魔獣と集う酒場
「ふぅ。回ったわね」
「えへへ、お揃いの腕輪。腕輪ですよぉ」
メイティアの頬がほころんでいた。記念にとお互いに送りあった装飾としては安物だ。
彼女はそれをいたく気に入ったようだ。
そんな姿を見ていると、送った人間としては嬉しいし、今日という日を忘れないように、その証として腕輪を大事にしていこうと思う。
「まだ見れてない所はあるけど、そろそろ時間よね」
「あうう。とても惜しいですが、戻らないといけませんよね。いけませんよね?」
二度繰り返しても何も変わらない。教会で一晩お世話になって二日目を、とかも過るほど楽しんだけれど、実行した場合は徒歩確定だ。何せ私達の村は果てに在って、昔から関わっている商人以外で誰も訪れようとはしない。
そこで乗せてってくださいとか言おうものなら、いくら取られるか分からない。
代金が支払えなくて、着いたは良いけどそのまま身売りなんて結末になったら笑えないもの。
「村長もきっと待ってるだろうから、行きましょ。ほらほら」
町歩きを始めた時とは逆で、今度は私が彼女の手を引いて停車場に向かった。
到着すると、なんだか凄い人だかり。
「何か事件?」
「嫌ですね。怖いですねぇ」
門番と揉めているのか、大声も飛び交っている。少しでも情報が得られればと思って耳を傾けてはみたけれど、声の数が多すぎて聞き取れない。
「おおーい。ルイシア、メイティアさーん」
横の方で私達を呼ぶ声がして振り向けば、村長が居た。
見つけてくれて良かったと近づいてこの騒ぎの訳を尋ねた。
「ほら、ここに来る時に魔獣を見ただろう。あれが戻ってきたんだ。仲間を引き連れて」
「え、一体だけじゃなかったの?」
「そうみたいだな。それで、荒くれ達が対処してくれているらしいが、苦戦しているみたいだ」
野生動物よりも厄介らしいから、複数体となったら大事だろう。
町の荒くれだけで対処出来るんだろうか?
「ああ、こんな時に根切りが居てくれたら……」
「根切り? その人って有名なの」
「おいおい、何を言っているんだ。根切りはーー」
「根切りは?」
「なな、何でもない。この場に居ない相手の事を考えても仕方が無いんだ。私達はこの騒動が無事に終わるように願うしかない」
村長は根切りとかいう人の事を恐れている? 一体どのような人なんだろう。百科事典に聞いてら教えてくれるのかな?
(お断りします)
百科事典が拒んだ。チートでも恐れる相手って事? じゃあ、外の問題についてなら答えてくれるんだろうか?
(それならば可能です。外では現在、特殊な能力を持った魔獣が四体の仲間を連れて戦っています)
「ま、魔獣が五体も!?」
驚いて声が出てしまった。
「メイティアさん。また始まったのか?」
「そのようですね」
二人とも慣れた様子だけど、こんな状況で冷静過ぎない?
「ルイシア。外の様子が分かるのか? 聞かせられるなら教えてほしい」
「いや、私も詳しい事は分かんない。でも、五体居るみたい」
「おいおいおいおい、私ら死んだんじゃないか?」
「これは覚悟を決める必要がありますね」
二人とも一気に深刻な顔になった。魔獣を知る二人の反応で、かなりの危機だと、無知な私でも分かる。
そんな緊張を更に強くするかのように鐘が鳴る。
「時知らせ? でも鳴らす回数がおかしくない?」
数えさせるつもりが無いとしか思えないほどに間を開ける事無く鳴り続けている。
「違う。これは避難だ。急ぐぞ。町の荒くれ全員で対応する事態だ」
「急ぐってどこに逃げるの?」
「組合だ。あそこはその土地の避難場所にもなっているからな」
既に行動を始めた人達も居る。私達も逃げ遅れて中に入れないなんて事になったら大変だ。
「そうと決まったらすぐに行こう」
私の呼びかけに二人は頷き、一緒に走り出した。
逃げる途中、ふと町の外で百科事典が気にしていた事を思い出した。
「そういえば、百科事典があの時、ケルベルが他のケルベルと違うって言っていたわ」
「ルイシアさん、それはどういう意味ですか?」
「分からない。聞いても教えてくれなかったし」
「今聞いたら違うかもしれませんよ」
そうだろうか? でも、今情報を得られるとしたら百科事典しかない。駄目な事を承知の上で質問してみよう。
「百科事典。あんたが気にしてた事って何だったの?」
(信じられないかもしれませんが、これから話す事は全て事実です)
話の切り口が人間みたいになっている。
「その反応からすると、あの時にあんたが言わなかったのが見間違いとかじゃなかったって事?」
(はい。今外に居る魔獣ケルベルの群れを指揮している一体ですが、特殊能力に合体とありました)
たしか、物と物をくっ付ける時に使う言葉だったはず。生き物で能力が合体ってどういう事なの?
(落ち着いて聞いてください。外に居るケルベル達は合体します。五体の魔獣が一つになった時、ケルべリオンが現れます)
「何それ、カッコイイ!!」
心にズドンとくる響きに、つい声が大きくなった。
「ルイシアさん。どのようなお話をされているのですか?」
「ああ、ごめん。なんか、合体するらしいの。ケルベリオンに」
「け、けるべ?」
(正しくは、魔獣合体ケルベリオンと言います)
「な、なんだかよく分からないけど、駄目なんだろうけど、心の底で熱を感じる響き。あ、魔獣合体ケルベリオンなんだってさ」
「ごめんなさい、ルイシアさん。今回ばかりは何もくみ取れません。何故生き物が合体するんですか?」
確かに、そこからよね、疑問に思うのって。
「なんかそういう能力を持っていたみたい」
「そのような能力が……。では、五倍強いという事ですか?」
(いいえ、それ以上となっています)
私もどうなんだろうと思ったら、百科事典が答えてくれた。
「それ以上って、戦っている荒くれは勝てるの?」
(このままでは全滅ですね)
「ちょ、駄目じゃない。どうにかならないの?」
(好転させたいのであれば酒場に行く事をお勧めします。パフェを食べた場所です)
「はぁ? 酒場ぁ!?」
この事態で酒場とか意味が分からない。足がもつれ、転びそうになった。
「あぶないです、ルイシアさんっ」
それを防いでくれたのはメイティアだった。彼女の支えもあって、また姿勢を戻す事が出来た。
「助かったわ。ありがとう、メイティア」
「お礼よりもですよ。なんで止まろうとしたんですか。危ないですよ。ぺちゃんこですよ、ぺちゃんこ」
彼女が語気を強めるのも当然だ。でもそれは、彼女が私の身を案じての事。
「それで、今度はどのようなお告げがあったんですか? 酒場に行くんですか?」
まだそうすると決めてはいない。でも彼女の瞳は、私が行くと言えば一緒に行くと告げていた。
「メイティア。あなたって思ってたよりも凄いのかも。それに良い人過ぎて涙が出てくるわ」
私が混乱して、おかしな事を言い出したとは全く思っていない。私の行動が良い方向に転ぶと信じて疑わない姿に、言葉通りになりそうだった。
「褒めるにしても感動するにしても、潤んですらいない瞳でそんな事言われても……」
だいぶ危ないし、感動しているのは確かなんだけど、私の涙腺は悲しいかな、そこまで緩くは無かったみたい。
って、今はこんな事をしている場合じゃないんだった。
「手短に話すけど、百科事典が酒場に行こうって言い出したの」
「こんな時だから飲まずには居られないと?」
「チートが酒なんて飲まないって」
「私も聞いた事がありません」
「でしょうね。で、パフェを食べた酒場に行くとこの状況を好転させられるらしいの」
「魔獣はお酒に弱いとか? でしたら、既に荒くれの皆さんが持って行ってますよね」
メイティアが言う通りだし、避難警報だって鳴らしはしなかっただろう。
「でも、私は行くべきだと思います」
「どうして? 感?」
「そうですね。不思議な事に、私のチートにも反応があるんです。組合のある方向に」
彼女の言い方からすると、組合に良縁があるという訳では無さそう。
私達が行った酒場は、組合の先に在った。お互いのチートの事を考えると、やっぱり酒場に何かがあるみたい。
「じゃあ、行くしかないか。でも、危ないかもしれないから、あなたは避難していてよ」
「嫌ですよ。私も行きます。チートの反応を考えると行かないと駄目なんです」
メイティアのチートは、彼女自身にとっての良し悪ししか分からない。そのチートが向かうべきと訴えているのだろう。友達としては安全な場所に居て欲しいのだけど、これ以上は止められそうにない。
「分かった。でも、私は自分だって守れる力は無いんだから、怪我しても悪く思わないでよ」
「もちろんですよ」
村長に一言言おうかと思ったけれど、私が遅れたからか、その姿は見つけられなかった。
仕方が無いから、このまま逃げる列を抜けてしまう事にした。
皆が組合に向けて逃げる中、私達は逆を行く。既に避難を終えているのか、急げる状態に無い人以外の姿は無い。
「楽しめなくなると思って秘密にしていた事があります」
「うん? こんな時に?」
「はい。実は、教会に向かう途中で良縁を感じる人と出会っていたんです。その後に組合でも」
「それの相手って酒場に居るかもしれないって事? 荒くれじゃないの?」
状況を良くしてくれるとしたら荒くれしかいないと考えていた。だから、こんな時に酒場に居る荒くれってしょうもない相手としか思えないんだけど。
「荒くれです。確実に相手は分かっているんです」
「じゃあ、行ってみれば顔は分かるって事ね」
頷くメイティア。百科事典が言っている相手と違う可能性もあるみたいだ。
酒場前に着くと、遠くの喧騒しか聞こえないほど静まり返っていた。
「じゃあ、行ってみようか」
「はい」
どんな事が待っているのかと、勇気を出して扉に手を伸ばした。
「逃げ遅れている人、居るぅっ!?」
勢い良く扉を開け、建物の奥まで届くほどに声を張り上げる。でも反応が無い。
「メイティア、チートはどう?」
「組合の時と同じく強くなっています。近いです。あちらです」
彼女が指を向けたのは対面席の向こう側。そこは店主さんが作業をしに引っ込んでいた場所だった。
こんな時に泥棒? 椅子でもテーブルでも投げ込んで先手を打った方が良いのかな?
(椅子は投げる事が出来てもテーブルは無理ですよね)
「いや、そこはメイティアと二人ならいけるかなと」
(店主が居ないからとやりすぎてはいけません。それから彼女を巻き込む事も止めるべきです)
話し方のせいで随分と冷静に諭された感じがする。でも、私だってそんな暴挙に出たいわけじゃない。
「いい、百科事典。私達は見ての通りのか弱い乙女よ。荒事は専門外なの。そんな非力でか弱い私達が戦うと言ったら、遠距離でしょ」
「ぷっ」
どこかで噴き出したような声が聞こえた。メイティアじゃない。だって、彼女も驚いているし、男の声だったもの。
「犯人に告げる。今ここで大人しく地べたを這って出てきたのなら、テーブルを置く台で勘弁してあげる」
(それは出てきませんよ)
「余計に出てきませんよ、ルイシアさん」
二人してそんな事を言うだなんて、酷い。
「いやね、この繊細な心を今、たった今笑われたのよ。相手の上でテーブルとか椅子を組み上げたくなるじゃない」
「それ、さっきよりも酷くなってますよ」
そこは同意して欲しかったんだけど、メイティアは冷静だった。
「ルイシアさん、ここは私が」
説得して見せましょうと、メイティアが姿なき侵入者に呼びかけを始めた。
「もし胸に手を当て、罪は無いと思うのでしたら、顔を見せてください。私達はあなたに危害を加えません。怪我をして動けないのであれば、逃げる手伝いをしましょう。なので、私達に言葉をください。声を聞かせてください」
何だろう。メイティアが聖職者に見えてきた。
でも、先の私の言葉を聞いた後で、彼女の説得が届くだろうか。
「いや、大丈夫だ。怪我とかはしてない」
私の時は噴き出しただけだったのに、今度はすんなりと声が返ってきた。この違いって何?
(積み重ねてきた徳、でしょうか)
よし、今度百科事典に目にものを見せてやる。
というか、相手の声はこの町で聞いた覚えがあった。でも、誰だったのか咄嗟に出て来ない。
(勇者サルブです)
全く名前が出てこなかったけれど、百科事典のおかげで思い出せた。
「ああ。あなた、組合で声をかけた人ね」
私の声を聞くと、向こうから姿を見せてきた。
「入口の所に居たおねーさんか?」
「そうよ。新人と勘違いされたの。強引に引っ張られて会話が終ったでしょ」
「ああ、確かにあの時の人だな。いやあ、いきなり物騒な事を言い出すから焦ったぜ。というか、蹴り破る勢いだったから焦ったぜ」
相手はすっかり安心しているようだった。でも私は、先ほどの事は忘れてはいない。
「と・こ・ろ・で、荒くれのあなたが何でこんな所に居るの?」
町の外が大変な事になっているんですけど? と疑問。
「そりゃあ、あれだ。逃げ遅れた人が居ないかの確認だ。ああ、確認だ」
もっともらしいけど、様子が怪し過ぎる。呼びかけても最初に出てこなかった時点で絶対に別の理由なのは分かっている。
「そうだ。メイティア、どう?」
良縁の人か確かめておかないとね。
「この感じ、やはり二度の出会いと同じです。どうやらこの方のようです」
チートで感じる良縁に、服の胸の辺りで両手を強く握りしめて言うメイティア。
「そっか。じゃあ見過ごせないわね」
他にも隠れている人が居て、そちらが正解という事にならなくて良かった。
「なあ、おねーさん。なんか苦しんでるように見えるけど、大丈夫なのか?」
何故か隠そうとするほどにこの縁に良い感情を持っていなかったメイティア。今もその片鱗がーー。いや、隠してすらいないのだけど、それを知らない彼からすると病気か何かの反応に見えるらしい。
こんな時でも他者を思いやる姿は、私の偏見で生まれた荒くれよりも紳士的だった。
これも話に聞いた組合の教育の賜物なんだろう。
「彼女なら大丈夫。チートの効果だから」
「え、そんな辛そうなチートがあるのか? 病院に連れて行かなくて良いのか? 手なら貸すぞ」
心配しているのは本当だろう。でもそれだけじゃない。まるでこれ幸いとばかりの気遣いに、何となく読めてきた。
「ありがとう。だけど、それよりも町の外が問題でしょ。何でこんな店主が居ない店に一人で居るの? すっごく不自然」
「いやそれは……。逃げ遅れの確認で」
「嘘ね。だって町の中にはまだ魔獣は入っていないもの」
避難指示が出ただけで、反対側の門だってまだ破られてはいない。
ここに来る途中も避難中の人の姿を見たけれど、まだ隠れてやり過ごせば大丈夫という、余裕があったように思えた。
ついでに言えば、この酒場の現状が余りにも綺麗すぎた。
もっと混乱状態で、テーブルや椅子が倒れていたりしていたら、私も疑問に思わなかった。
けど、私達が入った時と変わらないお店としては自然な状態だったから。
村長が言っていた荒くれ全員出動の知らせでもある鐘が鳴っていたというのに、こんな所に居る。
その辺りの事を考えたら出てくる答えは一つしかない。
「……あんた、怖気づいたのね」
私の言葉に、彼の体が大きく揺れた。
「いや、違う。違うんだよ、おねーさん。ほんとに、ね。人助け。人命を考えてたんだ。だってほら。おれ。俺さぁ。勇者だし」
チート能力が凄いと自慢気だったったっけ。だったらどうして今こんな所に居るんだろう?
私の疑問に、百科事典が答えてくれた。
(彼は自身のチートを誇りに思うと同時に重荷に感じているのです)
あれだけ誇らしげだったのに何故? と思わずにはいられない。
「外で戦っている荒くれと一緒に力を合わせて戦えば良いじゃない。まさか、戦えないのに荒くれやってる訳じゃあるまいし」
荒くれは非力な人がなる職業じゃない。これはこの国の人間なら子どもでも理解している常識だ。
「も、もちろん戦えるさ。ああ、やれる。だって俺は勇者なんだぜ」
動揺は見えるけれど、本人も言っている。けれど、先ほどの反応を見るに、怖気づいたのは明白だ。魔獣だから、いつもと違う相手だからだろうか?
まだ話を聞こうとするとメイティアが前に立った。
「メイティア?」
「ルイシアさん。この方は本当に逃げ遅れた人が居ないか確認しに来ただけですよ」
どう見ても彼の言い分が嘘なのは確かなのに、何故彼を庇うのか。
「君は……信じてくれるのか?」
「はい。荒くれは己の力で未来を切り開く人です。それに加え、力無き人を守る存在です。兵士が統率によって守る盾ならば、荒くれは個の力で寄る敵を切り進む剣なのですから」
彼女はこの国で荒くれがどのように見られているのかを説いた。するとサルブの目が輝く。
メイティアの言葉に感動したらしく、涙ぐんでいた。
「修道女さん。ありがとう」
自分の職業がどのような存在なのかを思い出したようだ。
(こう繋がりますか)
何かにつけて未来を見ているはずの百科事典が、また気になる事を百科事典を言い出した。
後で聞いておこう。
「聞いてくれ。俺は、本当は……」
何か吐露したい気持ちになったらしいサルブ。でも今聞くべきじゃないような気がする。
「悪いけど、私達も避難しないといけないのよ。あんたが逃げ遅れの確認をして誰も居なかったって言うんなら、もう行くわ。私達は……ほら、忘れ物が無いか探しに来ただけだから。ね、メイティア」
私も案外、彼の事を言えない。適当な理由が余りにも適当過ぎたんだもの。
「ふふ、そうですね、ルイシアさん。私達も戻りましょうか」
メイティアも私の言い訳に笑っているし、私だけ損した気がする。
一応、百科事典の言葉通りに動いて、立ち直らせた? のかな。これで今後が良い方向に変わると良いな。
今回は、私のというよりもメイティアの言葉で解決した感じだ。
百科事典は過程について何も言わなかったけれど、彼女の発言を聞かせるのが正解だったのだろう。
やる事も無くなったし、避難しようと酒場の入口の方を向いたら、私達に色々教えてくれたお兄さん達が入ってきた。
「君達、こんな所で何をしているんだ? 組合から離れていった人が居ると知らせを受けて探していたんだ。避難の鐘は聞こえていただろう」
「町は今、非常事態だ。早く避難するんだ」
これは……。本来なら彼の事は組合の職員が見つけるはずだった?
このまま素直に組合に行くのはかまわないのだけど、彼の事はどう説明したものか。
「ああ、すまない。これから彼女らを組合まで避難させようとしていた所だったんだ。彼女達、ここに忘れ物をしてしまっていたらしくてな。ほら、身に着けているだろ、腕輪」
私達の後方から妙に決めた声が聞こえた。
「君はサルブ君!? 何でここに?」
「問題が起きている側の門に向かおうとしたら、途中で彼女らがここに入るのを見たんだ。それで、状況は?」
自分の失態を隠すのにうまく利用された感じしかしない。
偶然を装って人助けの最中でした感が許せない。
だから、情けない状態だったのを職員さんに話してやろうかと思った。
でも分かってる。この混乱状況の中でそんな余計な面倒を起こすのは良くないって。
だからね、メイティア。ここは抑えてと言わんばかりにこちらを見つつ、服の裾を掴まなくて良いから。
「魔獣が合体したんです。それがとんでもなく手強くて、苦戦しているそうだ。君の力が必要なんだ」
五体合体しただけあって相当強いらしい。名前がカッコイイからちょっと見て見たいけれど、無理だろうなぁ。
「分かった。すぐに向かう。あなた達は他の逃げ遅れを探してくれ。この事態を狙う奴もいるかもしれないしな。彼女らは俺が途中まで連れて行く」
「ではお願いします。じゃあ、しっかりと彼の指示に従って速やかに避難するんだよ」
私達は分かったと頷き、職員達を見送った。
「こんな時に泥棒する奴がいるのね。人格疑うわ。にしても、随分と立ち回りが上手いのね。尊敬するわ」
職員さんの姿が見えなくなると、私は彼をチクリと刺した。
「いや、悪かった。でも、一番収まる言い訳だっただろ。そこは分かって欲しい」
荒くれが怖くなって逃げたとなれば、町の人の不安が爆発しかねないのはこっちも分かってる。
「はいはい。で、この後はちゃんと応援に行くんでしょうね?」
「い、行くさ。俺は勇者なんだぜ。勇者だから行くんだぜ」
鼓舞するのは良いけど、自分に言い聞かせている感が凄くて心配だ。
「そう。じゃあ、勇者の実力がどれほどなのか。結果を楽しみにしておくわ。一市民として」
「ああ。勇者の力、楽しみにしててくれ」
彼はそう言うと、酒場を飛び出した。私達を置いて。
「あらら、連れていくとか言ったくせに私達を置いて行ったわよ。まったく、世話が焼ける。世間が知る勇者の姿とはほど遠いんじゃないの?」
その身一つで強敵に挑み、勝利する。絶対的な英雄の姿を想像するのだけど、同じ勇者でもサルブをその想像と重ねる事が出来なかった。
(彼は他の戦闘系チートとは違い、飛びぬけた強さはありません。寧ろ新人荒くれと同等と言えるでしょう。ですが、彼が居る事で周囲の者は強くなります。なので、間違いなく彼は勇者ですよ)
「私には足手まといだという風にしか聞こえないんだけど。どこら辺が勇者なの?」
(彼は勇気を持つ者。そのチートの真価は自身の声や行動で周囲の者を奮い立たせる事にあります)
「ん? ちょっと待って。それってやっぱり、足手まといなんじゃないの?」
(人は誰しも、チート以外で強くなる方法があります。道場に通ったり、師匠に学んだりと)
うん、そういう方法は知ってる。でもこの先でそんな訓練を彼はするんだろうか?
だって、今まではしてなかったんだから。私はもう関わらないであろう相手だけれど、不安と心配で顔をしかめた。
「ルイシアさん。お告げでは何と?」
「あーお告げじゃないんだけどね。結構衝撃かな。彼、そんなに強くないんだってさ。なのに勇者だって言い回ってるなんて、寿命を削りたくて仕方が無いみたいね」
苦難しかなさそうな選択をした彼を理解出来ないし、この先も理解は出来そうになかった。
でもメイティアは違ったようだ。
「そうでしたか。ですが、彼はそれでも立ち向かう決断をしました。それはとても勇気が必要な選択だったでしょう」
「自分を追い込みすぎて逃げ場を無くしたって見方も出来るけどね。それと、勇気を持つ者を略して勇者と呼んでるみたいだよ」
「そうでしたか。だから自身を鼓舞し、勇気を出していた訳ですね」
そんな上手い感じじゃないと思うんだけど、彼女が納得しているなら良いわ。
「じゃあ、私達も組合に行きましょうか」
「はい」
酒場を出てから三時間後、緊急事態は解除された。
勇者サルブがケルべリオンを倒したという知らせと共に。




