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87.盗賊一家 Ⅱ


 花瓶を返しに行ったあの日から、俺は昼間、家族に「一人で盗みに出る」と誤魔化して、メイサさんたちのお店に通うようになった。最初は失敗して何度も怒られて、それが嬉しかった。

 二人とも、俺を大事にしてくれた。二人には子どもがいなかったようで、目の前で成長していく様子が楽しいらしく、本当に大事にしてくれた。

 俺の顔を知っていたお客さんは、口を揃えて「そんな子どもを雇うのはやめておけ」と言った。大盗賊一家の末息子がいたら、何を盗まれるか分かったものじゃないと考えるのは当たり前だ。だけど、メイサさんが「オーズ(オーズウィル)の家族には、一度花瓶を盗まれた。今はその罰として働かせてるんだ」と笑って言ってくれたこと、そして俺が一生懸命働いた姿勢を見てもらえたことなどを理由に、段々と「オーズウィルはレイエスの他の家族とは違う」と、此処にいることを受け入れてもらえた。俺が此処にいるという噂は、リンさんが「流すな」と止めてくれたから、俺は家に帰っても、酔っ払った猫撫で声の父に、遠くの酒蔵から盗んできたらしい酒を、注げと押し付けられるだけに留まっていた。

 八歳から十六歳までの八年間、その平穏は続いていた。


○○○○○○○○○○○○○


「リンさん、また財布?……いいよ、一緒に探そう。」

 俺が十四になった年から、リンさんの認知症が進んでいった。最初は失くし物が増えたと思う程度だったのが、最近では物を盗られたと思い込むようになったり、服の着方を忘れたりと、できないことが目に見えて増えていった。それに伴い、メイサさんも日に日に自信を失っていった。

「オーズ、アタシは怖いよ。このままじゃ、いつかこの店を畳まなきゃならなくなっちまう。そうしたら、どうやって生きていけるんだい?これ以外の生き方を、アタシは知らないんだ。」

「大丈夫、そうなったら俺が何とかするから。ね?」

 リンさんを支えて、メイサさんを慰める。そんな日々が、しばらく続いた。


 十七歳になった年の秋の日の夜、悲劇は起きた。

 リンさんが、店に火をつけてしまったのだ。火の始末の方法を間違えたのか、何か幻覚を見て退治をしようと火をつけたのかは分からない。幸いにも店から出ていたリンさんは、理由もわからず大声で咆哮していた。

 メイサさんは、燃え尽きていく店を見て、静かにその場でへたり込んだ。火を自力で消すには川が、人に助けを求めるためには隣人との距離と距離感が遠すぎた。俺たちは三人で、火の粉が眩く煙へ消えていくのを眺めている他なかった。

 燃え盛っていくその光景を見て、自分にできることはこれだけだと思った。頭が良ければ、もっと要領がよければ、他に良い案が浮かんだのかもしれないけど。でも、俺はそんなんじゃないから。人から教わってきたことなんて、商品の店頭への並べ方と、物の盗み方だけだから。

「......メイサさん。」

「オーズ、どうしたらいい。もう店は燃えた。人に助けを求めるったって、これは紛れもなく自分たちの過失だ。周りはどこか他人行儀だし、お客さんに助けてもらうと言ったって、人に頭を下げて頼めるほど、無責任な顔はできないよ。」

 メイサさんは、遠くで踊り狂っているリンさんを眺めながら言った。病魔に取り憑かれているリンさんの目には、きっと俺もメイサさんも正しく映っていないだろう。

「......メイサさん。」

 俺は、もう一度名を呼んで、目の前に膝をついて屈んだ。初めて会ったときより痩せていた婦人は、俺の目を見て左右に首を振った。

「周囲にさ、助けを求めてよ。此処の人たち、皆優しい人たちだよ。俺が保障する。......だって、レイエス家の子どもの俺を、盗賊の俺を、肩書きじゃなく働きで評価してくれたんだから。」

 メイサさんは、もう一度叫び踊るリンさんを横目に見ると、自嘲するように手を振って笑った。

「知ってるよ、もう四十年は此処でやってるんだ。どこか一線を引いているのも、自分たちの余裕の為で、決して冷たいわけじゃない。自分に余裕がなけりゃ、人間なんてのは他人に当たるだけだからね。......でも、それはできないよ。この火事はリンが、アタシの旦那が起こした。そして損害を受けたのもアタシ達だけだ。頼んだら助けてくれるかもしれない。でも、どう頑張ったって私達は、『被害に遭っただけ』には留まらないんだよ。」

「なら、俺を悪者にすればいい。」

 メイサさんの弱気な言葉を、俺は鋭く遮った。メイサさんと俺の手に、幾らか灰が降りかかった。

「オーズウィルが、私達を裏切って店に火を点け出ていった。__そう吹聴して回ればいい。きっと皆が俺を敵とみなして、二人の生活をサポートしてくれるはずだよ。俺を悪者にして、被害者として助けを求めていけばいい。......俺は今すぐ此処を発つよ。俺のことは、村の誰にも捕まえさせないから。」

 覚悟は、できていた。一生を逃げ惑うことになったって、逃げる意味がちゃんとあるから。

 メイサさんは、先程よりもさらに大きく首を振り、俺の服を掴んで縋ってきた。その目からは、幾筋もの涙が落ちている。

「馬鹿を、馬鹿を言うんじゃないよ。アンタはアタシ達の息子同然なんだよ。そんなことできるわけないじゃないか!この場で飢えて死んだって、絶対に受け入れてやるものか......っ。」

「ダメだよ。俺は、二人に助けてもらって、生かしてもらったんだ。」

 俺は、メイサさんを強く抱きしめた。独りよがりだと分かっても、二人に生きてほしかったから。この決断を変えるつもりはなかった。

「俺、幸せだよ。二人に育ててもらったんだ。俺を拾ってくれた。本当にありがとう。......ねぇ、生きてよ。俺は死なないから。」

 抱擁を解くと、メイサさんは未だ納得がいっていないといった顔をしていた。遠くのリンさんは、薄っすら浮かべた俺の笑顔に、笑顔で手を振っていた。

 最後に、俺は二人に向かって、頭を下げた。

「メイサさん、リンさん。お世話になりました。......またね。」

 メイサさんの泣き叫ぶ声が、夜空に響いた。俺はその声を聞いて、彼女に背を向けて走りながら、肺一杯に、二度と来ることのない村の空気を吸った。

「......あっははははッ‼ざまぁみやがれ老いぼれ共!簡単に、信じ込むから悪ぃんだよ‼いい鴨だったなぁ‼」

 俺は、泣きながら叫んだ。誰かこの声を聞いた人間が、明日の朝に証言をしてくれることを願って。

 俺は高笑いをしたまま、全速力で山を駆けて、この村を後にした。

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