82.アナリーの暴走 後編
体力が持たねぇ…。アナリーをどうすればいい!?
さすが先導騎士団の剣豪、剣の動きの速さが尋常じゃない。頭が狂っていたら、突きの型は単純になるはずなのに、何処に剣が来るのか、予測出来ない。ただ、その瞬間に来た刃を全力で躱すだけ。四対一の構図のはずなのに、疲労の色が全くもって見えないのも恐ろしい。
……俺、剣術は此処で一番強いはずなんだけどな。
右、左、上、下。時々、剣を見失ってひやりとする。後ろから風が来ることもあり、本当に恐ろしい。
「なんだよ、マジで!俺、殺されるのも時間の問題なんだけど!流石に、体粉々になって死ぬのはやなんだけど!」
もう、必死だよ。息吐く暇さえないからぁ!
アナリーの顔が間近に来た瞬間に目を見る。エメラルドグリーンの瞳には変わらず灰が撒かれていて、表情が死んでいる。まるで、粗削りした彫刻だ。
俺たちよりも長い時間動いていたフュラオとウィリアンは、一方は顔面蒼白、もう一方は完全に興奮しきってハイになっている。ウィリアンはそろそろ見境なく暴れ始めるかもしれない。
「おい、ガドロブ!アナリーを何とか取り押さえてくれ!」
「わ、分かりました!【捕縛せよ】!」
ガドロブの力で、アナリーが光の蔦に絡めとられていく。……でも、アナリーが内側から剣を振るって解放されてしまった。
マジかよ。魔法の蔦って剣で切れんのかよ。もしかしてあの護身の指輪のせいか?
「本気で……、本気でやってもこのザマとはなぁぁ!!」
「一体どこに叫ぶ体力があるんだい、ウィリアン!?」
狂ったような雄叫びを挙げてアナリーに突っ込んでいくウィリアンと、血を吐きながら走るフュラオ。ガドロブはその二人の姿を見て、自分がもっと動こうと考えてくれたのかアナリーと距離を詰めていく。
俺自身も、ボロボロと崩れそうな体を抑えながら、アナリーの方へ突っ込んでいった。
__更に数分経過。ウィリアンとフュラオだけでなく、俺もガドロブも体力の限界を迎えそうになっていた。
いや、少し休む時間をくれれば行けると思う。だけど、アナリーがもう自我も垣間見えないほど目が濁っているのを見て、一瞬の油断も許されない今、もう本当に…。
そのとき、アナリーの腕が誰かによって引っ張られた。そして、きらりと光る細い針が視界に入って、俺等は安堵する。
アナリーの細い腕に針が差し込まれると同時に、声も上げずに彼女が倒れた。その様子を目に映してから、俺たちもそのまま床に突っ伏す。
「た…、助かった…。」
「オレ、本当に死ぬところだったっすよ…。」
俺たちは、潰れそうになっている胸を押さえ、肩で息をしている。目の前に現れて、麻酔薬をアナリーに打っただけの医療班リーダー・サムスが、救い主に見えてきた。
「お、お疲れさま。…しかし、結構、派手にやったね。ホール中ボロボロだ。これじゃ、流石に、ビディ達にも怒られるよ…。」
気弱でおどおどした口調が懸念したのは大ホール……。そんな部屋の事より、アナリーと俺たちをもっと心配してくれ。
「ふふ、ごめん。」
笑うな。一応、こっちは真剣なんだぞ。今だって、深く息を吸うと肺が痛むくらいなんだから。
「わ、分かってるよ。ありがとう。…とりあえず、勢いで薬を打ったけど、身体にどんな反応が出るか分からないし、部屋も目茶苦茶……だから、一旦メルテさんは彼女の部屋で休ませよう。D班は負傷した吸血鬼で溢れてるから、連れて行くこともできないし。……ボーワは、体力に余裕が出て来たら、ビディにこの事を伝えてほしい。急ぎにはしないし、最悪僕が言うでも構わないけど。お願い、できる?」
ガドロブが頷いたのを確かめると、サムスはアナリーを両腕でそっと抱き上げ、それから俺の方を見る。その目の光は、おどおどとした雰囲気は薄れていた。
「後、ジャンヴィールもついてきて。それ、なんとかしないと、大変なことになる。」
……。……何が?
「首の怪我。脈が切れて、派手に流血してる。その上で体も崩れているから、普通に話しているこの状態が奇跡だよ。」
え、首……?脈が切れて……?
手をやると、自分の手にべっとりと血が付いたのが分かった。床には、気付かぬうちにアナリーに突かれていたのかバシャッと噴き出た血痕があるのに、そう感じていなかったことに、俺は驚いた。
「何この惨状!」
「だから言ったでしょ!」
いつの間にか、俺たちを回収にしに来たらしいD班メンバーの三人が、ウィリアン、フュラオ、そして俺をそれぞれ抱え上げた。ガドロブは自力で立つつもりらしい。
「先ず、D班に移動しようか。」
D班リーダー、サムスの言葉に、他のD班メンバー達が頷いた。俺は崇拝癖のあるD班メンバー、ムーサ・ナリジアの黒髪を眺めながら、静かに安堵へ目を閉じた。




