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73.王子の憧れと折られた赤薔薇 前編

 

「あれっ、珍しい!」

「……ゴウ。」

 城の奥の書物庫には、D班所属の吸血鬼、ゴウ・タイルがいた。

 丁寧に編み込まれたサフランイエローのポニーテールを揺らし、シルバーグレーの虹彩を瞬かせる、吸血鬼一の美貌を持った、紳士な吸血鬼。

 吸血鬼が本来持てる魔法の力を持てずに異端扱いされたことで、他からぞんざいに扱われていたけれど、その件が明るみに出たことで一旦の終わりがついた。

「元気?」

「うん。……あのときはありがとう、アナリー。ちゃんとお礼を言えていなかった気がしたから。」

 綺麗な笑顔で、柔く微笑む。視界を明瞭にするピアスをつけていても影が落ちる書庫の中で、鈍く滲む光の粒のようにすら見えた。

「どうして此処にきたの?」

 純粋な目が、私の方を見る。本棚に目線をずらしながら、ゴウの言葉に返した。

「面白いものがあるんじゃないかと思ったの。」

 嘘だ。私は然程(さほど)学がなくて本を読むには時間がかかるから、普段だったらこんなことはしない。

 わざわざ此処に来たのは、この前の集落別交流会に現れた青年、セドリック・アイリーンもどき(エリエの発言より)が理由。彼がどうしても、昔行方不明になった留学生ユート・シァーナに見えてしまったから。

 それと同時に、あのときは軽く流したけれど「元人間」を自称したB班所属吸血鬼メリノ・ジャンヴィールの言葉が引っかかったから。

 ……人間の世界では、鏡の奥の化け物になることを『堕落』と呼ぶ。吸血鬼側にとってすればなんとも失礼な言い方だけど、それが定着しているのだからどうしようもない。

 その『堕落』に関しての資料があったら、調べてみたいと思っていた。だから、今日、此処へ来た。

 本棚には、鏡の奥の世界の本も、人間界の方も同じ程の割合で置いてあった。

 人間界関連の本は『大盗賊一家・レイエス家の末路』『マチレ村のカリザニア大木公園伝説』『建国の歴史』などなど。

 吸血鬼関連の本は『消えた集落と討伐人間』『人間の恐怖真理』『吸血鬼と悪魔』……あ、これ、前に読んだやつだ。

「……へぇ。」

 ゴウは、先程の私の返答にふにゃりとした声を返すと、手に持っていた本に目線を落とした。それから、小さく、喉を鳴らした。

「聞きたいことがあるんだ。嫌なら答えなくてもいいんだけど……どう?」

「……?」

 ゴウの手が微かに震えている。表情はなぜか期待を湛えていて、判明させようのない疑問に落ちる。

 彼が、ゆっくり口を開いた。

「アナリー。貴女の正体は……。」

 そこまで聞いて、思い出す。幼馴染ロードが此処へ私を取り戻しに来た日の翌日、私の机に落としたものが置かれていたことを。

 そしてその付近で、彼に繰り返し話しかけられていたことも。

 ゴウの一件が明るみに出たときと同時だったから、助けを求めていたのだと信じて疑わなかった。でも、そうじゃなかったのかもしれない。

 私に声をかけたのは、何度も目を覗いてきたのは……。

「貴女の正体は……、剣豪カルファリア・パレスリー、なの?」

 身体が強張ったとき、スカートの下でに隠すように持っていた私の剣が、軽やかな金属音を立てた。


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