89.盗賊一家 Ⅳ
今回の話には、鬱展開や残酷な描写、および希死念慮に関する表現が含まれます。
レイティングにも記載されておりますが、苦手な方はご注意ください。
平穏が崩れるのは、呆気なかった。
俺が二十歳になる年、道場に、ある一人の女性が訪ねてきた。
その女性は、俺の顔を見るなり「見つけた」と、悪夢から目覚めたような顔色で呟くと、肩を掴んで俺の身体を強く揺さぶった。女性の華奢な見た目に似合わない強い力で、少し脳が揺れた気がした。
「見つけた......やっと見つけたわオーズウィル・レイエス!どうして......。戻ってきてくれれば!」
唐突の騒ぎに、状況の理解が出来なかった。ノアディルさんが何事だと様子を見に来たらしいけれど、足音を聞くのみで姿を見るために振り向くことはできなかった。
動揺する俺の表情を見た女性は、「やっぱり何にも聞かされていないのね」と呟くと、より強く俺の肩を掴んだ。
「貴方を雇っていたメイサさん、「オーズがアタシ達を守るために放火犯のふりをした」って、正直に言ったのよ。どうしても、貴方を悪者にすることなんてできなかったって。あの子は我が子同然だから、自分の生活を優先するなんてできなかったって。
そしたらその何日か後、レイエス家の奴らが、訳の分からない動機でメイサさんとリンさんをメッタ刺しにして殺したのよ......っ!」
脳が理解を拒否すると、周りの音が遠ざかるというのは本当らしい。
……殺された?メイサさんとリンさんが、両親たちに?
そもそも、なんで俺に盗まれたと言わなかったんだ。その結果がこれじゃ、庇って村を逃亡した意味がなくなったじゃないか。
メイサさんとリンさんを守りたかったのに。結局、俺がいなかったら最初から、こんなことにはならなかったじゃないか。花瓶を盗むために、過去に入ったターゲットの家というだけで済んだのに。
……俺が庇って目立つようなことをしたから?我が物顔であの店に入り浸って、無害な顔をして店の手伝いをしていたから?そもそも、俺が花瓶を返しに行ったから?
わからない。ねぇ、俺わかんないよメイサさん。だって、俺、馬鹿だから、どうするのが正解だったかなんてわかんない。
「わかんないよ…………。」
○○○○○○○○○○○
「……オーズ。飯、温め直すか?」
翌日からの記憶はあまりない。ただ、時々正気に戻るタイミングで広がる視界は、いつでも道場の外が見える寝室だった。
ノアディルさんが、見たことないくらいに心配そうな顔で俺を見てきた。ぶっきらぼうでやる気がなさそうだった、いつもの顔が見られなくなって、少しつまらないなとも感じ始めた。
ある日、頭の中で何かが切れた音がした。頭の中は驚くほどクリアになって、悩む心がなくなった。
……そうだ、俺は盗賊一家の末息子。周りから悪人と言われても罪はないと言われても、結局この事実は変わらない。周りがいくら俺を許してくれても、俺を罰してくれても。結局俺は、自分の周りが嫌で嫌で仕方なくて逃げてきたんだ。
もう、やめにするから。これで最後にするから、俺を最後に一回だけ、逃がしてくれないか。
__メイサさんたちがいる、あの世へ。




