88.盗賊一家 Ⅲ
何日走ったかなんて、数える気力も失せるほどに日が昇って沈んだ。俺を知らない旅人が水や食料を分けてくれて、それだけで数日食いつないで、逃げていたと思う。
服は砂埃で汚れ、歩くだけでも鳩尾が痛む。攣りそうなふくらはぎを何度も伸ばして、なるべく顔を上げないように、村から逃げ続けた。
太陽が眩しく照っていたある日、俺は滲む視界の中、真っ直ぐに立てているのかもわからない状態で歩いていた。幼子が蹴飛ばせるほどの大きさの小石にすら躓きそうで、恐らく周りから見たら不審な歩き方だったのだと思う。
「......おいガキ、そんなナリでどこへ行く。」
小綺麗な家屋を通り過ぎようとした直後、俺は剣を研いでいた細身の男に声を掛けられた。伸び放題の乱れた黒髪に無精髭、継ぎ接ぎの服に猫背の身を任せている痩せた男。二十代後半か三十代前半のその男は、その家屋の主には思えないほどに貧相な風貌をしていた。
「気に留めないで、ください......。ただの放浪者ですので......。」
「旅に慣れているようには到底見えねーけどな。」
男は俺の胸倉を掴むと、顔をじっと睨みつけてきた。目を逸らすことも許されない雰囲気で、泣きそうになりながら男と目を合わせ続けた。
「......目が黒と黄色か。まるでエクリプスじゃねーか。」
男は、意味の分からないことを呟いてから俺を荷物のように抱え上げると、目の前の家屋に入っていった。男の家屋の中は静かで、どこか悲壮感を覚えてしまった。
俺は気付けば布団に寝かされ、目の前で粥が煮こまれていた。俺の顔を見てもピンとこなかったのか、それとも知ったうえで入れたのか。男は何も言わなかったけれど、俺が警戒していることに気付いたのか、軽くあしらうように鼻で笑った。
「ビビんなよ。目の前で死なれたら後味が悪ぃだけだ。此処を出たあとは、どこでどう野垂れ死んでいようが俺は気にとめねー。......名前は?」
「オー、ズ......。オーズです。」
オーズウィル・レイエスだなんて、名乗るつもりは無かった。この呼ばれ方でも気付く人は気付くだろうし、気付かないのならそもそも俺のことを知らない筈だ。
男は、軽く相槌を打ったあと、自分が聞いたくせしてまるで興味がなさそうに陶器のお椀に粥を注いだ。そしてそのまま、もう一つのお椀にも粥を注ぐと、お椀にそのまま口をつけて口に流し込んだ。
「行く先ないなら此処で働け。......俺はノアディル。剣道場の師範をしてる。俺意外に人はいないから、体力戻ったら雑用な。」
淡々として、冷たくすら感じられる言葉選び。でもその雰囲気が、今は少し楽だった。
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「......お前マジで?」
ノアディルさんに拾われてから一週間後、手伝いで薪割りをしていると、突然ノアディルさんにドン引きされた。
「え、なんですか?」
「なんですかじゃねーだろオーズ!何だこの大量!この短時間でこれ全部かよ⁉しかもなんでそんなに体力あり余ってやがる!」
そんなこと言われても、と俺は無意識に口を尖らせていた。ノアディルさんは俺の顔を見て溜息を吐くと、ニヤリと口角を上げて笑った。
「面白いガキを拾ったみてーだなぁ......。いいさ、俺が指導してやる。剣の一つでもやってみろ。」
ノアディルさんが、俺に木刀を放り投げてきた。ノアディルさんが楽しそうにしている様子には、俺も少しずつ引っ張られていった。
俺を拾ってくれたノアディルさんは、そのまま、俺を道場に置いてくれて、剣の弟子として育ててくれた。道場に通う子どもたちには「オーズ兄ちゃん」と親しまれ、大人たちからは可愛がってもらえた。次第に、この村……マチレ村までは、俺の噂もとい俺の家族の存在すら知られていないことが分かった。
ノアディルさんは、妻子もなく一人で道場に住んでいたようで、人が一人増えただけで騒がしく感じる、と笑ってくれた。
それからニ、三年ほど、俺はこの道場で日々を過ごしていた。




