83.「殺したから。」
私が意識を取り戻したのは、それから九時間後のことだった。
サムス達D班メンバーは、ロードのランプで負傷した吸血鬼の看病に奔走していた。私の意識が戻ったと知ると、私に簡単な検査だけをしてまた戻っていった。
私の側には、簡易的に怪我の処置をされたB班メンバーのメリノ・ジャンヴィールが残った。
腕には重々しく巻かれた包帯。指先は小刻みに震えている。私がメリノに与えた傷は吸血鬼の力で治したようだけど、そう簡単に割り切れるような怪我ではなかった気がしている。
「さてと……アナリー。どうだ、気分は?」
カラリと笑うメリノの笑顔から、耐えきれず目線を外して俯いてしまう。ベッドの上の私には、シーツのうえに投げ出された、自分の片手だけを眺めた。
「一言一句違わず返すわ。ごめんなさい。私は大丈夫。」
「ん。ならいーよ。」
あっけらかんとした反応。私に剣を突かれて負傷したと聞いていたのに、私に怯える素振りもなく笑っている。それが私のために無理をしているからなのか、それとも本当になんともないのか、わかることができないから余計に申し訳なく感じる。
「しかし、随分と派手に暴れたな。吸血鬼が先の光攻撃でやられてたから小規模で済んだけど、下手すりゃ全員出てきてたぞ?」
「そんなことしなくても私を抑えることはできたでしょう?」
もう、トレーニングなんてしておりませんからね。体力に貯金があっただけ。
誰と戦っていたのか、私が何を言ったのか。全部覚えてない。ただぼんやりと、死を願っていたことしか記憶に残っていない。
「トリエミア家の子息が言ってたから聞いちまったけど、剣豪……で、本当に強いんだな。」
吸血鬼の中では剣の腕前一番なんだけどなーなんて、メリノは笑う。
ロードが放った、『君が剣豪カルファリア・パレスリーだから連れ戻したい訳じゃない』という言葉。それにより、ゴウとリベリテに口止めしていたはずの事実はあっけなく外へと出ていった。
「なんで暴れた……いや、これは聞きたいことじゃねぇな。なんで殺してくれと頼んだ?」
メリノが、へらりとした軽い笑顔のまま尋ねてきた。私はその笑顔を一瞥したあと、視線を合わせないまま思考を巡らせる。
この世界にメイナードを連れてこられた。人間世界に戻れと、そうすれば吸血鬼を解放してやると言われた。
どうして、だなんて。口にするのも悍ましい。
「人を殺したから。」
メリノが、微かに息を呑む。言いたいことは分かる。殺されたわけではないのに死のうとするのかと、きっと問われるだろう。
“どうして、強い人間が、奪う側の人間が、失う側の顔をするの?”と。
卑怯なことだと、わかってる。最低だと、理解している。
私は抱えきれなかった。だから、逃げようとした。でもそれすらも卑怯で、道理は通せていない。
わからなくなってる。わかりたくもない。
逃げたい。
「なるほどな。」
帰ってきた言葉は、思っていた以上に単純なものだった。
思わずメリノの顔を見る。彼の顔はいつも通りだった。驚く様子も、気味悪がる様子も、何もなく。
「理解出来ないと……思ってる?」
「まさか。」
メリノの否定は、早かった。訳がわからないと後退りくらいされるものだと思っていたのに、メリノはそんなことをしなかった。
私の顔を見た彼は、一つ息を吐くと、遠くを見るように「そもそも」と呟いた。
「なんで俺が吸血鬼になったと思ってるんだよ。」
メリノの声が、変わった。楽観的でお気楽な雰囲気から一転、全てを諦めて終わりを待つような、さしずめ私のような声になった。
「まあ、俺が『堕落』した理由なんて、気付かれても困るけどな。……アナリー。」
真っ直ぐに、彼が私の目を見据える。レモンイエローと漆黒のオッドアイに、いつもの明るさは無かった。
「真面目な話をしようか。アナリーの話を聞かせてくれ。そしてその後に、俺の滑稽な話を一度だけ、聞いてほしい。」
メリノに、私の話を促される。メリノの冷静な瞳に、私は包み隠さず吐くことを決めた。




