旅立ち 思惑と分岐
結局、私達は日帰りする事は出来なかった。
事態が解決したとはいえ、警戒が必要だったし、既に日が暮れていたからだ。
村長にははぐれてしまった事と遅れて避難した事を二人揃ってお説教されてしまった。
その後でメイティアに協力してもらって教会で一晩お世話になる事になった。
夕食の頃に襲ってきていた眠気を堪えて食事はしたけれど、その後はもう記憶に無い。私が思っていた以上に緊張していたんだと思う。
翌日。全てから解き放たれたような目覚めは私の人生の中でも今後経験できるか分からないほどのそう快感だった。
スッキリした目覚めの後に思うのは父さんの事。予定が変わってしまった事で心配しているんじゃないかなと。
今日帰るまで気をもんでいるんじゃないかと思うとこちらも落ち着かない。
(あなたと心配はもっともですが、彼なら一日の遅れは織り込み済みですよ)
「そう? そうかなぁ?」
(過去に村長が町長との話し合いで戻る日が遅れる事がありました。今回もその範疇と捉えていますよ。気持ちを落ち着かせるため、外に出る事を進めます)
私に出来る事は何も無い。百科事典の言う通り、心を落ち着かせるしかないだろう。
「分かった。ちょっと外の空気を吸ってみる」
外に出ると、教会周りは静かで落ち着いていた。神聖な空気とはこういうのを言うのかな?
そんな事を考えつつ、体を伸ばしていると、こちらに近づいてくる人の姿を見つけた。
視界にその人を入れつつ、教会に用事かなと思って見ないようにしていたら声をかけられた。
「お、やっぱりここだったか」
まるで私と知り合いみたいな接し方にどこのどいつだと真正面から相手を見てやった。
「あ、あんたはっ」
ちゃんと見て、相手がサルブだと気づいた。
「昨日のお礼を言いたくてな」
「そう。昨日はお疲れ様。その活躍は私の耳にも入っているわ」
「広まる速さに驚きだな」
「じゃ、メイティアを呼んでくるわ。待ってて」
「あー、いやいや」
「何? どうしたの?」
別に引き留められるような行動はしていないと思うんだけど。
「今日来たのは、おねーさんへのお礼が一番なんだ」
「私に? 何もしてないけど。それに感謝するならメイティアの方でしょ。あの子はあんたの言い分を受け入れていたんだから」
私は彼の追い込んでいた方で、言ってしまえば心を折るような言動をしていた。だから彼の発言は理解出来なかった。
「まあ、そう思うだろうな。けれど、おねーさんはあの時、俺に本心を言わせなかっただろ」
「そんな事をしたような気もする」
状況的に長話してる場合じゃ無かったし、親しくもない相手の身の上話なんて興味も無いから、きっと打ち切ったんだろう。
会話は覚えているけれど、当時の感情を全く覚えていない。
「俺、戦う方は全然凄くないんだよ。チートの力で周りの荒くれが強くなりはするけどさ、本人は全然なんだ。だから、魔獣がまた出たって、五体も出たって聞いた時は震え上がっちまったんだよ」
「それで酒場に逃げ込んでいたと。でも良いの? 私にそれを聞かせて。言いふらすけど。これからすっごく言いふらすけど」
「そうやって言うけれど、おねーさんは言わないだろ。言うならもう広まっているさ」
人の隠している事を態々広めるなんて暇な事はしない。さっき言ったのも、昨日会ったばかりの人間に秘密を話し出したからだ。
「あの時告白しようとしたのを止めてくれたおかげでさ、心折れずにいられたんだよ。修道女さんに荒くれの役目を思い出させてもらって、おねーさんには踏ん張る力を貰ったんだよ」
なんかこの人、妙に私を美化してないだろうか?
(彼の好みは少々気の強い人になりましたね)
なんか要らない情報を得てしまった気がする。
「まあ、あんたが居てくれたから町は守られたし、魔獣も倒せたんでしょ? 戦うのに秀でてなくても、立派な荒くれだったのよ。良かったわね、臆病風に吹かれなくて」
「ああ。でも、今のままじゃ駄目だって分かったから、自分を鍛える事にしたんだ」
「あら、殊勝な事で。じゃあ何時か、あんたの名前が広まった頃に利用させてもらうわね。昔、助けられたって」
「そこは助けたじゃないのか?」
「有名になったあんたの事を助けたって言っても嘘つきって言われるのが関の山よ。話の種として使い倒すわ」
これから頑張ろうとしている人だ。百科事典からの求めていない情報を加味して、こんな感じの事を言えば激励になるだろう。
「じゃあ、絶対に有名にならないとな」
うん、良い笑顔になった。
「所で、おねーさんは今日、町を出るのか?」
「その予定だけど」
「俺、今日にでも王都に行こうと思ってるんだ。で、道中が同じなら護衛として付いて行こうかと思って。ああ、いや。無理にとは言わないからな」
王都とは完全に逆方向。それに、彼と関係を深めるつもりは無かった。
「ありがと。でも、私の連れの用事で明日になるかもしれないし、明後日になるかもしれないわ。だから、気にしないで王都に行って。目標があるんでしょ」
私にかまわず先に行ってくださいと、嫌みの無いように伝えたつもりだ。
「そっか。じゃあ、王都に着いたら組合に行ってくれ。そうしたら王都で会えるからさ」
目的地を敢えて言わなかったので、彼が誤解していた。でも、訂正しても面倒な気がしたからそのままにしておこう。
「そうね。王都に行ったらそうするわ」
「ああ、絶対だぞ。おねーさん」
何故そんなに私と再会したがるのか。それが分からない。
「所で、何で私の事をおねーさんって言うのよ。あなたの方が年上でしょ? 貫禄があるとか?」
「確かに年下とは思えないほどだとは思うぜ。けど、女性を呼ぶ時に失礼にならないように呼べって言うのが組合の教えなんだよ」
「つまりは、失礼の無い私の呼び方はおねーさんという事ね?」
「そうだな。それに、名前は知ったけど、だからって呼んでいいかも分からないから、おねーさん呼びしてるんだぜ」
ああ、そういう事なのね。女性に対して年齢問わずお姉さんと呼ぶ人は村にも居る。彼の呼称もそれと同じという訳だ。
「じゃあ、俺はもう行くぜ。旅の安全を願っているぜ」
「こっちも遠くから努力が実る事を願っておくわ」
別れの言葉を交わすと、サルブは駆けていった。あのまま王都まで走っていくつもりなのだろうか。
「そういえば、メイティアに会わせられなかったわね」
(彼の目的はあなたでしたから)
「私? 彼が何を思っているのか分からないわ」
呆れていると、メイティアが出てきた。
「おはようございます、ルイシアさん。早起きですね」
「おはよう、メイティア。あんな事が遭ったのに目覚めが良くてね。体の調子も良い気がするわ」
「それは何よりです。所で、会話をしているような声が聞こえていましたが、神様からですか?」
「どちらかと言えば、勇者様ね」
「ゆうーー。あの人ですか。何の用事だったんですか? 妙な事は言われませんでしたか?」
「昨日の事のお礼を言いたかったみたい。で、王都に行くつもりなら一緒に行かないかって誘われたわ」
「えぇぇぇぇ。そ、それ、受けたんですか!?」
「私、今日村に帰るんだから無理でしょ。お断りしたわ」
「そうですか。ホッ」
突然慌てたと思ったら、安心しだして、朝から忙しい子だわ。
「そういえば、百科事典が町に行くべきって進めてきたのよね。もしかして、ここまでが狙いだったのかしら」
(あなたにとっても有意義な出来事があったではありませんか。聞こえが悪い言い方は止めください)
どうせ周りにはあんたは見えないんだから関係ないでしょうに。それに、色々と裏で糸を引いている感じが凄かったんですけど。一体、私のチートはどんな未来を見ていたのやら。
(もう隠す必要は無いですね)
ついに隠すつもりになったらしい。そもそも私のチートなのに私に隠し事って、それ自体がおかしいんだけどね。
(結果だけを先に話しますと、今回の出会いが無かった場合、世界の被害が甚大でした)
「おっとう」
「どうしたのですか?」
「あ、いや。百科事典がとんでもない事を言い出したのよ」
「神様のお言葉です。私達には受け止めきれないほどお考えがあるのでしょう」
まあ、世界が危なかったらしいから、メイティアの受け取り方は間違っていないかな。
(私が見た可能性の先で、最後まで戦っていたのはメイティアとサルブの二人でした。二人は未来で聖女と勇者と呼ばれていました)
「せ、聖女さまぁ!?」
メイティアに視線を向ける。そしたら「修道女です。見習いの」と彼女は笑顔で答えた。
彼女が将来、聖女なんて大層な存在になるとか、信じられない。チートの力があるから出世はするだろうとは思うけど、それがまさか、聖女だなんて……。
(あなたがメシイモ栽培を続けた未来では、二人が結ばれる未来がありました)
あいつとメイティアが結婚!? 今は常に警戒している感じなのに、どんな経緯でそうなるのか。気になる。すごく。
(長く苦楽を共にしてきたので、他人が友人、仲間から盟友。そして恋人へとなるのは物語でもよくある手法です)
「手法とか言うなし」
村でも一緒に仕事をしていたら関係が深まって結婚なんて話はあるけど、そう表現されるとスッと現実に戻された感じがして嫌なんだけど。
(二人の出会いが遅いほど被害は拡大していきました。私が見た可能性の中でもっともはやく出会える時を探した結果が今回でした)
だから私に妙に進めてきた訳だ。
「ねえ、メイティア。質問なんだけど」
「どうしました、ルイシアさん」
「私のチートがね、私の意思とは別の思惑で動いているみたいなんだけど、どうしたら良い? 消去? チート消去?」
「ま、待ってください。神様の声を消したいのですか? そのチートを手放すなんてとんでもない」
「世界の被害を抑えるためとはいえ、今回はチートに使われた形だからね。私がチートを使ったんじゃなくて、チートが私を使ったの。そこ大事」
面倒事は避けたいのに、こんな形で巻き込まれるんじゃこの先やっていけない。
「チートとは、その方の可能性を示すものです。穴掘りなら未知の発見を。水なら水に関する知識を。チートの力とは生きるもの達をより助けるものなのです。今回、ルイシアさんが感じた事も近すぎたが故に感じた不快感なのかもしれません。もう少し、距離を取って情報を見てはどうですか?」
「距離を取って、ねぇ」
言われてみると、百科事典は先に結果を言っていた。私に新しいメシイモを育てるように言ったのは、世界が滅びないため。今回の件は未来で起こる何かでの被害を抑えるため。
そこの共通しそうな事を考えると、百科事典は世界が壊れないようにするという一点を目的としているみたいだ。でもこれじゃあ、結局は私は巻き込まれているに過ぎない。
ここから更に距離を取って見てみたら何が見えてくるだろう。
「私が楽に生きるため、世界を救うって事?」
食料が在っても人が居なければ意味が無い。人が居ても食料が無ければ意味が無い。
百科事典の行動はそのための行動だったって言うの?
(あなたが望む可能性へ近づくよう、最大限の手を尽くしています)
実は私じゃない人のチートだったとかいう展開じゃない?
(あなたがメシイモで世界を牛耳って誰が喜ぶのですか?)
そんなのは私に決まっている。この世の全てが私の物になるって事だから。でも、細々とした面倒事の方が多そうだから夢は見ても、実際になろうとは思わない。
(そうですね。あなたはそういう人です。それにですが、世界を傾かせるというのであれば、あなたにメシイモの新しい育て方は伝えていません。放っておいても滅ぶのですから)
まあ、そうなるかぁ。うん、百科事典の言い分を信じてみよう。
私の問題はこれで片付いた。今度はメイティアに一つ質問しよう。
「ねえ、メイティア。あなたって結婚願望とかあるの?」
二ルネッガ教は別に結婚を禁止にしていない。子をなすという事は、新しいチートの誕生と同義であるとされているから。一人一つのチートだから、たくさん子どもが居た方が良いという訳だ。
とは言っても、村じゃそんなに子どもは見ない。だって、外での暮らしが豊かだし、村じゃ得られるものが少なくて子沢山じゃいられないから。これが村長とか町長とかだと子沢山でも成り立つのかもしれないけど、村長には相手が居ない。
そんな訳で、村の適齢期は相手に飢えている。
「もちろんありますよぉ。理想としては、私が相手を支え、相手も私を支える関係ですかね。どんな困難に直面しようとも、それなら二人で乗り越えて行けると思うんですよぉ。やっぱり、結婚って生まれも育ちも違う二人が互いを理解しあい、すり合わせていくものだと思うんですね。だからそんな方と一緒になりたいですねぇ」
そっか。メイティアの理想はそういう感じなのね。想像したら砂糖が出そう。いや、調味料を確保出来るならそれも悪くない!?
(自分には無い乙女の夢でおかしくならないでください)
むっ、百科事典が随分と失礼な事を言っている。そりゃあ、私の母さんは……。いや、止めておこう。
でも、可能性でメイティアとサルブが結ばれるという話は、これを聞くと結構真に迫っている気がする。
そりゃあ、一番困難な問題を解決するくらいだから、他人のままで終わらないでしょ。
メイティアの理想の条件も達成してるしね。
にしても二人の間で良い関係になってるようには思えなかったけど、これってもしかして、私が何か邪魔したって事? どうなの、百科事典。
(詳しい事を言うのは止めておきます。あくまで可能性なので)
ここまで話して、何故濁すのか。でも、百科事典がそういう反応をするって事は、そういう事なのかも。考えていたら、メイティアに申し訳無くなってきた。
「メイティア、もしかしたらごめんね。婚期遅らせちゃったかも」
とにかく謝ろうと思って頭を下げた。
「え、ええ!? どういう事ですか、ルイシアさぁん」
何の事か、どういう事か、分からないのに謝られたらそりゃあ、困惑するよね。
でも今の関係のままでお相手候補筆頭とか言っても絶対に良い方向にはいかないだろうから、黙っておくね。
そうだ、村に帰ったら何かしらで埋め合わせをしよう。
でも、結婚に繋がる出会いなんて大きな穴、私は何をして埋めたら良いんだろう?
これは今日一日は悩む事になるなぁ。




