奇行の始まり 教会の予感
「すいませーん。誰か居ませんかー」
廃棄場にやって来た私は、皆出払ってくれていてもかまわない。むしろ、そうであってほしい。そんな願いを言葉に込めながら呼びかけていた。
でもその願いは届かない。休憩所の兼ねた小屋の扉が開き、廃棄場の若手が出てきた。
「やあ、ルイシア。おはよう。どうしたんだ?」
明るくて気の良い彼は、ステルファン。私よりも七つ離れていて、小さい頃は面倒見の良い兄的な人だった。
「おはよ、ステルファン。実はね、お願いがあって来たの」
「ん? 俺に? それとも廃棄場に?」
「廃棄場に、よ」
ステルファンは廃棄場という職場のせいで結婚相手が見つかっていない。
何せ、ゴミ以外にも糞尿を扱う仕事だから、若い人にほど距離を置かれる。人が集まる場所には必ず必要な施設であり、仕事なのだけど、どうしても臭いのせいで敬遠されがちだ。
そんな理由で、はっきりと恋愛的な用事では無い事を伝えなければ、お互いにとって悲劇しか生まれないので、強調して要件を告げた。
彼もそういった事情を理解しているので、強く言っても表情を変えなかった。
「分かったぜ。でも、手ぶらだよな。持ってきたんじゃないのか?」
やっぱり、誰でも持ち込む前提だから、何も持たずに来た私の姿を疑問に思うみたいだ。
「あのね、私――」
いざ言おうとしたら、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
よく考えたら、当然か。だって、皆が持ち込む物を、私は持ち帰ろうとしているのだ。
村の中でもすぐに噂が広がるだろう。絶対に妙な目で見られるだろう。
私が考えるよりも前に頭は分かっていたんだと思う。今になって、私がそれを自覚したんだ。
照れが出て、言葉に詰まっていると、ステルファンが言う。
「そういえば、ルイシアの誕生日って近くなかったか?」
「え、今日がそうなんだけど。どうしたの?」
急な話題に私は首を傾げた。
「いや、何。手ぶらでやって来たのはチートに関する事かなと思ったまでよ」
昔の面倒見の良さは今も健在だったらしい。ここは乗っかるところだと思った私は、全力で頷いた。
「そうなの。廃棄場にある物を使わせてもらいたくて。それで今日は来たの」
「おーし、そっかそっか。一応聞くが、それは悪さに使うんじゃないよな?」
「無い無い。むしろ、村のためになると思う」
うんこでどんな悪さが出来るというのか分からないけれど、管理する側としての必要事項を確認されているのだと思って答えた。
(この流れで、今後も使う肥料について説明をしてください。そして、一定量を確保出来るようにしておきましょう)
「そんなに何往復もしないといけないの?」
(はい。それに使うのは一回だけではありません。畑の傍にも、ここにも用意しておいてもらうべきです)
正しくメシイモを育てるためと、百科事典が繰り返す。
「うへぇ……」
ため息が出てきた。
「お、おい。ルイシア?」
「えっとね。持っていきたいのってうんこなの」
面倒臭いという感情が優先されたからか、今度はすんなり言えた。
「う、うんこを持って帰るのか? なら、持ってこないで溜めておけば良いだろ」
「それがそうもいかないみたいで。とりあえず、ここの時間が経ったうんこが必要みたい」
「そ、そうなのか。分かったぜ。皆にも話して、一画をそれ専用にしておくよ。何か注意する事はあるか?」
「ありがとう、ステルファン。あのねーー」
私は百科事典の言葉をそのまま彼に伝えた。同じ事を繰り返しているからか、聞いているステルファンは不思議そうな顔をずっとしていた。
「――という事でお願いします」
「分かったぜ。いつぐらいから持っていく?」
「今日から作業するから……」
(まずは肥料を置ける場所を作りましょう。そして、開墾しつつ、肥料を集めていくのです。二日後でいいでしょ)
「え、早っ。あ、ごめん。あのね、二日後くらいから貰いに来ても良い?」
「分かったぜ。それまでに場所は用意しておくから、当日は来たら声をかけてくれ」
「うん、ありがと、ステルファン」
話は終わった。また家に戻ろうと、体の向きを変えると、彼が私を呼び止めた。
「ルイシア、一つ聞いていいか?」
「うん? どうしたの?」
「その貰ったチートって、実は廃棄場に関係しそうなーー」
「事は絶対に無いから。期待もしないで。絶対にね」
彼も含めて三人しかいない職場。そこに新しく一人増えるかもしれないと、淡い希望を持たれても困るから念を押した。
「そ、そうか。残念だ……」
村の人工的にも後に続く人が現れなければ自分一人で管理していかなければならない。そんな細く暗い未来の可能性をステルファンは気にしているのだろう。
たしか、選別のノルスンさんと耕しのコルステラさんに慣らしのステルファンだったっけ。
三人で重労働に日々に汗を流している。ノルスンさんはもうすぐ五十歳くらいで、引退も視野に入っている年齢だものね。
まあ、ここでしっかりと断ったし、四人目になる可能性は無いはず。無いよね? 百科事典。
(春が来るには畑を始める事。それが全てです)
素っ気ない返しだ事。それに春っていうのはどういう事だろう?
答えてくれなさそうな気がしたから、私は家に戻る事にした。
家路の途中、お腹が鳴った。
「そういえば、まだ朝ご飯も食べてなかったっけ」
期待の朝が百科事典によってとんでもない事になってしまった。
今日は私の誕生日でもあるはずなのに、この後の予定は開墾作業に決まっている。
汗水流して働くのは何時もと変わらないけれど、なんでこんな風になってしまったのか。
この先、私は望む未来を手に入れる事が出来るのか。前途多難で足取りも重く感じていた。
丁度時を同じくして、村の教会ではチートの導きを得た少女が居た。
「何か、良い出会いの予感が……」
牧師と自分しか居ない教会を掃除中、修道女が何かを感じ取る。
しかし、彼女はまだその相手を知らない。どこに行けば出会えるのかすらも。
「はっ。この妙な高ぶりは、もしかすると神なのでは!?」
少女の考えは正しいのか。それはもう時を進めなければ分からない。
「もうダメ。もうむりぃ」
誕生日の夜。私は自分の寝床に倒れこんだ。
畑仕事以上に体が疲れてしまっていたのだ。
「ねえ、百科事典。私、畑仕事で体力とかあると思ってたんだけどさ。なんでこんなに疲れてるの?」
食事するのもギリギリだった。唯一食べられたのは、メシイモを茹でて柔らかくした物。
仮にお肉とか出ても、嚙む行為が出来そうも無かった。
(普段の筋肉とは違う所を使ったからですね。加えて、心の負荷ですね)
「つまりは、百科事典が全て悪いと……」
(それは心外です。この現状は、あなたの鍛え方が足りなかったというだけですよ)
足りない事は無いと思うんだけど、否定するための言葉が疲れのせいで出てこない。
チートのある生活ってこんな感じなの?
(いけません)
何がいけないというのか。チートって、人の可能性を広げるものだと思ってたんだけど、なんか違うんだもの。勝手に世界を背負わされてるっぽいし。
(それ以上はいけません)
百科事典が止めるけれど、勢いのついた考えは止まらない。行き着く所で閃いた。
「そうだ、チートを捨てよう」
与えられてまだ一日も経ってないけれど、それが良いような気がしていた。
(あなた、チートを捨てるとどうなるか分かっているのですか?)
「特別秀でたものが無くなるだけでしょ。極端な話、持ってなくても問題無く生きていけるのよね」
昔、チートを持たない人の生き方について国教である二ルネッガ教の牧師が話してくれた事がある。チートを持たない人は、指針の無いままに自身の可能性を探し続けるらしい。
私の場合は手間をかけずとも育てられるメシイモがある。メシイモさえあれば、良い暮らしは出来なくとも、現状の日々は送れる事が分かっている。
だから、こんなに疲れるのならチートを捨てても良いんだ。
「よーし。明日、教会に行こう。そうしよう」
なんか元気になってきた。誕生日らしい、生まれ変わったような気分だ。
(落ち着いてください。あなたは今、疲労で思考に偏りが見られます)
「誰にせよ、人は偏って生きてるものよ。諦めるのねっ」
焦っているような感じの百科事典に、私は勝ち誇った気分で言ってやった。
二ルネッガ教はチートを崇拝し、チートに関しての悩みにはとても親身になってくれるらしい。
自分に合わない、重荷になるようなチートを持ったと感じる人に、最終手段でチートを消す儀式をしてくれるそうだ。
冠婚葬祭くらいでしか関わる事が無い人たちだったけど、国境だと言い張れるだけの凄い力を持っているらしい。
そんなニルネッガ教の支部は、人が集まる場所には必ずある。
この大陸の端にあるこの村にもだ。
今は、どんな人が派遣されてるんだっけ? おじいさんと……。ああ、確か最近、若い人が来たとか聞いた気がする。
「あー、なんか良いかも。余計な事させられて、面倒な事や不安になるような事を言われなくて良いものね」
気持ちが軽くなった気分になってきた。
(そのように今は考えていますが、良いのですか?)
「何が? また脅すの?」
(いえ、脅しではありません。既に滅びの可能性を聞いているのですよ。チートを消した後もその事実は消えないのです。近い将来、予兆が現れたとしても、無力に終わるのですよ。そして後悔するのです)
「あの時ああしていれば~とかって? よくある話ね。どうせ、今もほんの少ししか生きてない未来なんでしょ?」
皆が助からないのなら、頑張っても意味が無い。初めて滅ぶ未来を聞かされた時よりも落ち着いてたから、そんな考えになっていた。
(いえ。朝に伝えた未来よりも良い未来になっていますよ)
「具体的には?」
(このまま開墾作業を続けた場合、被害は大陸内に止まります。食糧難が起こり、七割の命が失われるでしょう)
「それはそれで酷い未来じゃない」
(ですが、世界が滅ぶよりもかなり減りましたよ)
何がどうなってそこまで減るのか……。というか、私のメシイモがなんでそんなに人救ってるのよ。それだけ、本来のメシイモは凄いって事なの?
(凄いって事なのです)
「茶目っ気がある感じで繰り返すなっ」
(親近感が欲しいようだったので)
「それ、絶対間違ってるから。あー、寝る。疲れた。もう疲れたっ」
こんなやり取りをするのも面倒になり、私は眠りに就いた。




