イモ会議
「そんちょー。居る―?」
扉を叩いて呼びかける。
「ルイシアか? こんな時間にどうしたんだ?」
家の扉が開き、村長の視線が私の顔から、下に向かう。それは私が抱えていた一個のメシイモに注がれた。
「うわぁっ、ついにやってしまったのか!?」
村の人間の、しかも縁の深い父さんの娘に対しての第一声がこれか。
明らかに取り乱した様子の村長。固定された視線を確認すると、ため息混じりに私は言った。
「落ち着いて、村長。これはイモだよ」
「い、イモ? メシイモ?」
二度見三度見と繰り返し、ようやく村長は勘違いに気付いた。
「ああ、イモか。イモだな。うん、イモだ。これ、イモ……かぁ……。いや、大きすぎるだろっ!!」
何度イモと連呼するのか。言い方の種類が豊富すぎる。
確かに私も掘り起こした時には驚いたけど、村長の反応は大げさすぎると思う。
「これ、私が育てたの。私が畑を作った所までは知ってるでしょ?」
「さ、さて、どうだったか……」
町に行った時にも私の畑の事について道中で触れていたのにこの反応はおかしい。
さてはまだ、信じ切れていないな。
本人は気遣いのつもりかもしれないけど、見当違いすぎる。
「村長、村長。私の後ろ、見てみて」
横に移動して視界を開けてあげる。
「んがぁっ。皆やったのか!?」
荷車に積まれたメシイモの山に腰を抜かす村長。
「ほら、これだってば」
抱え続けているのも疲れてきたから、メシイモを村長に手渡す。
「お、おお? おお、イモだな。ああ、手触りがメシイモだ」
ホッとした表情をする村長。
「立ってよ。で、見て。私の成果」
村長に起きてもらい、荷車まで一緒に来てもらう。
「凄いな。畑の大きさはどれくらいだったんだ?」
「父さんの畑の半分の半分くらいかな。でも、こんな大きいのが沢山取れたんだ」
「ルイシアさんの家の倉庫に置き場が無いくらいなんですよ」
「メイティアさんも一緒だったのか。って、今、倉庫に置き場がないって聞こえたぞ」
「そうだよ。だから、報告も兼ねて持ってきたの荷車一台分のメシイモをね」
積み荷であるメシイモをペシペシ叩いて強調する。
「ルイシアの家のメシイモが全てこの大きさになったら、税務官様が言葉を失くすな」
「村長も何回往復するか分からないね。荒くれ雇って運ぶか、税務官にこっちまで来てもらう必要が出てくるね」
「確かにそうだな。しかし、こんな端の端にある村まで来るような物好きは居ないぞ。どこの離れの村は近場の町まで運んでいるしな」
小規模な土地まで行くのは時間の無駄だし、自分達を疲弊させる必要は無いだろうという考えかな。
「でも、村のメシイモ全てがこの大きさならそうは言ってられないんじゃない?」
私がそう言うと、村長はそれまで冗談だと笑っていたけれど、真顔になった。
「それはつまり、誰でも出来るという事か?」
「目の前に成果があるでしょ。皆が取り入れたら夢じゃないと思う」
村長の喉が鳴った。
「つ、ついに、俺にも嫁が……」
夢が叶う、みたいな感じで空を見る村長。
「それはまだ早いでしょ」
「あ、そうか。しかし、村を揺るがす事件だという事は確かだ。今日はもう遅い。明日、今後について話し合おう」
「夕食の準備もんね。じゃあ、明日の朝でも大丈夫?」
「ああ、問題無い」
村の今後を決める相談の約束も取り付けたし、後は任せて家に帰ろう。
「じゃあ、家に帰るから」
メイティアと来た道を戻ろうと向きを変える。
「おいおい、待て」
「どうしたの? あ、荷車は明日取りに来るから」
「待て待て。一晩置くのはかまわないが、荷移しはしていけ」
色々な事情が重なっていけるかなと思ったけれど、駄目だった。
「は~い。やりま~す」
面倒な作業に返事も投げやりだった。
その後、村長とメイティアとの三人で荷移しをした。
ついでに父さんの事情を知った村長は、自分の夕食を二人分持たせてくれた。
翌日。私は約束通り村長の家の前に居た。
呼びかけ、家の中へと通される。
「腰の具合は良くなっているのか?」
挨拶もそこそこに部屋へ案内されている途中、村長は父さんの具合を尋ねてくれた。
「一晩横になってたから、ゆっくりとだけど動けていたわ」
「そうか。もし酷くなったら町まで走るから、遠慮するんじゃないぞ」
「ありがと、村長。ほんと、二人って仲が良いよね」
「あの人は凄い人なんだよ。皆の憧れってやつだ」
父さんをそんな風に言ってもらうと嬉しいけれど、信じられない。
村長が言う父さんは、私が生まれる前の父さんだから、なんでそんな風に思われるのか分からない。
「父さんって、昔は何をやっていた人なの? 凄い農家って訳じゃなかったんでしょ?」
「それは自分の口からは言えないな。じゃあ、本題といこうか」
部屋に通され、座るように促される。
お互いにテーブルを挟んで向かい合って席に着くと、村長から早速質問が来た。
「ルイシアが作ったあのメシイモ。全ての条件を村のメシイモ農家に教えるのか?」
「もちろん。だって、そうするためにやってた事だし」
百科事典が見た酷い可能性を軽減するためには、当然万人にやり方を伝えないといけない。
村長は何を確認したかったんだろう。あ、そうか。
「安心してよ。お金を貰うとか考えてないからさ」
そもそも村でお金を持っている人の方が少ないんじゃないだろうか。
「物々交換が当たり前だものな。メシイモ農家がメシイモを貰っても意味が無いよな」
「そうそう。そういう事」
「ルイシアの考えは分かった。しかしだ、指導料は取った方が良い。取るべきだ」
「お金を誰も持ってないのに? 私が知らないだけで、皆自分でお金を出せる魔法が使えるって事?」
「そうじゃあ無い。あのメシイモの栽培方法は無償で教えて良いものじゃない」
随分と強く言う村長。
今までの収穫量の倍以上になるだろう方法ではあるけれど、そこまでの反応になるほどだろうか。
「ルイシアは村だけの話と思っているかもしれないが、これは他の土地にも広がる確実に」
「うん。そうなってもらわないと困る。その一歩だからただなんだけど」
「何時か、村の外の人間が今回の方法を言い出した人物。ルイシアに辿り着いて尋ねてくるかもしれない。その時も同じように無償で知恵を差し出すのか?」
「事情によるかもね。でも、それが問題?」
「ああ。聞けばただで情報を教えてくれるなんて思われてみろ。その情報を絞るだけ搾り取られて、裸一貫で野ざらしになるぞ」
「え、え、ちょっと待ってよ。流石にそれは酷い可能性過ぎるでしょ」
「無償で教えている間、自分の畑を見れないんだぞ。それにこの村の人口でよその畑を見る人間が雇えるか? 金が無い、食べ物も無いとなったらそうなるぞ」
メシイモ農家をする傍らで知識を与える感じの未来で答えていたけれど、見通しが甘かったみたいだ。物々交換で成り立っていた生活の弊害かなぁ。
「村長の心配は分かったわ。指導料って事で対価を貰うようにする。ありがと、村長」
「気にするな。それだけルイシアのもたらしたものは大きいって事だ。それに、報酬の事も気にするな」
「どういう事?」
「場を設けて、説明した所でだ。これまでのやり方で続けようとする村民は必ず居る。だから、一つ仕掛けるんだ」
「へえ、どんな事するの?」
「畑の一部でもルイシアのやり方を試した者に銅貨を出す」
「え、凄いじゃない。私もやるっ」
「こっち側の人間は駄目だろ。ただ、支払いは収穫を確認してからだ。そうじゃなければ、手を抜いてやったけど駄目でしたー。でもやったからお金くださいになるからな」
な、なんか村長が村長してる……。
「ルイシアが報酬を得るのは収穫後になってしまうが、それでも良いだろうか?」
「お金を使うような用事は無いからそれで良いわ。でも、出し渋ったりしない?」
「メシイモの大きさを見れば一目で分かるだろ。それにそんなのには村長権限だ」
「おお、怖っ。権力だ。権力の化身が居るー」
「重税するぞー。五倍だ、五倍―」
「きゃー」
なんか小さい頃、村長とこんな感じのやり取りをした記憶があって懐かしい。
「何してるんですか、二人とも」
「うおっ、メイティアさん!?」
「きゃあ、メイティア!?」
座ったままでふざけていた所に突然現れる彼女に普段出ない声が出た。
「呼びかけても来られなかったので、お邪魔させてもらいました。それで、何をしているんですか? いかがわしい事ですか?」
ものすごく真面目な声で繰り返し確認してくる。
「いやいや、無実だ。指一本も触れちゃいないだろ」
「ちょっと昔に戻ってじゃれただけだから。妙な勘繰りはしないでよねっ」
その後も妙に静かな時間が流れた。
「……あまりにも普段見る事の無い状況だったので突いてみただけです」
その喋る前の間が気になるんだけど。本当に信じてくれてるの?
疑惑の視線を向けると、彼女はにこりと微笑んだ。それがなんか、心の底から怖い。
「で、なんでメイティアが来てるの? 村長が呼んだの?」
「ああ。村の発展に繋がる話だったからな。二ルネッガ教の証人を立てて約束事にしようとしたんだ」
「ルイシアさんが約束を守るようにしっかり支えますね」
「いやいや。約束を守らせるのそっち。村長の方だから」
改めて私達が決めた約束事をメイティアに聞いてもらった。
「分かりました。書面にもしますか?」
「あれ、町の酒場の時にはそんな事しなかったよね」
「書く物を持っていなかったので。因みにどちらを選んでも約束事に変わりありませんよ。当人同士が忘れないために作る念書の面が強いですから」
「そうなんだ。どっちにしても良いよ、村長。守られなかったら、全力で村長の婚期が来ないようにするだけだし」
「それ、村を潰すのと同義だって気づいているか?」
「村が無くなったら町にでも引っ越すわ。まあ、派遣される次の村長次第だけどね」
町や村の次の長が存在しない場合、国に申請する事で村長が派遣される制度がある。
何でも昔、あまりにも酷い長が居て、そこに住む人に討たれたとか。で、国が厳選して人を送り、その土地の中から長候補を選び、教育して後を任せるそうだ。
「どこでそんな制度の話を耳にしたんだよ」
「どこだったかなぁ。ここに来る商人か、この間行った町だったかなぁ」
昔から知っている村長の事は信頼しているし、村民皆、この制度に頼るような事は無いだろうと思っている。
「互いに見知った相手だが、こういう場合には甘く見ない方が良いぞ。メイティアさん、書面で残しておいてもらえるだろうか。私とルイシアとこの村の二ルネッガ教会とで三枚だ」
「分かりました」
「へえ、ただでやってくれるんだ」
「ん、そうだな。後で寄付しに行くから気にするな」
「あ……」
嫌な社会の一面を見た気がした。まあ、かかるものはかかるのだから、仕方が無いか。
証人を立てた約束事を終えても、話し合いはまだ終わらない。
「ルイシア。説明会をする時にどんな内容にするかは考えているか?」
「このメシイモをこうやって作りました。終わりって感じかな」
「それだといまいちだな。メイティアさんはどう思った?」
「大きいのが取れた事は分かりますが、そもそもの目的が分からないかと」
「そもそもの目的? どういう事なの、メイティア」
「大きい物を収穫出来たとして、そのメシイモは食用になっているんでしょうか?」
「そりゃあそうでしょう。食用をそのまま育ててるんだから」
「最初の方から見ているので、私は分かります。税として納める分。食用の分。どちらも増える事も分かります。ですが、食用として考えた時、今までの物よりも味が悪くなっているのではと思うんです」
果物はほっとけば腐る。早ければ硬くて食べられたものじゃない。私が考えていたのは育て方の説明で、味に関しては全く触れていない。今、私の頭に浮かんだ果物の例と同じ疑問について私は答えを持っていない。だって、まだ一度も食べていないのだから。
百科事典の話を聞いていたせいで、食べられる物という認識でいたけれど、私以外の人はそうじゃない。うっかりしていたわ。
「メイティアの話で抜けていた部分が分かったわ。でも、そうなると私達だけじゃ駄目ね」
「そうだな。この場合、頼るべきは一人しかいない。そうだろ?」
「そうだね、村長」
私達には既に目星が付いていた。
「そ、その人とは?」
「決まっているじゃない、メイティア」
「そうだよ、メイティアさん」
互いに頷き、同時にメイティアに顔を向けて答える。
「「フドクルさんだっ!!」」
頼れる村の料理上手ことフドクルさん。彼女の協力無しでは説明会の成功は無いだろう。




