揚げ揚げな夜 新たなる調理法と師弟の絆
「さあ、突然乱入してきた自称料理人が振るう料理を食べたいかー?」
それは村長の掛け声から始まった。
集まった村人達の威勢の良い声に村が震える。
「では改めて名乗ってもらおう。今日料理を振舞うのは彼だ」
「俺が熱血油料理人のユーイルだぁぁぁぁっ。皆、油にまみれたいかぁぁぁ?」
ノリノリで尋ねる彼に対し、村人はというと。
「油って高いしなぁ」
「まみれるようなものじゃないだろ」
「どうせなら明かりに使うわよねぇ」
とかなり冷静だった。
「何でだよ。油はな、油は正義なんだ。皆、知ってるだろぉぉぉ?」
謎の問いかけに対し、村人達は口々に言う。
「基本イモだしなぁ」
「茹でるか蒸せば十分だし」
「やっぱり食よりも明かりよねぇ」
村では油は貴重品。だから大量に使うのが良いという彼の訴えに賛同する者の姿は見られなかった。
それは二年前の試食会で使ったあの草の発見もあるからより顕著だった。
どこの家もあの草を育てるようになったから、求めて村の外に出る必要もなくなった。
村の人にとっては油よりもあの草の方が重要度は高い。。
だからどんなに油最高!! と主張されても村の住人には響かない。
正直言うと、油の料理人を名乗っている彼の何が凄いのかも私を含めた皆は分かっていないだろう。
油の素晴らしさを語る熱量と観客側の冷め具合は酷いものだった。
そんな温度差をよろしくないと感じたのか、村長が問う。
「全員、新しい料理を食べたいよなぁ?」
「もちろんー」
「当たり前だー」
熱のある掛け声。娯楽の少ないこの村では、食が最上位と言って良いほどの存在。
かつてのようにただ生きるためにササッと食べる行動では無くなっていた。
だから村長は皆を盛り上げる上手い問いかけだった。
まだ蒸し料理が流行の最先端であり続けている村だから、彼が作る料理が自分でも出来そうな料理だったら、もう次の世代まで流行り続けるんじゃないだろうか。
そう思わせるほどに村の人の興奮は天井知らずだ。
自分の発言よりも村長の言葉に熱を上げる大衆にユーイルの眉間は寄っていた。
「ねえ、百科事典。こんな状況であの人大丈夫なの?」
料理系のチート持ちだというのは彼の言葉から分かるけどさ。でも、腕前という点でフドクルさんと同等かそれ以上なのかは分からない。
(大丈夫ですよ。今、この逆境に彼の心の油が沸騰していますから)
「それは水がお湯になった時と同じくらい熱くなっているって事?」
百科事典の言葉が意味する所が分からない。
だって、油なんて塗る程度の量でしか使えないから。
(お湯よりも熱いですね。彼は今、この逆境をひっくり返して見せると燃えています)
「あの人、随分と負けん気の強い性格なのねね」
誰一人賛同を得られない状況が一変する所を想像すると、その時の手のひら返しはさぞ気持ちが良いのだろう。
一体彼は、どんな料理を出してくれるのだろうか。
「はい、ということで調理初めてくださーい」
場を盛り上げる事に全力を出した村長からの雑な宣言。
あまりの落差にユーイルは虚を突かれた感じになっていたけれど、集中する視線にハッとしてメシイモを切り始めた。
「ここからじゃ良く見えないなぁ」
村の人に押し出され、私は随分と後ろに追いやられていた。どうにかユーイルの顔は見えたアけれど、首から下が見えない。けれど、軽快な包丁の音は聞こえるので、メシイモを切っている事だけは分かった。
「百科事典、解説お願い」
見えて無くても私のチートなら分かっているだろうと、頼んでみる。
(彼は今、細長焼きと同じ長さに揃えてメシイモを切っています。この後は厚みを持たせた物と薄く輪切りにした物を用意する可能性があります)
百科事典の能力なら、今ある情報である程度彼がやろうとしている事が分かる。
その反応を見るに、飛びぬけて凄い事はしないみたいだ。
「そっか。厚みで食感が変わるものね。でも、細長焼きなら村の人には新しい発見は無さそうだけど。薄く輪切りにしたのはどうするんだろ。温度の確認用?」
村のやり方と違うのは油を使うかどうかくらい。彼の三種類の切り方はそれぞれに意味があるというのは分かるけれど、この違いがどれほどの変化をもたらすのだろう。
(材料を全て切り終えましたね。次に水洗いしています)
「え、洗ってるの? 土を落としたのを渡してるのに?」
洗うのなら、切り分ける前じゃないの? と不思議だった。
(切る前にも一度しっかりと洗っていたようです。洗ったメシイモの水を切り始めましたね)
私の場所からでもその行動の一部が見えた。
ユーイルが落とさないようにとザル同士を重ねて全力で振っている姿が。
(仕上げとばかりに更に水気をふき取っていますね)
振って水切り、拭いて水切りとは、随分と念入りだ。なんでだろう?
(高温の油に水を入れると大変な事になるので、防止のためでしょう)
「大変?」
(油が音を立てて跳ねるんですよ。熱い上に大きい音がします。音のほどはすぐに分かりますよ)
百科事典が言うという事は、よっぽど警戒するべき部分なのだろう。
話を聞いていたら、ユーイルはメシイモを拭き終わったみたい。
この後はついに油を使うんじゃないかな。
百科事典の話が気になるし、その音というのも聞いてみたいと期待していたら、また水きりの工程を挟んだ。
(それぞれの切り方毎に揚げるつもりですね。一緒に入れるよりも効率的です)
大きさが違えば火の通りが違う。油が高温だというのなら、焼く時よりももたついてはいられないのだろう。
同じ工程を終わらせると、ユーイルは油がたっぷり入っている鍋にメシイモを入れた。
その瞬間、ジャーっという聞いた事が無いほどの大きな音が聞こえた。
村の人達の声が聞こえなくなるほどの大きな音に恐怖すら感じる。そんな音の正体を前にしてもユーイルは平気な顔を……いや、何だか恍惚な表情を浮かべているように見えた。
こんな悲鳴みたいな音が好きだなんて私には理解出来ない。
(彼はこの音を聞くために油を使っている節がありますから)
「チート持ちだからじゃなくて?」
(はい、持ちではなくてもです)
うん、理解出来ない。
(あなたも分類すると理解でき居ない枠側ですよ)
「っ!?」
衝撃の発言。思わず声が聞こえていた方を向く。
「神様とのお話は終わりましたか?」
私の反応を見て、視線の先に居たメイティアが言う。
「えっと、ううん?」
歯切れの悪い返ししか出来なかった。
彼女に言われたばかりの発言を伝える事は、自分以外に情報を伝えるという事。
つまりは、私が自分で変な人枠に居ると伝える事になる。
絶対に「私、変な人の枠にいるのー」なんて言いたくないし、そんな情報の種を植えたくない。自分でも処理するには時間がかかっているこの感情のもやもやをどうするべきか。どう処理できるか。とても重要で深刻な問題だった。
(完成しましたよ)
言った本人の百貨事典は何にも無かった様に状況説明を続けているし。
顔を上げると、油の匂いなのだろうか。何だか香ばしく、匂いの元を辿りたくなるような、食欲をそそられる香りがした。
「さあ皆、食べてみてくれっ」
山となった揚げメシイモ二種が皿に盛られ、湯気が立っていた。
私達は、試食のためにと列を成し、それぞれを食べてみた。
細い方は焼きでは出せないカリカリさとなっていた。フドクルさんが作ってくれる細長焼きよりも細い。だからだろうか、全体に素早く熱が入り、硬くなる。それは自身の長さで曲がらないほどだ。火の入り過ぎと思うのが普通だと思うのだけど、食べてみるとこの硬さが小気味よくて、手が伸びてしまう。音が無くなるまで噛み砕いた後、もう一度カリカリ食感が欲しくて食べたくなってしまうっ。
油で揚げるという行為の恐ろしさを体感してしまった。でも、まだもう一つの方がある。
そう、厚く切った方だ。
そちらの方に目をやると、半月みたいな形だったり、四角だったりの一口大の大きさのメシイモがゴロゴロしていた。
これもきっと、私達が食べた細長焼きを超えていくのだろう。
心の準備は終わり、厚切りに手を伸ばす。
持ってみると表面は硬い。口の中に入れて噛んでみる。
パリッとした表面が壊れた後に来る柔らか食感。私達が焼いて食べていた物と同じだ。
でも、次が違った。ホクホクした中身の熱と一緒にメシイモの匂いと旨味が広がる。
大量の油の中に入れられた事で、メシイモの中にまで油が沁み込んだのだろう。
噛む事でメシイモが持つ味が含まれた油が広がる。出来立てだから味わう事の出来た感覚がここにあった。
一個で二つの食感が楽しめるのも別の楽しさがあるし、こっちも癖になる。
私的には、二年前の試食会で出した料理の発展形のようで、食感で負けを認めざる終えなかった。
焼きと揚げ、どちらを今後食べたいかを問われたら、揚げの方と答える村の人はきっと多い。それぞれの良さとか好みの問題だけど、これは村を二分してもおかしくないほどの仕上がりだ。
間違いなく美味しいは美味しい。でも、何故だろう。二つの揚げを食べてから一つの想いが消えない。ねえ、百科事典。村の皆も同じ事を考えてるんじゃない?
(そうですね。考えている事は同じです)
やっぱりそうだよね。うん、そうだ。
なんか足りない
きっと当たり前に使い過ぎて、ほとんど無意識なのだろう。一体それが何だったのか。喉元まで出かかっているような、何とも歯痒くてモヤモヤした感情が渦巻いていた。
この言い表せない心情をユーイルも感じ取ったのだろう。
認められているのに戸惑っていた。
「おいおい、どうしたってんだ。美味いだろ? これは食欲を刺激するために特別に混ぜ合わせた油を使ってるんだからよぉ」
なるほど。村では食糧事情がかなり好転しているけれど、試行出来るほどの余裕は無い。
ましてや油なんて何種類も用意出来ないから、彼がそんな工夫をしていただなんて思い浮かびもしなかった。
油でも彼が言ったような試行をする事が出来るんだ。
一生縁は無いだろうけど勉強になった。
私が心の中でハッとさせられていると、村の人の声が微かに聞こえてきた。
「ま……ぜた?」
私同様に衝撃を受けたのかもしれない。その誰かの声は、波及していった。
「そうか、そうだったのか」
今度の声は大きかった。気付けた喜びに打ち震えているのだろうか。感情を押さえられないといった様子だった。
「お、俺、ちょっと用事を思い出した」
「わ、私も」
「ちょっくら家に戻るぜ」
一人、二人と人が減っていく。
「お、おいおい。どうしたんだ? お腹ピー子ちゃんなのか?」
先程まで大盛況だったというのに、祭りの後のような静けさと片手で数えられるほどの人数しか残っていない会場に、ユーイルは何か駄目な事をしてしまったのではと焦りと不安が混ざった表情をしていた。
(彼は今、油の状態について考えていますね。劣化、もしくは油壺の中に妙な物が混ぜられていなかったか、と)
油の料理人と名乗るくらいだから、真っ先に原因を調べるとしたらそこなのだろう。
自身の腕に問題があると考えないのは、自負があるのと私達の反応があったからか。
彼にとっては居たたまれない時間が過ぎていく。
そこに一人、また一人と村の人が戻って来た。
「あんたら……」
戻って来た理由も分からないのに漏れた声には安堵の感情が込められていた。
でも自分でそれじゃいけないと思ったのだろう。頭を振ると彼は言った。
「急に居なくなって、どんな理由で戻って来た!!」
「いやね、これが合うんじゃないかと思ってさ」
村一番の料理上手であるフドクルさんが言う。ユーイルに見せたのは小瓶だった。
「その入れ物が何だって言うんだ? まさか、俺が使ったのよりも美味い油が!?」
「いや、違うよ」
「なんだ、油じゃないのか……」
なら興味が無いと、ユーイル。
「まあまあ。ちょっとこれを振りかけたのを食べてごらんよ」
有無を言わさず小瓶の中身を振りかけるフドクルさん。
「うわ、何だ!? 白い粉? いや、違うな。なんかゴミみたいのが入っているぞ」
「それはゴミじゃないよ。村で人気の調味料さ」
遠慮は要らない。拒否もしなくて良い。言葉は要らないと、一本を取り、彼の口に押し込むフドクルさん。
防ぐ間も無く彼の口にメシイモが押し込まれる。吐き出す事が出来ず、彼は租借して飲み込んだ。
「な、何だこれ!? 油じゃないのに美味いぞ!!」
まるで油以外は不味いような発言に不思議な感覚を覚えた。
私らにしてみれば、油に美味い不味いがあるという感覚の方が分からない。
今の彼の発言で味の良い油があるのだと知ったくらいだ。
それだけ色んな種類? 回数? 試してきたのだろう。流石は油の料理人だ。
「教えてくれ、おばさん。この味の正体を」
「それはね、塩。それから香草って言われる良い香りのする草を混ぜてあるものなの」
「油以外で味を付けた!? まさか、そんな手が……」
本当に初めて気づいたという反応。
油で味を付けるというのもさっぱり分からない。
どんな環境でも樹塩で味を付けるくらいならするだろうに。
逆に油で何をしたら味を付けられるのか知りたい。
私は、フドクルさんが料理に色んな調味料を使うから、料理人なら当然の行動だと思っていた。
沢山の調味料を組み合わせて使うって、実は相当な技術だったの?
知らない世界の話に興味が湧くけれど、とても疑問の答えを貰えそうな状況じゃない。
「まいったぜ。俺は油があればそれで良いと思っていたけれど、油が負ける奴が居るなんてな。つるっと滑っちまったぜ。油だけにな」
油に引っ掛けた部分だけは言ってやったという顔をしていたユーイルだったけれど、その直後に急に絶望感を出した表情で膝から崩れ落ちた。情緒が不安定過ぎる。
そんな彼の手を取り、フドクルさんが言葉をかける。
「それは違うねぇ。あんたは最高の油で調理した。だから皆は美味しく食べられた。でもね、いくら美味しく食べられたからって、そこが最大って事は無いよ。味の高みなんてもんはね、どれか一つ、何か一つだけで手が届くほど甘くないのさ。私は包丁のチート。あんたは油のチート。二つ合わさっただけでもまた頂きにはほど遠い。その証拠に、塩と香草を振りかけたら更に味が良くなったじゃないかい。きっとまだまだ見ぬ高みの味があるはずだよ。それを目指すためにはどうすれば良いか分かるかい?」
もう答えの出し方は分かっているはずだと、フドクルさん。
「一人より二人……。一つより二つ……」
「そうだよ。私達は手を取り合わないといけない。まだ見ぬ仲間がこの世界の何処かに居るかもしれないからねぇ」
「そっか。はは、そうだったのか。油だけじゃ素揚げも出来ないもんな。忘れていたぜ。全てを最高にするためには、長所同士は手を取らないといけない。互いの短所は埋めないといけないって事をな」
ユーイルはそう言うとフドクルさんの手を両手で握り、立ち上がった。
「俺、また旅に出るよ。油ってのは、皆を熱くしなくちゃいけないからな」
「いいね、その温度。これであんたは、カラッとした仲間が見つかるはずさね。そうなる事を願っているわ」
歳の差を超えた友情を感じる。いや、これは師弟の絆?
「その仲間の一人目は、あんただぜ。おばさん」
「もう、やだよぉ」
和解? 結束? 何だか分からないけれど、特に険悪な感じにもなっていなかったけれど、良い空気だ。
「ねえ、百科事典。私にも分かるように説明してくれない?」
理解が出来ないから百科事典に解説を求めた。
(この世には言葉では語れない、語っては無粋になる世界があるという事ですよ)
何それ、分かんない。
もしかして、百科事典にも分からないんじゃないだろうか。そんな風に思ったけれど、説明されても分からなかったら何を言われるか分からない。自尊心のためにも深入りするのを止めよう。
その後、香草と塩を持ってきた皆に揚げメシイモ分けるユーイルとフドクルさん。
並んでいる皆の手には調味料と一緒に持参した皿が握られていた。
自分の分を貰った村の人達は、調味料をメシイモに振りかけ、食べ始めた。
すると、皆は口々に足りなかったのはこれだと言ってパクパク食べていた。
量が足りないという声にフドクルさんとユーイルは笑顔で向き合った。
そこからは、準備にフドクルさんが、ユーイルが揚げていくという流れ作業でこの催しは大盛況となった。初対面なはずなのに息の合った動きをする二人に、会場は大いに盛り上がった。
皆からのお代わりの嵐は、皆のお腹が限界まで膨らんだ所で終わりを迎えた。
調理器具の片づけは私やルイシア、フドクルさんとユーイルの四人でやった。
自分の道具の手入れを終え、纏めるユーイル。
「じゃあ、フドクル先生。俺、行ってくるよ」
目的が済んだらもう居てもしょうがないとばかりな性急さ。
「なんなら一晩だけでも村長の家に泊まっていけば良いのに」
村長との顔合わせは済んでいるのだからとフドクルさん。
もう間もなく日が暮れて村の外は真っ暗だからと、私も泊っていくべきだと思った。
客人への心配だった。それは彼も理解しているようだ。
「大丈夫です、先生。俺の邪魔をするなら片っ端から素揚げしてやるからなっ」
やる気に満ちている自分を誰も止められないと、力強く言うユーイル。
「徹底的にカラッといくのね?」
「はい。水気無しでやってやるぜ」
「ならもう何も言わないよ。良い旅を」
「ああ。何時かまた、自慢の仲間を連れて戻って来るぜ。じゃあな、先生」
彼は全力で手を振りつつ走り出した。
「所でフドクルさん」
「どうしたの、ルイシア」
「何時から師弟になったの?」
「二人で料理をするとね、通じ合うのよ」
父さんと料理した事はあるけど、全然そんな感じになった記憶が無い。
「あー、分かりましたよ、フドクルさん。共同作業。共同作業ですね?」
「ちょっとメイティア。話しに割り込まないの」
「ふふ。そのうち二人にもそんな通じ合える相手が見つかるかもしれないね」
意味深に笑うフドクルさん。私達はその姿に、いつも以上に大人を感じた。
「さ~て、弟子に負けないように頑張らなくっちゃねぇ。二人とも、気を付けて帰るんだよ」
やる気満々で満更でもなさそうフドクルさんに言われ、私達は、分かったと頷いて見送った。
「い、イモの大会は?」
良い気分でいた所に、すっかり忘れていた人が現れた。
「えっと、怪しい人。今まで何をしていたの?」
聞いた後に相手を見て気づく。這いずって歩いてきたのだろう。服の正面が随分と汚れていた。
それと声を聞いて存在は思い出したけど、名前が出て来ない。何か、それなりな立場の人だった気がするけれど、何だっけ?
「苦しみもがきながら、やっとここまで来たんだよ。ねえ、イモは?」
凄い頑張ったのだろうけど、とても言い難い事を伝えないといけない。
「全て食べ終わりました。同じ料理を作ろうにも油が無いので作れません」
「なな、なんだってぇ!? ど、どうすれば食べられる?」
物凄く汚れた姿で迫られると怖い。
「えっと、今しがた村を出て行った人が油を持っているので、分けてもらうと良いのでは?」
「なるほど、分かった。待っていろ、油の人。私が追いつくその時まで」
よく分からない不審者は、そう言うと後を追うために村を出て行った。
「あの、ルイシアさん」
「どうしたの、メイティア?」
「あの背信者の心配をするつもりはありませんが、大丈夫でしょうか?」
「ああ。あんな状態で追いかけるんだものね。途中で倒れるかもね」
「いえ、そうでは無くて。ユーイルさん、自分を阻む者は素揚げにするって言ってましたよね」
「あ~、うん。でもあれって、ちょっとした例えの表現でしょ。実際にはやらないって」
「そうでしょうか?」
メイティアが気にするから考えようかと思ったけど、深く考えちゃ駄目だと思って止めた。
「村の外での事だからね。私達の預かり知らぬところよ。さ、帰りましょう」
この言葉通りの事が頭に浮かんだからだ。村の中じゃ無ければ、何の咎も無い。
「ええ、はい」
新しい調理法を知ったこの日。私は想像すらしていなかった。
今日という日に起こった事は、きっかけだったという事を……。




