない。
「あ、そうだ。百科事典。どうすれば良いのか教えて」
こういう時には私のチートだと質問してみた。
(お盆ですくい、王子の肌に触れさせてください)
「分かった。こうね?」
慌てていたのと急いでいたので、グイッと王子の顔に糖の玉を押し付けた。だって、目に入った肌が見える場所が王子の顔だったんだもの。
押し付けると、最初は在った反発が消え、お盆と顔の距離が縮まった。
「うぅ……。私は……」
王子の声が聞こえる。
「生きてる? 大丈夫? 死んでない?」
急いで矢継ぎ早に声をかける。
「だびじょうびゅだ」
さっきよりも発音がおかしい。どうして? と思って何が問題なのかを探り始めた瞬間、私に流れる血が、頭の上からサーッと下がっていくのを感じた。
お盆ですくった糖を顔から戻していたのは自覚していたけれど、いつの間にかお盆を王子の顔に押し付けていたと気づいたから。そう、王族らしからぬおかしな発音をさせていたのは私。辺境の村の人間でも分かる人に対して確実に失礼になる行動をしていたのも私。
この場を乗り切るための方法が見つからない。追い詰められた私が選んだのはこれだ。
「無事そうで良かったぁ。ほんと、心臓に悪かったわ」
ただ助けるために必死になっている姿勢を貫く事。
何も気づいてない振る舞いでお盆を動かす。王子と視線がぶつかるけれど、逸らしたら終わるという妙な観念に囚われ、私からは動けない。
「そのように見つめずとも大丈夫だ」
上体を起こす流れで視線が外れ、私はホッとした。
その間に王子は身なりを正していた。
「心配をかけてすまなかった、ルイシア」
そこは素直にごめんなさいってするんだと、意外だった。
「実際に見るともう、あれは駄目だと思う」
彼の顔を見て言う。でも、こちらを向いているのは分かるけれど、今度は視線が合わない。
「ふふふ」
何が面白いのか、笑い出すムゼーランさん。
「どうしたんですか、ムゼーランさん」
「そうだぞ。何がおかしい、ムゼーラン」
「いえいえ。失礼しました」
全く答えになっていない。私達の追求の視線を気にせず、彼は言葉を続ける。
「さて、ルイシアさん。先程の行動での疑問なのですが、糖の玉とはあの大きさが適量という事でしょうか?」
正しい対処法を知りたいとムゼーランさん。
「咄嗟にすくい上げたのがあの量だっただけなので分かりません。どうなの、百科事典」
答えを求め、百科事典を呼ぶ。するとすぐに教えてくれた。
(先程の玉の半分でも会話が可能になります。すぐに変わらぬ活動を求めるのならば、先程程度を目安にすると良いでしょう)
図らずも最適な大きさを選んでいたらしい。
「今の程度の回復なら、先程の大きさで良いそうです。会話だけなら半分ほどでも大丈夫だそうです」
「そうですか。ですが、それは根本の解決にはならないのですよね?」
いつ何時同じ事が起こるか分からないから、四六時中信頼出来る人が傍に居ないとならないものね。甘い物を食べる度にこんなんじゃ、何所にも顔を出せないしね。
「ここまで的確に対処してみせたのだ。ルイシアのチートを使い、この問題を解決する事も容易なのでは?」
疑っていたというのに、頼ろうとしている。
どうやら信頼されるほどの働きが出来ていたみたい。
でも、整った顔立ちで期待に揺れる瞳というのは、平民には刺激が強いので止めてもらいたい。私は美形に慣れていないのだから。
「どうした?」
「いえ、何も」
返事を忘れていたら王子に疑問を持たれてしまった。
けれど、私が今思っていた事なんて言える訳が無いので、濁した。
にしても、チートの問題なら方法は一つしかないんじゃないだろうか?
(そうですね。使って慣れるしかありません。自身の意思で糖の制御を行い、自らの感覚で糖の量を調節する。必要な最低限の事です)
私が思った通りの答えだった。でも、食べる度に倒れるなら繰り返せないよね。じゃあ、どうするか何だけど……。何が必要なんだろう?
(糖の量を見極める事ですね。どの程度の量から体外に糖の玉として出るのかを知る所から始めるべきかと)
その一線を基準にチート操作をしていくって事? そんな器から漏れるかどうかのギリギリから始めるんじゃなくて、一口分の糖を出し入れするみたいなのじゃ駄目なの?
百科事典のやり方だと、気絶を繰り返しそうで心臓に悪いんだけど。
どれが最善なのか分からず悩む。
「私のチートはそんなにも扱いが難しいのか?」
私が何時までも何も言わなかったから、王子が不安か心配か、一回り小さくなって見えた。
「方法は教えてもらったけど、どちらの方が良いのかと考えていました」
ひたすら気絶を繰り返して体で覚えろ、ってやり方を伝えて良いのかも悩むしね。
悩みを伝えたら、ムゼーランさんが提案してきた。
「ルイシアさん。まずはあなたが悩んでいる事について話してもらえますか? おそらく、伝え難い手段なのでしょうが、把握している選択を全て提示してもらった方が一つ一つの選択への対策が出来ます。それに、複数の選択を一つに纏められる場合もありますよ」
ムゼーランさんの言葉はとても有難かった。発言内容だけで処罰されるかもしれないという心配を無くしてくれたのだから。
「ええ、はい。実は――」
百科事典との会話で知った事、思った事を話した。
「ふむ。では、王子の考え方から改めていきましょう」
「ムゼーランさん。どうしてそう思ったんですか?」
チートの練習なら、チートを使うために必要な行為を繰り返せば良い。ここでなら甘い物を食べるになるけれど、彼の提案はチートを使うよりも前の話だ。
武器の扱いよりも武器で何をするか。料理をただ作るよりも、何のために料理を作るか、みたいな根っこの所のように思う。
「習うより慣れろとは言いますが、ルイシアさんを招く前から幾度と無く試しています。ですが、王子は糖が体から抜け出る状態に慣れてはいませんよね?」
王子に確認するようにムゼーランさんが視線を向ける。
「そうだな。事前に倒れた場合の周囲の対策は数を重ねて行えるようになったが、肝心の私自身のチートを制御する事が出来ていない」
「はい。ですので、考え方です。騎士団の中には自身のチートの扱いに悩んだ者が複数居ます。その悩みを解決したのは考え方だそうです。お二人は、言葉一つ、行動一つで問題が解消した経験はありませんか?」
「畑を耕す時の体の動かし方でなら」
「剣の構えであるな」
「今回の事もそれと同じです。王子はチートが発動している時の事を詳しく思い出してみてください。書き出してみると良いでしょう」
「なるほど。発動時の感覚と逆になったのなら外に出ないという事になるな」
「はい。そのためにもしっかり思い出してもらう必要があります。加えてチートを得る前の記憶も手助けになるかもしれません」
「ムゼーランさん、それって十五歳になる前のって事ですか?」
「はい。チートを得た後で駄目なら、過去が必要になりますから。自身が忘れていても、書き出す事で引き出される記憶もあるでしょう」
心の傷がチートの制御に関わっているかもという事らしい。
私ではそこまで考えられなかったし、国家税務官になると考え方がより深くなるんだなと感心してしまった。
「分かった。やってみよう。明日、同じ時間に集まるで良いだろうか?」
ここに居る目的なので、私は頷く。ムゼーランさんも分かりましたと返事をした。
どうやら今日はこれで役目は終わりっぽい。
ふぅ、心の準備無しでの王子と出会った時はどうしようかと思ったけれど、警戒は解かれたし、役目も果たせそうで良かった。
「そうだ、ルイシア」
静かに安堵していると王子に呼ばれた。まだ何かあるのだろうか?
「何ですか?」
「いや、まだ言っていなかったと思ってな」
「何かありましたか?」
何か忘れられているような事があっただろうか? 正直な話、細かい事を思い出せるほど、今の私の頭に余裕は無い。部屋に帰って眠りたいくらいなんだから。
「これからよろしく頼む」
そういえば言われてなかったかもという気持ちと、今更!? という感情で私はすぐに言葉を返す事ができなかった。
王子はそんな私を待たず、自分が言いたい事を言い終えると席を立った。
この様子を見ていたムゼーランさんが一人クスクスと笑っていた。




