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70.残された記憶


 引き攣った呼吸音で目が覚めた。

 今は朝だ。俺たち吸血鬼が外へ出れば、昇る太陽の光に身体を焼かれ、帰らぬ身となるであろう時刻。

 俺……ハーゲッデ・リゼは自分のベッドから降り、部屋の中の三つの天蓋に目線を投げた。

 我がB班メンバーの一人・ドークローは、自分のベッドで小さな寝息を立てていた。彼が眠るとき、なぜか体がいつも左端に寄っている。端が落ち着くのだろうか。

 メリノはブランケットがはだけた状態のまま大の字に寝転がっていた。このままでは風邪を引くだろうと思いブランケットを掛けなおしてやると、温かさを求めていたようで直ぐに丸まった。

 ……ドークローでもメリノでもないということは、彼か。

 そっとカーテンをずらすと、不規則な呼吸を繰り返していたガドロブがベッドに腰を屈めて座っていた。

「大丈夫か?」

 ベッドの縁に腰を下ろすと、青い顔をしたガドロブと目が合う。両腕を強く抱え込んでいて、ドークローが新調してくれた寝間着に皺ができていた。

「起こし……ました……?」

「いや、偶然目が覚めただけだ。」

 強く腕を擦っているのを手で制した。奥歯を噛み締めながら俺の寝間着を掴んできたので、俺は震える身体をそっと抱き寄せた。

「久々にきたな。痛むか?」

「……っ!うご、けなくて……。」

 必死に耐えようとする様子が痛々しくて、なんとか楽にしてやろうと背を擦る。鈍くベッドが軋む音が、いやに耳に響いた。

 大抵の吸血鬼は、自分を生み出した存在、悪魔の人形だ。悪魔の好きに弄ばれ、身体に損傷がなければ集落に送られる。乱暴な人形遊びとも呼べる非道な扱いに耐えきれず、最終的には悪魔に体を乗っ取られて死んでいった仲間も一人や二人ではない。

 集落に送られる際、悪魔から受けた言動の記憶は薄められる。俺自身も無碍に扱われた記憶はあるが事細かに思い出すことはできないし、悪魔の言動がフラッシュバックすることもない。

 だがガドロブは集落に送られたとき、悪魔の不手際で記憶を消されなかった。激しい怒号や狂気、痛みと、いやでも残っている記憶が時折彼を苦しめていた。

 今も、受けた怪我が原因の痛みが幻肢痛のように思い出されているようで、何とか声は抑えてくれているが、もう余裕は無いようだった。

 ガドロブのそれは1時間ほど続いた。ようやく落ち着いてきた頃には、彼の目は赤く腫れていて、身体は小刻みに震えていた。

「横になれるか?」

「た、ぶん……。ぁ、大丈夫です……。」

 額の冷や汗を拭ってやると、上から伸びてくる手に迫力を感じたのかビクリと体を震わせてしまった。

「……怖かったか。」

「ごめんなさい……。」

 小さく「怒らないで……」と涙声で呟いたガドロブは、普段の穏やかな雰囲気とは打って変わり、壊れてしまいそうだった。

「どうだ、少しは楽になったか?」

 肩までブランケットを掛けてやると、顔が隠れるまで引き上げながら小さく頷いた。

「すみません……。毎度毎度、こんな……。」

「辛くなったら俺を起こせと何度も言っているだろう。頼っていいんだぞ。」

 そっと目にかかる髪を流すと、ガドロブはようやくフッと笑って「今日、似たようなことを言われた気がします」と小さな声で言った。

 そのまま、安定した呼吸のまま眠りについたガドロブを確認してから、穏やかな夢を見られるようにと願いつつ、俺も自分のベッドへと戻った。 


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「お疲れさまです、ガドロブ。」

「スイレイ!」

 あの日から数日後、A班所属のリーダー(ユーリス)補佐、スイレイ・クランナに声をかけられた。シアンの髪に桃色の虹彩。冷ややかな微笑みは優秀さを思わせるけれど、同時に合理的で感情を切り捨てる容赦のなさが窺えた。

「お疲れですか?」

「…………!?」

 穏やかに問いかけてきたその声に、身体が強張る気配がした。

 綺麗な目が曲線を描いて、首を傾げたと同時に自由に遊ぶ髪が揺れる。それだけなはずなのに、何かを引きずり出してやろうという形のない魂胆が透けて見える。

「ガドロブは優しいですからね、苦労も絶えないでしょう。」

「そんな、こと……。」

 自分が気付いていないうちに、一歩後退っていた。スイレイは、それに味を占めたかのように一層笑みを深めると、靴を鳴らした。

「……たとえそれが、いつの日かの自分の損失を見逃してほしいという打算的なものであっても。」

「…………!」

 あ、ダメだこれ。

 スイレイのマントを留めている、赤い石飾りが目に入る。……A班の、鮮血の、赤だ。

「お疲れ様です、【エンゼルランプ】。」

 花の、名を。スイレイが口にした。

 力が抜ける。血の気が引いていくような感覚が、呼び戻される。古い記憶の声が、痛みが、またやってくる。

 彼の力は強力で、自分一人ではどうもできない。彼に勝てるのはE班のキリアか、A班のユーリスくらいのものだ。真面にやりあう相手じゃない。このままだと呑まれる。

 ……でも。

「なんですか?」

 俺はニヤリと笑って見せた。お前の支配下に降りてたまるかと、精一杯強がって見せた。

「……【改めろ(チェンジ)】!」

 俺の声で、全てが静かになった。彼の魔法は無かったことになった。スイレイが本気を出していなかったのか、それとも俺の火事場の馬鹿力だったのかは分からないけれど。

「調子に乗らないでください。俺はもう、黙ったままじゃいないっすよ。」

 ……アナリー。アンタの昨日の言葉に、俺は愚かながらも救われたんだよ。打算であってもいいと。そうであってもしっかりと、相手を見ているからできることだと。

 これでも、いいですか。自分の感情を守るために、自分の大事な人を味方につけても、いいですか。

 スイレイは、冷静な彼には珍しく困惑しているようだった。俺は彼の脇をすり抜け、自分の部屋のドアへと手を掛けた。

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