85.罪を背負って生きること
メリノは、静かに私の話を聞いていた。その瞳が、突き放すように冷ややかであってくれればと思ったけれど、目の前にいる彼の目は穏やかで、かつ丁寧に考えを巡らせているような瞳だった。
「確かに、男の直接的な死因はアナリーか。」
彼の吐き出した冷静な分析は、至極真っ当だった。反応をわずかも返せずに、私は静かに目を閉じていた。
「……私は。」
気付いたら、口から漏れていた言葉。言われてもどうにもできないのに、口走ってしまった一言だった。
「私はあの時確かに、安寧が保たれるべき場で人を殺した。加害者が被害者のふりをしているのは、ひどく滑稽でしょう?」
惨めにも震える声で言った直後に、言葉を喉奥に留めておけばよかったと悔やむ。私は、何に対する同意を求めているのだろう。今更罰されたがっているのか、それとも受け入れてほしいのか。理解なんて、少しもできそうになかった。
詰まるわけでもなく、自然にメリノが呼吸している音だけが聞こえて、胸が痛い。静かな分余計に、一生懸命に言葉を選ぼうとしてくれているのが分かってしまう。
やがて、メリノが体勢を整える衣ずれの音が小さく聞こえた。
「……自分に罪悪感を抱いてるんなら、なんで死のうと思うんだ?生きていなきゃなと思わないのか?」
……真面目な顔して何を言ってるんだろう。この人。
メリノの目は、ふざけた話をしているようには思えなかった。ただ、私が絶対辿り着けない領域に足を踏み入れた人間の目をしていた。
「自分を悪いと思うなら、『死』なんて綺麗なものに手を出すなよ。どうしてそうなったんだ。」
……『死』なんて、綺麗な、もの?
世間一般的には、死とは終わりだ。自死を悪とする人だって、決して少なくないだろうに。それどころか彼は、死を「簡単に手を出してはいけないもの」「綺麗なもの」と言い張った。そして、それは決して、私をからかうような響きの言い方ではなかった。
「アナリー、お前は。」
再度メリノが、私の目を見据える。
「……死の美しさに相応しい生き方をしたと、自分でそう思ってるのか?」
静かに、声が響いた。何かに対して、諭すような。私のことを咎めるような。けれど、どこか遠くの世界の話をしているような異世界感を纏って。
この世は俗世で、死後の世界こそが真だと話す者がいることは知っている。けれど、彼はそうではなく、「死ぬ」という行為そのものに美をみとめているようだった。
しばらく、目を見つめ合った。2人とも、何も、話さなかった。
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メリノが、ふっと息を吐いた。泣き笑いのように目を細めたその顔は、穏やかに見えて微かに自嘲が混じっていた。
「ごめん、やっぱり俺がズレてるんだな。」
周りの空気が、一気にパキッと乾いた気がした。メリノの顔や声が、やるせない何かを必死に耐えているようで、目をそらしてしまいたくなった。
「アナリーが死に救いを求めていることは分かってる。それでも、俺と同じ場所に来てくれないかなって、思っただけだよ。」
メリノは、私の方を見る。それから、願いを乞うように細く呟いた。
「アナリー。俺も人を殺しているんだ。間接的にでは、あるけれど。……感情ごちゃごちゃな所を悪いけど、付き合ってくれるか。後でちゃんと総括するから。」
メリノの悲痛な願いの声は、拒むことなどできなかった。なぜ今、彼の話を始めようとしているのかは、今はわからなかった。
「……私に救いを、求めないで頂戴ね。」
今の私には、それを言うのが精一杯だった。




