86.盗賊一家 Ⅰ
俺は、盗賊だった。
俺の両親は、人から奪うことを楽しみ、それを恥とも思わない人たちだった。両親の考えに賛同していた姉は、見事に両親そっくりな人間になった。
物心ついたときから、俺は人から奪ったもので生かされていた。赤子だった俺は、それを受け入れることしかできずに、されるがまま生きていた。
六歳になる頃から、俺は家族の盗みに同行するようになった。はじめに引きずられて以降拒否もできず、外を見張りつつ家族を眺めているうちに、これが普通だとすら思ってしまうことがあった。
夜な夜な物を奪い、人を奪って生きていく、大盗賊レイエス家の末息子、オーズウィル・レイエス。それが俺の、人間時代の名前だった。
悪いことだと早いうちに理解できて、家族の行為に嫌悪を抱くことができたのは不幸中の幸いだったと思う。家族が寝ている夜に、俺は家族が盗んできたものをその家に返しにいくようになった。方向音痴だった俺は、誰かに助けを求める訳にも、かといって外で彷徨い続けるわけにもいかず、朝日が昇る前までに必死になって家まで辿り着いていた。
当時八歳だった俺は、家においてあった綺麗な硝子細工の花瓶を抱えて抜け出した。その花瓶は、一つ山を越えた奥にある、雑貨店から盗んできたものだった。
見上げなければならない棚に、子どもが抱えて持つほどの大きさの花瓶を戻した。なんとか戻した後、俺は大きく息を吐くほどだった。
「...何が望みだい?」
柔らかな、けれど警戒するような女性の声が聞こえて、俺は慌てた拍子に体のバランスを崩した。申し訳なくて、情けなくて、怖くて。俺は自分の呼吸が引き攣っていくのも自分の血への罰だと、そのまま頭を下げた。
「ごめん、なさい......。そこの、花瓶を返しに......。ごめんなさい、ごめん、ごめんなさい......。」
ごめんなさい以外の謝り方なんて知らないから、俺は馬鹿みたいにごめんなさいと繰り返した。みっともなく手が震えるのがいやだった。俺が悪いのに泣きそうになっているのも、どう頑張っても顔を上げられないのも。
女性の隣に、旦那さんらしき男の人の影も寄り沿った。ますます顔を上げられなくて、顔を上げられないことも卑怯だと思った。
二人がしゃがむ気配が分かった。そのまま、くいと顎を上げられた。
目の前にいたのは、ふっくらとした体つきの女性と、反対にやせ細っている男性だった。どちらも白髪混じりながら整えられた髪をして、綺麗な刺繍が施されたスカーフを着けていた。
「......アンタ、レイエスの所の末息子か。」
感情の読めない声色に、ビクッと肩が跳ねる。逸らせない目に、涙が浮かんでいくのが分かる。
......顔、覚えられてたんだ。絶対に顔は覚えさせるなって父さんに言われていたのに。ダメだ、殴られる。
口を開く権利もないから、浅い呼吸のまま目をそらさず見つめていた。二人は、しばらく俺を見たあと、軽い溜息を吐いた。
「噂通りだったな、メイサ。」
「レイエスの末息子は抵抗できないんだろうって、ずっと言われていたからねぇ。上の娘は、もう両親に染まっちまったようだが。」
二人の顔は、柔らかなものに変わっていった。それから優しい手つきで、俺の頭に手を置いて、撫でた。
「アタシはメイサ。ここで雑貨屋を営むババアだよ。そんで、こっちはリン。しがないアタシの旦那さ。」
いきなり始まった挨拶に、俺は首を傾げる。リンさんと紹介された男性は、穏やかな笑顔で続けた。
「お前さんの家族がうちの商品を持ってったことは事実だからな、罰として、お前さんが昼間うちで働いてくれんか。ちょうど今、ガキの手の一つでも借りたいと思っていたところだ。」
何を言われているのか、最初はよく分からなかった。けれど、盗賊一家の末息子の俺に、居場所を与えようとしてくれていることだけは、なんとなくわかった。
メイサさんと、リンさん。二人の笑顔に、俺はいつの間にか、深夜の雑貨屋で泣いていた。




